COLUMN

市村正親さん 生きるすばらしさ伝えたい

2020.10.26 :

ミュージカル界のレジェンド、市村正親さん。10月9日から、自身が主演を務めるミュージカル「生きる」の舞台に臨んでいる。市村さんにとって、新型コロナウイルスの活動自粛のあと初めてとなる舞台だ。感染拡大が続く中、市村さんは何を感じ、どのような思いで舞台に立つのか。本番を目前に控えたリハーサル後に、劇場の楽屋で話をうかがった。
(科学文化部・岩田宗太郎)

“演劇人・市村正親”がコロナ禍の舞台へ

ミュージカル「生きる」は、昭和27年に公開された日本映画の巨匠・黒澤明監督の代表作をミュージカルにしたもので、宮本亞門さんが演出を手がけている。
主人公は、胃がんで自分の余命がわずかだと知った公務員の渡辺勘治。朝起きて仕事をこなし、家に帰るという、それまでの単調な人生から一転、市民のために一大決心をして生きる意味を見いだしていくストーリーだ。
稽古場での鹿賀丈史さんと市村正親さん
主人公の渡辺勘治を演じるのは、おととしの初演と同じく、俳優の鹿賀丈史さんと市村正親さんのダブルキャスト。
本番2日前にインタビューに応じた市村さんは、新型コロナウイルスの感染拡大が続く中でも、「演劇人」として舞台に立てる喜びをかみしめていた。
しばらく舞台に立てなかった“演劇人の市村正親”が舞台の上に立って、生きていることができたときに、実感としてすごくうれしい。舞台でも歌いますけども、『今生きている、生かされている』という歌詞があって、あーやっぱり劇場で生かされている、生きていると実感することがすごくあった。1つの奇跡が起きているのかなっていう感じが、やっぱりしていますね。

一変した稽古の現場

「生きる」の稽古が始まったのは、8月。感染者を出さないように、徹底して対策を取りながら進められていった。
私が最初に取材に入った9月29日も、稽古場に入る前に別の服に着替え、靴を履き替えたうえで、検温と消毒を行った。これは、キャストやスタッフも同じだ。これまで何度か演劇の稽古場で取材してきた私にとっても初めての経験で、コロナ禍で公演を行うことの大変さを感じた。
71歳の市村さんにとっても、マスクやフェースシールドを着用しての稽古は初めてのことで、驚きや苦労の連続だったと話す。
稽古中は、僕はフェースシールドをしていて。フェースシールドをしたままメガネをかけそうになったこともあって、これがあることで全く不自由でしたね。ああでもない、こうでもないと、近くで人とも話できないしね。とんでもないなと思いましたよ。だけど、それでも感染者を出さないように、履物から全部すごい対策をしています。密にならないように、ちゃんと気をつけなきゃいけないなと本当に思っています。コロナ禍を乗り越えるためにはね。
一方で自粛期間は、家族とゆっくり過ごすとともに、役者としての自分の存在を見つめ直す時間にもなったと言う。
2か月の自粛期間は、子供の勉強にしっかり取り組みました。下の3年生の子に、どっぷり勉強を付き合いました。僕自身も九九をやり直して。聞かれたときにすぐ答えなくちゃいけないから。国語だと漢字も一緒にとことんやって。なんか逆に言うと、子供との触れ合いがすごく深くなったなあと。そういう時間をもらったかなと思っています。
一方で、1人芝居を見に行ったり、三谷幸喜さんの芝居を見に行ったりしたときに、見ていてすごくワクワクして。やっぱり『役者』から『役』をとったら、ただの『者』ですからね。『者』じゃなくてやっぱり『役者』でいたいですよ。裏方さんとかみんな、同じ苦しい状態にいたんで、なんとかここまで来たからには乗り切って、やっぱり早く仕事をしてね、少しずつでも舞台にみんな戻って来られたらいいなっていうふうに思ってます。

強い“生”の気持ちを舞台で演じられる

コロナ禍の中で始まったミュージカル「生きる」。感染拡大によって世界中で多くの人の命が失われている今、演じ手の気持ちも、おととしの初演の時とは全く異なると市村さんは話す。作品の根底に流れる「生きることはすばらしい」というメッセージが、より心に響くと感じているという。
今生きている、生かされているという心の思いというのが、2年前と全然違いますね。2年前は、名作の黒澤明監督の『生きる』を、ミュージカルにして頑張っていこうということでしたけども、今回はそういうものよりも、もっと強い、生の気持ちを舞台で演じられる。逆に演じることによって、生きられているということを感じている。こういう状態になったことで、『生きる』というこのミュージカルのテーマが、より強く、われわれ演者たちも持てているなって感じがしています。
最近はコロナだけじゃなくて、苦しい方たちがいるというニュースを見て、生きるのが多少つらくても、生きていくことはとてもすばらしいことなんだということを、この作品を通じて、渡辺勘治を通じて訴えたいなと思っています。だから、悩みのある方、人生に不安のある方は、ミュージカルを見て、『負けないで生きることは、本当にすばらしいことなんだから』と、そういう力をつけてほしいなという気がしています。
インタビューの最後に、舞台に込めるメッセージを聞いた。
人生ね、もうそれぞれの人生があるわけですけども、つらかったり、幸せだったり、苦しかったり、いろんな状況があるかもしれないけども、生きるってことは本当にすばらしいことなんだよ、生きたくっても生きられない人たちもいるわけだし。一生懸命、一生懸命、生きる。そういう気持ちになれたらいいかなって。生きるっていうことはやっぱりすばらしいことなんだと訴えたいですね。
ミュージカル「生きる」は、東京の日生劇場で10月28日まで行われ、その後、富山、兵庫、福岡、名古屋で公演が行われる予定です。
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科学文化部記者

岩田宗太郎

平成23年入局。宇都宮放送局を経て、平成28年から科学文化部で、文化全般を担当。主に歴史、文化財のほかアニメ、漫画などのサブカルチャーも取材。

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記事の内容は作成当時のものです

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