医療

“生まれなかった命” 変わるケア

“生まれなかった命” 変わるケア

2020.02.19

「『赤ちゃんの皮膚が溶けてしまう』と言われ、会わせてもらえなかった。溶けてもいいから、だっこしておけばよかった」 わずか55グラムの亡くなった赤ちゃんを産んだ女性は、いまも当時の悲しみを抱えています。

いま、女性の7人に1人が「流産」を経験すると言われています。さらに、赤ちゃんがおなかの中で成長しても、生まれる前に亡くなる「死産」を経験している女性は年間およそ2万人。これまで十分ではなかったケアがいま、変わろうとしています。

「赤ちゃんをだっこしたかった」

5年前に死産を経験した40代の女性。「元気に動いていたときの写真なんですけど」と言って、女性が見せてくれたエコー写真には、背中を丸めた小さな赤ちゃんがくっきりと写っていました。

しかし、安定期に入った妊娠5か月のとき、定期健診の超音波検査で赤ちゃんの心臓が止まっていることがわかりました。

妊娠12週以降の赤ちゃんは、亡くなっていても、外科的な処置を受けるのではなく通常と同じように出産します。

人工的に陣痛を起こし、女性は、55グラムの赤ちゃんを産みました。

(女性)
「すっぽり手に入る感じの赤ちゃんでした。白くて光っていて、ああきれいだなって。ずっと見ていたかったです」

しかし、火葬までの3日間、女性は赤ちゃんに会いたいと何度も医療スタッフに訴えましたが、会わせてもらえませんでした。

女性は、赤ちゃんのそばにいられなかったことをいまも後悔しています。

(女性)
「だっこもできませんでした。『赤ちゃんの皮膚が溶けちゃうからできないよ』って看護師に言われました。溶けてもいいからだっこしておけばよかった」

女性は「自分の心の整理をしなければならない」と、いまも苦しい胸のうちを語ってくれました。

見過ごされてきた死産経験者のケア

「亡くなった赤ちゃんとは会わせないようにする」
「悲しむ母親はそっとしておく」

これまで医療現場では、ショックを与えないようにという理由で、亡くなった赤ちゃんと家族は、あまりふれ合わないほうがいいという考え方が主流でした。あくまで医療現場の自主性に任せられ、ほとんどの場合、十分なケアは行われてきませんでした。

これがいま、変わろうとしています。

先月、助産師や看護師などでつくる「日本助産学会」は新たなガイドラインを作成しました。

ガイドラインは、最新の研究や当事者たちの声をもとに、適切なケアによって家族の精神的な回復につながるという考え方から作られました。

この中では、希望があれば、亡くなった赤ちゃんとの面会やだっこ、写真撮影など、ふれあう時間を持つことを推奨。また、次の妊娠や出産を希望する人には、遺伝の知識を持つ専門のカウンセラーを紹介したり妊婦健診を受ける回数を増やしたりして不安を和らげる支援を行うとしています。

今後、医療現場での対応が変わることが期待されています。

家族の声受け ケアを模索

死産流産を経験した家族へのケアを先駆的に行っている病院があります。

横浜市南区にある神奈川県立こども医療センターでは、リスクが高い出産のケースも積極的に受け入れているため、死産などが全出産のうちの8%を占めます。病院は、家族の声を受けてケアのあり方を模索してきました。

私たちは病院の許可を得て、産婦人科の病棟を取材しました。

取材に入った日、産婦人科では亡くなった赤ちゃんの出産に向け、どのような準備を行うか、打ち合わせが行われていました。

「パートナーさんの立ち会いのご希望がありますので、お産のときは対応していきたいと思います」
「赤ちゃんとの過ごし方もご希望があります」

通常の出産と変わらない準備が行われていました。

病院では、死産の場合でも家族が赤ちゃんとできることのリストを提示します。

希望があれば、添い寝や、母乳を口に含ませるといった、世話をする時間を作り、へその緒や足形、髪の毛、爪なども残せるようにしています。

亡くなった赤ちゃんの体に合わせて8センチから40センチまでの大きさの洋服も用意されます。同じ経験をした母親たちが手作りしています。

医療スタッフは、母親の入院している部屋で家族一緒に過ごせるよう赤ちゃん用の小さなベッドも準備していました。

家族にとってかけがえのない時間

この病院でケアを受けた30代の夫婦に話を聞くことができました。

夫婦は、4年前双子の赤ちゃんを亡くし、その後死産を経験しました。病院で受けたケアに救われたといいます。夫婦は、亡くなった赤ちゃんとともに、病院の屋上を散歩しました。

(夫)「もく浴もして、病院で用意していただいた洋服を着させて、きれいな状態で、じゃあ散歩でも行こうかと」
(妻)「だっこして写真も撮りました」

女性は、赤ちゃんに着せた洋服と同じ布で作られたお守りを見せてくれました。寝るときは枕元に置いて、出かけるときも肌身離さず持ち歩いているといいます。

そして、赤ちゃんの手相を見たこと、眉毛や髪の生え際がどちらに似ているのか話し合ったことなど、病院で一緒に寝泊まりし、家族で過ごした数日間の思い出をいとおしそうに話してくれました。

(夫)「だんだん体が冷たくなっていくのも分かったんですけど、家族一緒に過ごせる時間が本当にかけがえのない大切な時間だったんだなと思います」
(妻)「わたしたちの元に来てくれてありがとうという気持ちになれた。本当にみなさんのおかげです」

カウンセラーの外来も

病院には、遺伝の専門知識があるカウンセラーもいます。カウンセラーが、次の妊娠にむけて、医学的な原因を説明したり、精神面をサポートしたりする外来が設置されています。

カウンセラー 西川智子さん

カウンセラーの西川智子さんは次のように話します。

「たとえ、検査の結果、死産や流産の原因がご夫婦にはないことがわかっても、なぜ自分たちの身に起きたのかという思いはなくなりません。でも、本当につらいことばかりだったのか、命が宿ったことに何か意味があったのではないか考えてもらえる場になったらよいと考えています」

求められる長期的なサポート

今後、新しいガイドラインに基づいて神奈川県立こども医療センターで行われてきたようなケアが、各地の医療機関で始まる見通しです。

さらに求められるのは息の長いサポートです。取材の中では、死産などの経験から数年たっても、仕事や外出が難しく、日常生活に戻れないという家族とも出会いました。

死産や流産を経験した家族が集まって体験を語り合う自助グループ「アンズスマイル」を取材したときのこと。参加していた40代の夫婦は、8年前に娘を死産し、いまも、人と関わることがつらいと話しました。

(妻)「ふさぎこんだまま7年もたってしまった」
(夫)「身近な人が妊娠したとか出産したとか聞きますが、心からおめでとうって電話もできないんです。年賀状をいただいても『ごめんなさい』って伏せてしまう」
(妻)「死産した娘の存在をなかったことにしている自分に罪悪感がある」

アンズスマイル代表 押尾亜哉さん

団体の代表を務める押尾亜哉さんも死産を経験。参加した夫婦に自身の体験を伝えていました。

(押尾さん)
「私も死産から13年たって最近ようやく、妊婦さんに『がんばって赤ちゃん産まれるといいね』って言えるようになりました。あなたがいまも亡くなった赤ちゃんのことを思っているのなら、罪悪感を抱かなくてもいい」

参加した女性は、「居場所があるんだな、自分もいていいんだなと初めて思えた。それがよかった」と話していました。

“死産の子もひとりの命”周囲の理解を

専門家は、『生まれる前に亡くなったわが子もひとりの命として受け止めてほしい』という思いを、周囲がまず理解することが大事だと指摘します。

静岡県立大学 太田尚子教授

「これまで、医療者は、赤ちゃんの命や尊厳に思いが至っていませんでした。でも、家族にとってはおなかの中で亡くなった子でも生きている子でも大切なわが子で、そこから一緒に考えていくことが必要だと思います」

取材では、「役所に死産届を提出したのに赤ちゃんの訪問健診の電話がかかってきて傷ついた」という体験を、当事者の人たちから何度も聞きました。

行政の対応も改善していく必要があります。

それぞれに応じた気遣いを

先月末にこの特集を放送したあと、たくさんの反響をいただきました。

「私が死産を経験したときは、病室に誰も来てくれず産声がよく聞こえる病室でおかしくなりそうになり、逃げるように退院しました。新しいガイドラインが早く広まりますように」

「私自身は、結婚も子どももいないので、ひと事のように感じていたが、死産や流産を経験した方が周りからの何気ない言葉や行動に傷ついていたことを知った」

死産や流産の経験はそれぞれの受け止め方があります。そっとしておいてほしいと望む家族もいます。

一方で、周囲が元気づける意味で言った「いつまでも悲しんでいてはダメ」とか「次もすぐに妊娠するよ」という言葉に、傷付いたという声も多く聞きました。

「『つらかったね』と言って話を聞いてくれたり、亡くなった子どもに花を贈ってくれたりして、“悲しんでいる自分も、亡くなった子の存在も受け入れてくれた”と感じられたとき、うれしかった」という声もありました。

社会のさまざまな場面で、家族に寄り添った接し方が広がってほしいと感じました。

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