医療

知ってほしい“産後のうつ”~92人自殺の衝撃~

知ってほしい“産後のうつ”~92人自殺の衝撃~

2018.09.14

2年間で92人。これは、おととしまでの2年間にみずから命を絶った、出産後1年未満の母親の人数です。専門家が「異常事態」と警鐘を鳴らすこの数字。新たな命の誕生の裏で一体、ママに何が起きているのでしょうか。

2年で92人自殺 最多の死因に

今月5日、国立成育医療研究センターが深刻なデータを発表しました。

おととしまでの2年間の人口動態統計を活用し、出産後1年未満に死亡した女性について分析したところ、▽自殺が92人で最も多く、次いで▽がんが70人、▽心疾患が24人、▽出血が20人などでした。自殺した時期をみると、出産後すぐの1か月ですでに10人で、その後も続き、9か月で13人など、1年を通して起きていました。

さらに、35歳以上や、初産の女性などでその割合が高い傾向を示していました。

出産後の母親の自殺の実態が明らかになるのは初めてで、専門家は多くが産後のうつなどが関係しているとみています。

研究を行った国立成育医療研究センター研究所の森臨太郎部長は「出産後の母親がみずから命を絶つケースがこれほどあることは異常事態と言える。早急な対策が必要だ」と指摘しています。

「産後のうつ」とは…

産後のうつは体調や生活リズムなどが大きく変化することなどで起きるとされています。

専門家や関連する学会のガイドラインによりますと、主な症状は不眠や食欲の低下、それに興味や喜びといった感情の喪失などで、母親としての責務が果たせていないなどといった自責の念があらわれることもあります。

そうした産後のうつは、出産した母親の10人に1人の割合であらわれるとされています。

産後のうつのリスクを高める要因は、育児不安やストレスとされているほか、過去のうつ病の病歴や妊娠中からの強い不安などもあると考えられています。

さらに、子育てを母親1人で行わざるをえないいわゆる「ワンオペ育児」など、家族などの周囲のサポートの不足などもあると指摘されています。

症状が重くなると自殺のおそれがあります。
そして、将来的な育児放棄や虐待にもつながることが指摘されるなど深刻な問題を引き起こすケースもあるのです。

母親たちからは強い反響

(上條 麻里奈)
私が初めてこのデータを聞いた時、とてもショックを受けました。現在、私自身妊娠6か月。自殺したお母さんの胸中を考えると、本当に心が痛みました。

それと同時に、私も妊娠初期のころに言いようのない不安にかられたことを思い出しました。

「母親になる」「産まれてくる子どもの人生を背負う」

望んだ妊娠であったにもかかわらず、この先一生、自分がおなかの子の母親なんだと思うと、その責任の重さから逃げ出したくなったり、気分が落ち込んだりすることが何度もありました。

このニュースを「シブ5時」の中のコーナーで放送しようと、まずは「シブ5時」を見ている女性を対象にしたアンケートを行うことにしました。

質問は、▽産後に不安や孤独を感じたことはあったか。▽それはいつ頃だったか。▽支援の体制は十分にあったか。▽母乳が出ないなどの身体的な不調はなかったかなどです。

アンケートへの反応は予想を上回るもので、次々と回答が返ってきます。

中には思いの丈をぶつけるように書き込んだ回答もあり、いつもとは違う反応でした。

その内容もママたちの置かれた孤独な状況と苦しい気持ちがつづられていました。

「産院から自宅に戻るとゆっくり眠れなくなった。世界が一変して不安だった」

「産後、家で赤ちゃんと2人きりになると、急に孤独になった。1人で面倒を見なければという責任で不安になった」

「産まれるとほとんど育児は1人で行い、孤独で助けてくれる人がいない。話す相手もいない。寝不足もあり気持ちが暗くなった」

「ほとんど母乳が出なくて、自分はダメな母親なんだと思って本当に苦しかった」

「子育てに明け暮れ、自分が社会から取り残されていくような不安があった」

寄せられた回答では、およそ9割のママが、産後に不安や孤独を感じたと答えました。

夫は仕事で帰宅が遅く、近くに頼れる家族が住んでいないなどの孤独な環境で、つらい思いをしたママがいかに多くいるかが感じ取れるものでした。

私自身が100%の自信と喜びで赤ちゃんを迎える気持ちになれていませんでしたが、世の中の多くのママが、不安や孤独と毎日戦っていることを知り、「不安になるのは普通のことなんだ」と、背中を押してくれるものでした。

そして、世の中のお母さんを応援するためにもこのニュースを出したいと思いました。

産後のうつに苦しむ母親

(出口 拓実)
私は、おととし長女を出産した40代の母親を取材しました。

子育てで頼れるのは夫だけという環境でしたが「しっかり育てたい」と子育てに向き合っていたといいます。

しかし、産後3週間ごろから心身に不調を感じ始めました。

体に加え、心も休まらずこれ以上心身がもたないと感じ、「子どもを育てる自信がない。私には無理なのかもしれない。死にたいほど苦しい」と思い悩むようになりました。

不眠や食欲不振にもおそわれ、思い描いていたような母親になれていないと感じて気分が沈み外出も避けるように。

さらに、家にいながらスマートフォンで子育ての情報を調べていても、周囲の母親のいきいきとした育児の様子が目に入り、落ち込む日々が続き、夫に「死にたいほどつらい」と漏らす日もあったと言います。

病院で診察を受けると産後うつと診断されました。

夫が早めに帰宅するなどして協力して子育てを行い、症状は落ち着いているものの、現在も睡眠導入剤などの5種類の薬の服用を続けています。女性は「症状が重いときは暗い中を歩んでいる感じでした。その状態でも子どもを残していなくなるわけにもいかず、産後の母親は本当に逃げ場がないと感じていました」と心の内を明かしてくれました。

産後の母親のこころを支援 初の制度

産後のうつのリスクの高いママを早くに見つけてケアをしようという動きが始まっている自治体があります。

国は昨年度から出産した母親の産後うつなどを早くに見つけ、ケアにつなげるための健診にかかる費用を助成する制度を新たに始めました。

これまで出産後は、赤ちゃんの健康を調べる制度はありましたが、母親の体や心の状態を調べる国の制度はありませんでした。

神奈川県座間市では、8月からこの制度を使い、出産後2週間と1か月に1回当たり5000円を上限に無料の健診が受けられるようになりました。

この健診のポイントは「心の負担」を見抜くことです。

独自につくったストレスの状態を確かめるアンケートに答えてもらい、それを見ながら産婦人科医が母親の診察を行います。

座間市の産婦人科クリニックでこの健診を取材した日。2週間前に初めて出産したばかりの女性に会いました。

取材には笑顔で明るく受け答えをしていましたが、健診で医師から問いかけられていくと雰囲気が変わりました。

医師が「母乳はどれくらい出ていますか?」といった質問や「家族は協力してくれていますか?」などと尋ねていくと、女性が悩みを打ち明け始めました。

「実は母乳がちゃんとあげられません。赤ちゃんは2時間から3時間おきに起きちゃうので、寝られないことが多いため寝不足で、正しく子育てできているのかわからないです」

アンケートを通してこうした悩みを聞き出した医師は、助産師がついて母乳をあげるトレーニングや乳房のマッサージができることなどに加えて睡眠時間をつくるコツをアドバイスしていました。女性は安心した表情で診察室をあとにしました。

心の負担“早くに見つけて 早くケアを”

そして、母親の心の負担が大きくなっていると医師が判断した場合、市の保健師と連携してすぐにケアを行う仕組みができています。

医師から連絡を受けた市の保健師たちはすぐに対応策を話し合い、早いときにはその日のうちに母親の自宅を訪問して、子育ての状態や悩みを詳しく聞き取ります。

そして、市の「産後ケア」のサービスを利用してもらいます。

赤ちゃんを医療機関の助産師などが預かり、その間にママに睡眠をとってもらう取り組みや同世代のママたちとの交流などストレスや疲労を和らげるメニューが用意されています。

また、すでに心の負担が深刻な状態にある母親は精神科の医師につなげることもあるといいます。

このように、医師と行政の保健師がきめ細かく情報をやりとりし、ママの心の負担を「早く見つけ」て「早くケアにつなげる」仕組みを作ったのです。

ママのSOS 周囲のサポートが重要!

産後のママを支援する体制はまだ決して十分とは言えず、始まったばかりです。

今回の放送を終え、多くの母親たちから感想のコメントを頂きました。

「産後うつを経験しました。『つらいです』の言葉が言えなくてどんどんふさぎ込んでしまいました」

「引き金は旦那の家事、育児への無関心。自分自身もうつになるなんて思っていなかった」

「サポートしてくれる場所がわからなかった。私と同じように困っているお母さんたちは多いのでは」

「誰にも理解されず、孤立感。どうかもっと社会の理解が進むことを望みます」

産後のうつのママは自分から「助けてください」と手を挙げられる人は多くはなく、むしろ助けを求められる人は少数だと専門家は言います。

今回の研究を行った国立成育医療研究センター研究所の森臨太郎部長は国の制度の周知などを進めるとともに、もう1つ大事な点を私たちに教えてくれました。

それは「社会全体が、“出産は体の問題だけでなく、心の健康の確保も重要である”」という認識を持つことです。

今まさに苦しんでいるママがいる。ママが孤立しないように、心の負担が軽くなるように。自分たちにはどのような支援ができるのか。今一度立ち止まって考え、実践する必要があると感じました。

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