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漫画家と感染症専門医の「奇跡の出会い」がイラストに

漫画家と感染症専門医の「奇跡の出会い」がイラストに

2020.04.28

人気漫画家と日本の新型コロナウイルス治療の中核を担う感染症専門医のSNS上での「20年越しの奇跡の出会い」をきっかけに制作された手洗いの大切さを呼びかけるイラストが、今、国内外で注目を集めています。

始まりは20年前のブログから

イラストを制作したのは、中学生で将棋のプロ棋士になった少年の成長や葛藤を描きアニメや映画にもなった漫画「3月のライオン」の作者、羽海野チカさんです。

羽海野さんは、およそ20年に愛読していたブログの運営者が、新型コロナウイルスの治療や対策にあたっている国立国際医療研究センターの忽那賢志医師だということに気づき、4月17日、インターネットのツイッターに、これまでのいきさつや新型コロナウイルスと最前線で戦っている忽那さんを気遣う思いを投稿しました。

「20年以上前だと思うのですが ネットでとても面白いブログを書いている人を見つけまして あまりにも文章が面白いのでよく覗きに行っていたのですが お医者さんになる所だった人だったらしく 忙しくなって更新が無くなってでも何年経っても気になって
時折、ペンネーム等の断片で検索をして その後お医者さんになられていて」
「なぜわかったのかよく自分でもわからなかったのだけれど きっとこれあのときのあの人だ!と思い 『わ…!!立派に…立派になられて!』とすごく驚きうれしくなり」

「このウイルスの最前線で頑張っている方になっていらして 今、どんなに大変な場所で立っておられるのかと思うと 会ったことも無いけれど ずっと『面白い文章を書いていた人』として 20年も私の記憶の中に座っていたその人の今を思うと 何かして欲しいことは?と訊きたいけれど知り合いでもなく、今、そんな質問をしたくても病院の窓口の方にも時間も余裕も無いと思うし でも、その方がきっと今、ものすごく大変で責任の重い場所できっといっぱい グルグルしながら戦っていらっしゃって もし、使い捨ての防護服も残りわずかを工夫して使っていらっしゃったら…と思うと 何かせめて届けたら、少し落ち着くものを現場の皆さんに届けたい… と思ったのですが ウイルスというものと戦う現場で邪魔にならなくて危なくなくて 知らない人からいきなり届いても少し助かるものって 何なのだろうといくら考えてもなかなか思いつかなくて」

拡散、そして・・・

すると、この投稿は多くの人によって拡散され、翌18日には羽海野さんの投稿を知った忽那医師本人から羽海野さんにコメントが届きました。

「もしブログがモカで、書いてた人がくつ王だとしたらめっちゃ嬉しいです。私も3月のライオンを日々の生きる糧にしています」

忽那さんの当時のブログ

忽那医師は、医学生だった20年ほど前、「くつ王」というペンネームで「ブルータス、おまえモカ」というタイトルのブログを運営し、医学部での日々の出来事を発信していました。
「お話しできる日が来るなんて!!」と喜ぶ羽海野さんに、忽那医師は「僕の方こそ夢のようです。心が折れそうな日々ですが、羽海野さんの投稿を読んで最後まで頑張ろうと思いました」とメッセージを寄せました。
この時の心境について忽那医師は、「羽海野さんの作品の大ファンだったのでとてもびっくりしましたし、うれしかったです。東京でかなり厳しい状況が続く中でこのようなことが起こり、私自身救われた思いがしました」と振り返りました。

やりとりを重ねる中で、羽海野さんが「何か描くことでお手伝いできないか」と申し出たところ、忽那医師が漫画のキャラクターが感染防止を呼びかけるものを描いて欲しいと依頼し、羽海野さんはその日のうちに「3月のライオン」に登場する3姉妹が手洗いを呼びかけるイラストを描き下ろしました。

2人の思い イラストに

羽海野さんは、その後も忽那医師や2人のやりとりを見ていたフォロワーたちからアドバイスを受けながら文字と絵のバランスなど試行錯誤を重ね、イラストを完成させました。

キャラクターのせりふ部分には、「そとからかえってきたとき くしゃみやはなをかんだあと おやつやごはんをたべるまえ せっけんでよ~く てをあらおう!!」と忽那医師のアドバイスに基づいた手洗いの呼びかけが小さな子どもでも読めるようすべてひらがなで記され、指先や指と指の間などが好きだけどせっけんでよく手を洗うと消えるというウイルスの性質が紹介されています。

イラストに反響相次ぐ

ツイッターには、羽海野さんと忽那医師の「20年越しの奇跡の出会い」に驚き感動したという声とともに、「家と仕事先で使わせてください!」とか「ウチの病院に掲示してもいいですか?」などというメッセージが相次いで寄せられました。

また、フォロワーから「白黒バージョンを作って子供たちが塗り絵できるようにしたらどうでしょう」という提案も寄せられたことから、後に「塗り絵版」もアップされました。

このイラストは営利目的でなければ誰でも自由に使える形で公開されていて、アニメ版「3月のライオン」で主人公の零を支える3姉妹の次女ひなたを演じた声優の花澤香菜さんが声を吹き込んだ動画もアップされています。

海外にも広がり

さらに、大勢のフォロワーによって、羽海野さんのイラストは英語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、スウェーデン語、ロシア語、中国語、韓国語、それにインドネシア語などさまざまな言語に翻訳され、国内外に広がっています。

羽海野さんは「『手をよく洗い。外では顔を触らない。部屋の換気をする』この3つがとても大事だと忽那先生がおっしゃっていました。『家にいる』ことが人と接する職業についておられる方々を守ることにつながるはずなので、先生のおっしゃっていることを思い出し、守りながら、家で原稿に向かい続けようと思います」とコメントしています。

4歳児もイラストで手洗い

幼い子どもがいる家庭ではイラストが手洗いの意識づけに役立っています。

千葉県に住む長濱瞳美さんは4歳の長女のつぐみちゃんのために、羽海野さんのイラストを自宅の洗面所やトイレに貼ったり、塗り絵をさせたりして、手洗いの意識づけを行っています。

長濱さんは「親が『手を洗おうか』と言うよりも、『塗り絵で色を塗ったももちゃんも手を洗っているでしょ』と言う方が効果的で、『そうだった』という感じで自発的に洗うようになったかなと思います」と話していました。


今回のイラストができるまでのいきさつに心を動かされたという長濱さんは、「私は忽那先生のように医療従事者でもないですし、羽海野先生みたいに大きな影響力を持った存在でもないので、できることなんてほとんどないですが、あの絵を見て、手洗いを徹底しようかなと、まずはそこかなと思っています」と話していました。

若者にも響く

漫画のキャラクターを通じた呼びかけは10代の若者の心にも響いています。

東京 江戸川区に住むデザイナーの山本和美さんは、羽海野さんのイラストにアレンジを加え、文字のフォントや色を変えたりウイルスがつきやすい場所を分かりやすく紹介する絵を添えたりしたイラストを投稿しました。

するとそれを見た多くの人が拡散し、羽海野さんからも「すごく分かりやすいよ。みんなデジタルの天才なのか!?素敵!!」などとコメントが寄せられました。

山本さんは、自宅でも中学2年生の次男に手洗いを促そうと、子ども部屋と洗面所にオリジナルのイラストを貼っています。

漫画「3月のライオン」の大ファンだという次男の陸くんは、イラストの影響で以前より手を洗う回数が増えたということで、「漫画のキャラクターのひなちゃんが言っていた通りの手順で手を洗うようにしています。好きな漫画の好きなキャラクターに呼びかけられると、やらなきゃいけないんだなっていう心が芽生えてきます」と話していました。

届かない人にもイラストなら届く

羽海野さん制作のイラストの効果について、忽那医師は「私たちがテレビなどで手洗いを呼びかけてもそれが届かない層がありましたが、大人も子どもも読んでいる漫画作品のキャラクターが呼びかけると、今まで届かなかったような人にも呼びかけが届くんじゃないかなと思います」と話しました。

そのうえで忽那医師は「新型コロナウイルスの流行が始まってから3か月ほどの間ずっと患者を見続けてきたので、だいぶ疲弊していましたが、今回の出来事を受けて最後まで頑張ろうという気持ちになりました。本当に感謝しています」と話していました。

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