医療

「着床前診断」対象拡大へ 生活に著しい影響の遺伝性の病気も

「着床前診断」対象拡大へ 生活に著しい影響の遺伝性の病気も

2019.04.04

体外受精させた受精卵の遺伝子などを調べ、異常がないものを子宮に戻す「着床前診断」について、日本産科婦人科学会はこれまで、命に危険が及ぶ遺伝性の病気の子どもを出産する可能性がある場合などに限って認めてきましたが、生活に著しい影響が出る遺伝性の病気にも対象を広げる方針を決めました。どのケースが認められるかは個別に判断することになりますが、実施する病気の範囲の拡大に歯止めがかからなくなるのではないかと、懸念する声もでています。

「着床前診断」は体外受精させた複数の受精卵の染色体や遺伝子を調べ、異常がないものを選んで子宮に戻す医療行為です。

日本産科婦人科学会が医療機関から申請を受けて審査を行い、これまでは成人になるまでに命に危険が及ぶ遺伝性の病気の子どもを出産する可能性がある場合や、特定の習慣流産に限って認めてきました。

しかし、一部の患者団体や医療機関から、目が見えなくなる病気などへの拡大を望む声が寄せられたことから、学会では生活に著しい影響が出る遺伝性の病気にも対象を広げる方針を決めました。

どのケースを認めるかは個別に判断されることになりますが「着床前診断」は命の選別につながると指摘する意見があり、今回の変更で拡大に歯止めがかからなくなるのではないかと懸念する声も出ています。

学会の小委員会の榊原秀也委員長は「無制限に拡大するのではなく、患者や家族の置かれた状況を慎重に検討し、患者を支援する選択肢の一つとしていきたい」と話しています。

着床前診断とは

「着床前診断」は不妊治療で体外受精させた複数の受精卵の遺伝子などを調べ、異常がないものを選んで子宮に戻す医療行為です。

受精卵の細胞の一部を取り出して病気の原因として明らかになっている遺伝子などを調べます。

日本産科婦人科学会は医療機関から実施の申請を受け、1件ごとに承認するかどうかを審査していて、承認するための基準を『重篤な遺伝性の病気の子どもを出産する可能性がある場合』と、流産を繰り返す『特定の習慣流産』に限られると規程しています。

このうち『重篤な遺伝性の病気の子どもを出産する可能性がある場合』については、これまで学会は「成人になるまでに命に危険が及ぶ病気の子どもを出産する可能性のある場合」と解釈して運用してきました。

平成27年までの18年間に120件が認められ、筋肉の異常で心臓や呼吸器にも影響が及ぶ筋ジストロフィーの一部や、骨の異常で呼吸ができなくなる難病、それに、重い代謝異常で、アンモニアが蓄積してこん睡状態になる病気などのケースで認められてきました。

そのため、これまで、目が見えなくなることにつながる遺伝性の病気が申請された際は、成人になるまでに命が危ぶまれることは少ないという理由で『重篤』とされず、承認されませんでした。

しかし、一部の患者や医療機関からは患者の生活に大きな影響が出る病気も含めてほしいという声が寄せられたことから、学会は解釈を見直すべきか議論を進めてきました。

そして、病気の『重篤さ』は患者の意見も踏まえる必要もあるとして、命の危険は少なくても、日常生活に著しい影響が出る病気を対象に加え、今後、どのようなケースを認めるのか、個別に判断していくことになったということです。

そして、学会が承認すれば、申請を行った施設で改めて第三者を交えた倫理委員会が開かれ、最終的に各施設で実施を判断することになるということです。

拡大を望む患者は

大阪市内に住む野口麻衣子さん(36)と次男の七誠くん(2)。

麻衣子さんは生後まもなく目の奥にある網膜のがんの「網膜芽細胞腫」になり右目を摘出しました。

この病気は特定の遺伝子の異常と関連しているため遺伝することがあり、七誠くんも生後3週間で同じがんであることがわかりました。

抗がん剤やレーザー照射などの治療を1年半にわたって行ってきました。

今は2か月ごとに東京の病院で診察を受けていますが、視力が大きく低下して近くのものもぼやけてしか見えていない可能性があるほか、再発の不安もあるとということです。

麻衣子さんは、弟や妹がいたほうがいいと、考えていますが、これ以上、子どもには自分と同じ不安や悩みを抱えてほしくないと考え、着床前診断を希望しています。

今は患者団体を作り、情報を共有して同じような状況の患者を支える取り組みも始めました。

麻衣子さんは「子どもが大きくなって家族を作る時に、『自分の遺伝子によって子どもが病気になる』という、自分を責める気持ちを持たなくて済むようにしたい。病気の人を否定しているのではなく、切実な理由で希望する人には認められるようになってほしい」と話していました。

範囲の広がりに懸念の声も

生命倫理に詳しい明治学院大学の柘植あづみ教授は、「生活に著しい影響が出る病気」では「著しい影響」の範囲が広く、歯止めがかからなくなるおそれがあるとしていて、「希望する患者とそれに応えたいと思う医師にこうした議論を任せてしまうのは危険で、応用する範囲が際限なく広がるおそれがある」と話しています。

そのうえで、「この医療行為を希望する人の背景には、社会の中に病気に対する無理解や差別、それに就学や就労の支援の不足などの問題があることが関わっていて、広く議論をして、どのような社会を目指すのかこの医療行為が問いかけていることを知ってほしい」と話しています。

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