科学と文化のいまがわかる
2019.07.09
3万年前、人類が今の台湾から沖縄の島々に渡ったとする説を実証しようと、7日台湾を出発した丸木舟が、9日昼前、200キロ余り離れた沖縄県の与那国島に到着しました。
国立科学博物館などのグループは、およそ3万年前の旧石器時代に、人類が今の台湾から舟で黒潮を越えて沖縄の島々に移り住んだと考え、3年前から草の舟や竹のいかだを使った実験航海を続けてきました。
今回は杉の丸木舟で海を渡った可能性を検証しようと、7日の午後2時半すぎ、男女5人のこぎ手が丸木舟に乗り込んで台湾東岸の浜辺を出発しました。
舟は、出発地から200キロ余り離れた沖縄県の与那国島を目指して、太陽や星の位置を頼りに黒潮の流れを越えて航海を続けました。
別の船の伴走を受けたものの、こぎ手は交代せずにおよそ45時間にわたる航海を続け、9日午前11時50分ごろ与那国島の西側にある浜辺に到着しました。
5人のこぎ手は、集まった人たちの拍手を受けながら舟を降り、握手をしたり抱き合ったりして喜びを分かち合っていました。
浜辺では、5人とも自力で歩くことができて元気な様子で質問に答え、このうち田中道子さんは「丸木舟で与那国島に到着できて本当にうれしいし、みんなと過ごす時間がすばらしかったです」と涙ぐみながら話していました。
伴走する船で航海を見届けた、グループの代表を務める国立科学博物館の海部陽介さんは、「5人のこぎ手たちはさまざまな苦労があり、それを乗り越えた姿に本当に心を打たれました。当時の祖先たちも同じようにやらなければ島にたどり着けなかったと思う。こんなにいい形で実験を終えることができて本当に感激です」と話していました。
プロジェクトには、考古学や海洋学の専門家や探検家などおよそ60人が参加し、3万年前の航海の再現を目指しました。
舟については、沖縄の遺跡から出土した旧石器時代の石器では木を加工することは難しいと考え、まずは台湾に自生している植物の「ガマ」で草の舟を、次いで竹でいかだを作りました。
その後、当時の石器を模した石おので実験したところ、木が切り倒せたことから、最後に丸木舟の製作に当たりました。
舟はスギの丸太をくりぬいて作られ、全長7メートル50センチほどの大きさです。
航海もすべて人力で行い、こぎ手は地図やコンパス、時計などの道具を身につけず、太陽や星の位置、風向きなどを観察しながら進みました。また、島に渡ったあと子孫を残したと想定して、こぎ手には女性が加わりました。
人類が日本列島に渡ってきたルートは、3つあると考えられています。
シベリアから北海道へ渡ってきたルート、朝鮮半島から対馬を経由して九州北部へやってきたルート、そして、今回の実験航海で検証しようとしている台湾から沖縄へ渡ってきたルートです。
近年、沖縄の島々では旧石器時代の遺跡が次々と見つかっていて、中でも石垣島の「白保竿根田原洞穴遺跡」からは、2万年以上前の人骨が大量に出土し、検出されたDNAの分析から中国南部などとの関わりがあることが分かってきました。
ところが、台湾と与那国島の間には、幅100キロに及ぶ黒潮が流れていて、舟は北に流されてしまいます。
国立科学博物館は、3万年前の人たちがどうやってこの黒潮を越えて沖縄の島々を渡ってきたのかを検証するため、6年前にプロジェクトを立ち上げ、3年前から沖縄や台湾などの海で実験航海を続けてきました。