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著名人が伝える8月15日

2020.08.27 :

5年前から出版されている、8月15日の「終戦の日」にちなんだ本、その名も『私の八月十五日』。およそ200人の著名人が「あの日」の体験を証言しています。8月15日にこだわって証言を集める取り組みを取材しました。

著名人が経験した「あの日」

75年前の「あの日」を伝える本『私の八月十五日』。政財界や芸能など各分野の著名人があの日をどう迎え、何を感じたのか証言を集めています。5年前から毎年発行し、いまでは8冊を数えます。この中で漫画家の松本零士さんは、7歳のときに迎えた終戦の日を自らの絵とともに伝えています。
松本零士さん
“青い空の記憶、松本零士。どこかのおじさんがメガフォンを手に大声で叫びながら土手の上を駆けて行った。抜けるような青空、その高々度を白い飛行雲をひきながら日本の偵察機が南方へ飛んでいった。戦争が終わった瞬間の記憶だ。”
さらに、ペン型の機器で触れると本人の肉声で聞くこともできます。
この本を出したのは東京にある児童書が専門の出版社です。出版社の社長、中嶋舞子さんは、子どもたちに戦争の話に興味を持ってもらうため「あの日」にしぼって知名度のある人に話してもらうことにしました。
出版社の社長 中嶋舞子さん
「8月15日だけに限ってお聞きすれば子どもにでも伝えやすい分量で語っていただけるんじゃないか。戦争をいろいろ勉強して知っていくという入り口になる本になればいいかなと。」

あのデザイナーも証言

中嶋さんはいまも証言を集めていますが、体験者の高齢化が進むなか、証言者を探すのは年々難しくなっています。そんな中、8月、中嶋さんの求めに応じてくれたのはファッションデザイナーのコシノヒロコさん(83)です。
コシノヒロコさんの証言
“何しろもう嫌、コシノヒロコ。8月15日を8歳、大阪府岸和田で迎えました。”
コシノさんは、中嶋さんの活動に共感し、直接会って思いを伝えようと今回の収録にのぞみました。
コシノヒロコさん
「もう私たちくらいが本当最後ぐらいかしらね。(中嶋さんのような)こういう方がいらっしゃるからまた伝わるんで。われわれがいくら心で思っていてもそれが伝わらなければ意味がないわけですからね。」

証言が転機になった著名人も

この本に証言を寄せたことで戦争体験への向き合い方が変わった人もいます。落語家の林家木久扇さんです。木久扇さんはこれまで戦争について語ることは落語家という職業柄、避けてきたといいます。
林家木久扇さん
「とっても嫌な思い出なんですよ。これは(落語で扱うには)つまらない話なんじゃないかなっていうのがあるんですよね。」
しかし、「8月15日」だけにしぼった企画に魅力を感じ証言することにしました。木久扇さんは7歳のとき校庭で聴いた玉音放送の記憶を語りました。

林家木久扇さんの証言
“天皇陛下のお声だ、泣いているようだった。恐れおおきいことだ、戦争が終わった!息をのんで聞いていた大人たちも号泣して、真夏の太陽がまぶしく熱い熱い正午だった。”
この証言をきっかけに戦争を語る意義に気づいた木久扇さん。いまでは落語でも話すようになりました。
林家木久扇さん
「戦中と戦後の区切りの日なんですよ。8月15日ってもっと大事な日なんです、日本にとってね。こういうことがあったんだということを見過ごさないで思い返してもらいたいですね。」

あの日を伝える記録を続ける

終戦から75年。中嶋さんは「あの日」の記憶を次の世代に伝えるために粘り強く記録し続けるつもりです。
出版社の社長 中嶋舞子さん
「肉声を聴いて文章を読んで子どもは何か得ると思うんですね。子どもたちには他人事にしないで、次のバトンにつなげていってほしいなと思います」
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科学文化部記者

富田良

平成25年入局。金沢局を経て平成28年から長崎局で勤務し、原爆を中心に戦争関連の課題や文化財をめぐる問題点などを取材。令和元年夏から科学文化部で文芸や学術などを担当

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記事の内容は作成当時のものです

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