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変容する世界を語る 作家 多和田葉子さん

2020.05.15 :

おととし全米図書賞を受賞し、ノーベル文学賞の候補と目されるようにもなった、作家の多和田葉子さん。30年以上にわたってドイツで暮らしながら、日本語とドイツ語でことばの壁を越えた物語を紡ぎ、世界で高い評価を受けています。
その多和田さんは、新型コロナウイルスによって大きく変わりつつある今の世界を、どんなことばで語るのでしょうか。
ベルリンの自宅で過ごす多和田さんに、テレビ会議システムを使って話をうかがいました。

ドイツは「からっとしている」

まず、ドイツでの今の状況はどうなっているかを尋ねました。

「今は過渡期ですね。これまで外出制限があって、お店全部閉まっていた状態から少しずつお店も開きだし、すごく大きい店以外は開いていいことになりました。3月と比べるとかなり普通な感じになってきました。ストレスで我慢できないところにきている人や、仕事を失うかもしれないという人もいて、決して楽観視はできませんが、日本とはちょっと雰囲気が違う感じがするんですよね。ドイツの場合、「自粛」ということはあり得なくて、規則を決めて破ったら罰則と、非常にからっとしています」

「お母さんっぽい」首相の演説

ドイツでの感染者は、スペインやイギリスなどに比べれば少ないとはいえ、すでに17万人を超え、死者も7500人を上回っています。それでも世論調査では、国民の8割以上が「首相の仕事ぶりを評価する」という結果に。感染拡大防止に向けて国民に呼びかけた演説も話題となったメルケル首相。なぜ、彼女の「ことば」は心に響くのでしょうか。

「あのスピーチはちょっとお母さんっぽいとこがあるなと思いました。すごくしっかりもののお母さんが『こういう風にすれば大丈夫だから』と言っている様子でした。ドイツは、カリスマ性みたいなものに対して、非常に懐疑的なんですよね。当然ながら、ヒトラーとかナチスの歴史があるので。特にコロナ危機みたいなときに、戦時中みたいなことばを使って話す政治家というのに対しては、もう誰も信用しない。全然信用できないお父さんが威張って変なことを演説しているような大統領も多い世の中で、お母さんはいいなと思ったんですけどね。ただ、心温かいだけのお母さんじゃなくて、メルケルさんは科学者、物理学者ですからね。科学に基づいてこれはこうなんだよとちゃんと説明してくれて。そこに(国民は)信用するんでしょうね」

「自粛」と「透明感」

日本とドイツを比べて、それぞれの状況を多和田さんはどう見ているのでしょうか。
「日本は『自粛』っていうじゃないですか。うつむいて自分で自分を縛って非常に暗く生きなきゃいけないみたいな語感が『自粛』にはある。でもドイツの場合は、自粛ということはあり得なくて、規則を決めて、規則を破ったら罰金と。非常にカラッとしている。何か規則が決まる時にもわーっと議論が起こるわけですね。その結果として規則が決まると。そうするとみんなしばらく従って、そのあとどうなるかまた決めるみたいな、透明感があるというか、先が見えている感じというのかな。そういう意味でストレスがたまらないですよね。一番違うところは、やっぱり文化の果たす役割みたいなものですね。(ドイツでは)人が物事を考える上で大きな役割を果たしているというか、大変な問題が起こった時でもアイロニーをもってそれを語るというか。一方、日本は、自粛だけで決まりがなくてもみんながみんなのためにすぐやってしまうのはすごいなと思いますけど、その真面目さを離れて、もっと批判する人とか笑う人とか、アイロニーをぶつける人とか、別の未来を思い描く人とか、いわゆるアーティストタイプみたいな意見が政治に生かされていない気がします」

世界はいま「コロナテスト」を受けている

さらに、今の世界の状況を、多和田さんはこんなことばで表現しました。
「非常に厳しいコロナテストをすべての国が受けていると思うんですよね。いろんな国の能力が見えてきているじゃないですか。コロナ危機が来る前から次に何か必ず来るといって準備していた国と、そんなこと関係なく、ただお金儲けの手段としての医療しか考えていなかった国との間には すごい差が出るだろうし、それからこれを機会に政府がなんでも勝手に決められるような制度にみんなが気づかないうちに移っていこうと、そのチャンスを狙っているようにしか見えない国もヨーロッパの中にもある。結局、世界中がある意味では課せられたテストなんです。日本も頑張ってほしい」

日本の「鎖国的雰囲気」

「全米図書賞」の翻訳文学部門を受賞した『献灯使』は、大災害によって「分断」され、鎖国状態となった日本が舞台となりました。今、作品で描かれた「鎖国状態」に世界各国がなっていますが、こういう未来は予測できたのでしょうか。
「全然予見していませんでした。まさかヨーロッパが鎖国するとは思いもよらず、私が生きている間、絶対あり得ないと思っていたことが起こっているので、私のほうがむしろ驚いています。一方で日本に関しては、以前から鎖国的雰囲気を感じて、それを『献灯使』で書いたんですよ。なんか日本はすごく鎖国しているなってことは、いろんな条件下で思いますね。どういう政策しているかよくわかんないみたいな感じがあるし、周りと孤立して違うことをやっている。それはいい面もあるんですよ、でも鎖国している日本って何だろうなということはいつも感じますね」

「フェイクではなくフィクションを作る」

新型コロナを経験し、多和田さんの今後の作品にどういった影響が出てくるのでしょうか。
「それは書いてみないと分からないですね。でも物語は必要なんです、人間は物語なしには生きていけないので。いろんな小さな事実をまとめて語る、フェイクではないフィクションというのを作っていく。その力は文学にしかない。もし文学=よいフィクションがなければ、人は、変なフィクションとも言えないような変な物語にみんな踊らされてしまう、またはそれにだまされてしまう。フェイクではなくてフィクションを作る、これは文学の得意とするところだと思います」

今は「シンプルライフの豊かさを味わう」時

人々の行動や生活が大きく制限される中、前向きに生きていくにはどうすればいいのでしょうか。

「この機会にシンプルな生活に戻ってみることですね。私自身はそれ以外にやることがないので本を読んでいるのですが、これが限りなく楽しい。非常に豊かな現代という社会で、こういうプリミティブな単純な本なんていうものを満喫できるチャンスというのはめったにない。そのあと必ずぜいたくは戻ってくるんだから、すごい単純なことを楽しんでね、シンプルライフの豊かさをみたいなものを味わう時期として。それから、今こういうことができたらいいのにと思うことがあるとしたら、それは思い描いて楽しむ。そういうことをしてほしいですね」

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科学文化部記者

富田良

平成25年入局。金沢局を経て平成28年から長崎局で勤務し、原爆を中心に戦争関連の課題や文化財をめぐる問題点などを取材。令和元年夏から科学文化部で文芸や学術などを担当

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