科学

“星空の力”を世界に届ける

“星空の力”を世界に届ける

2018.06.20

満天の星空を見上げていると、宇宙の壮大さを感じて、自分の悩みが小さな事のように思えることはありませんか。この広い宇宙の中で、私たちの暮らす地球がいかに小さく、同時にかけがえのないものであるかを知ることは、人々が憎しみや差別といった負の感情を乗り越え、地球に暮らす仲間という意識を醸成する力になってくれるようにも感じられます。そうした、“なんとなく”感じられてきた星空の力を、貧困や紛争、病気などに苦しむ人たちのために“具体的に”生かしていこうと、天文学の国際組織が動き出しました。その中では、豊富な天文教育の歴史を持つ日本にも、大きな貢献が期待されているんです。

国際天文学連合 創設100年に向けた方針

世界天文コミュニケーション会議(福岡市科学館)

先月、福岡市で世界中からおよそ450人の研究者や教育研究者を集めた国際会議、世界天文コミュニケーション会議が開かれました。開いたのは、天文学の国際組織「国際天文学連合」です。
天文学は世界最古の科学とも呼ばれ、人類ははるか太古から星々の観測を通じて、「この宇宙がどのようにできているのか」とか、「私たち人類がどこから来て、どこへ向かうのか」といった根源的な問いに答えを見いだそうとしてきました。「国際天文学連合」はそうした普遍的な問題に世界を挙げて取り組むために1919年に創設された組織で、98の国と地域からおよそ10000人が加盟しています。今回の会議では、来年、創設から100年を迎えるのにあわせた活動方針が発表されました。
その中で強く打ち出されたのが、「社会のための天文学」という考え方です。天文学を学んだり、研究したりすることを通して、「貧困の打破」や「教育機会の確保」、「女性の支援」といった、国連が掲げる「持続可能な発展のための目標(SDGs)」の達成に貢献することができるとしています。

世界ではさまざまな実践も

ナイジェリア宇宙研究開発機関の主任研究員

会議では、実際に世界各地で社会的な課題の解決に、天文学を活用している事例も報告され、ナイジェリアから参加した宇宙研究開発機関の主任研究員の女性は、男性に比べて大幅に制約されているという女性の理科教育を改善するため、18歳までの女の子たちが天文学を学ぶプログラムを進めていることを紹介しました。

キプロスで民族融和に取り組む女性

また、ガリレオモバイルという国際的なグループは、「平和のための天文学」に取り組んでいる活動について報告しました。グループは、ギリシャ系とトルコ系に分断され、民族対立が長く続く地中海のキプロスで、双方の子どもたちを集めて宇宙について学ぶ授業を行い、広大な宇宙のスケールを体験してもらうことで、地球の小ささやかけがえのなさを感じ、自分たちが皆同じ「地球市民」だという意識(グローバルシチズンシップ)を養おうとしているということでした。

社会のための天文学と日本への期待

なぜ今、「社会のための天文学」なのか。国際天文学連合の国際普及室長を務める縣秀彦さんによると、きっかけは10年前、「世界天文年」というキャンペーンだったといいます。イタリアの科学者ガリレオ・ガリレイが自作の望遠鏡で月を観測してから400年となるのを機に、世界各地で開かれたさまざまなイベントには、国際天文学連合に加盟する倍以上の148の国と地域が参加し、天文学が持つ影響力の大きさを天文学者自身が理解する出来事になったということです。縣室長は「この経験を通して、天文学者は社会と深く結びついていること、さらには平和や発展にも役立つことに気付きました。天文学者のための組織だった国際天文学連合が、社会に向けて開かれていくことが必要だと考えるようになったのです」と話します。

国際天文学連合国際普及室長の縣秀彦さん

実は、この取り組みに貢献が期待されているのが日本です。日本は、一般に公開されている天文台の数が世界一多く、プラネタリウムの数も2位、国際天文学連合に加盟する研究者の数でも3位と、天文学や星を鑑賞する文化が広く普及している国です。日本に国際普及室が置かれていることもそうした事情と関係しているといいます。ただ、国際的な活動となると存在感が薄いのが現状だということで、縣室長は「これまで日本が、実力に見合うだけの貢献を国際的に果たしてきたかというと忸怩たる思いがある」と話し、日本に寄せられる期待にいかに応えていくかが課題だと話していました。

病院がプラネタリウムに

星つむぎの村 高橋真理子さん(左)

この会議で、大勢の海外からの参加者に囲まれている1人の日本人女性がいました。山梨県に拠点を置く「星つむぎの村」という団体の共同代表、高橋真理子さんです。星空の持つ力で、不安を抱えた心を癒やしたいと、移動式のプラネタリウムを持って全国の病院を訪ね歩いています。高橋さんは、プラネタリウムのある山梨県立科学館で19年間働いていましたが、5年前に独立。きっかけは、科学館に来ることができない人、さらには外に出て本物の星を見ることすらできない人たちにこそ、プラネタリウムは大きな意味があるのではないかと考えたことでした。以来、病院の医師や看護師などの間で評判が広がり、いまでは年間400回上映するまでになっています。会議に参加した海外の人たちからは、活動について詳しく教えてほしいとか、自分の国にも来てほしいと言った声が相次ぎました。

宇宙の果てまで旅するプラネタリウム

大きな反響を呼んだ高橋さんの活動はどんなものなのか、先月、千葉市の千葉東病院で行われた上映会の様子を取材しました。上映会は重度の心身障害で入院している人たちをサポートしている保育士たちが企画し、小児科の子どもたちも招かれました。

移動式プラネタリウムの前で話す高橋さん

高橋さんが普段使っているのは、直径が4メートルのドーム型をしたプラネタリウムです。4メートルと聞くと小さいようにも感じますが、大人でも20人ほど入ることができ、車いすや寝たきりの人にも見てもらうことができます。上映されるのは、高橋さんが参加者と掛けあいをしながら、投影される星々を自在に動かしていくオリジナルのプログラムです。

プラネタリウムに映し出された星座と星々

上映が始まると、ドームの天井には、病院のある千葉市から見える普段の星空が映し出されました。そして参加者全員で目をつぶってカウントダウンをすると、まるですべての街あかりを消し去ったように、それまでよりもはるかに多い、膨大な数の星々や天の川が姿を現しました。何千年、何万年も前からほとんど変わらず空にある星たち。それまで楽しげに話していた子どもたちも、あまりの美しさに驚いたのか、静かに見入っていました。やがて高橋さんの語りは地球を飛び出し、子どもたちを宇宙へといざなっていきます。目に飛び込んできたのは宇宙から見た地球。青く輝くこの星の姿を目に焼き付けることで、子どもたちに自分たちが小さな星の上に身を寄せ合って暮らしていることを知ってもらう狙いです。さらに太陽系から銀河系、そして宇宙の果てまで旅する中で、高橋さんは、宇宙の星々も私たちの体も、一生を終えた星のかけらでできていることを語りかけます。

語りかけながら上映する高橋さん

高橋さんは「長いこと入院している子どもたちにとって、楽しいことは一つでも多い方がいい。病室の天井ばかり見てるという話も聞きますが、プラネタリウムを見たことで、その天井に満天の星空を想像することができるようになったらいいなと思っています」と活動への思いを話していました。

プラネタリウムが届けたもの

病室の武井杏奈さん

入院している人たちは、プラネタリウムをどのような思いで見たのでしょうか。参加者の1人、小学4年生の武井杏奈さんは、腎臓の病気で5歳の時から入退院を繰り返しています。明るい性格で病院内でも友達の多い杏奈さんですが、夜には付き添いの家族も帰ってしまうため、ベッドで1人過ごしています。時には「お母さんやお父さんに会いたくなる」と話していました。そんな杏奈さんは、小さい頃からきらきらと輝く星が大好きで、星座を覚えたり、星の名前を覚えたりして、親しんできました。病院では夜に出歩くこともできず、はじめてのプラネタリウムを人一倍楽しみにしていたと言います。
上映のあと、杏奈さんは「星を見ていると、なんだか落ち着く」と話し、少し不安が和らいだ様子でした。杏奈さんのお母さんによると、親子で沖縄に星を見に行くのが目標だということで、「去年は病気の再発で行けなかったが、この日のプラネタリウムで、もう一度病気を乗り越えようという気持になってくれたのではないか」と話していました。

星空に心動かされるのは病気の子どもたちだけではありません。高橋さんは、重い障害のある人たちにも、変化が現れると実感しています。この日プラネタリウムを鑑賞した古山あかねさんは、上映が始まっても、少し落ち着かない様子でした。様子が変わったのは、青い地球の姿が映し出された時でした。せわしなかった手の動きが止まり、目を見開いてじっと映像を見つめます。上映の後、表情には笑みが。周りで支える人たちも、変化を感じ取っているようでした。高橋さんは「お話を理解していないはずの人たちの表情が変わるのを何度も目にするうちに、星空には何かわからない力があるのだという思いが確信になってきています」と話していました。

プラネタリウムを見つめる古山あかねさん

震災で気づいた星空の力

福島広大さん(福岡市科学館で)

苦しむ人たちの心に希望を届ける。東日本大震災の被災地から、世界へと活動を広げてる人もいます。福島広大さんは、天文学を学ぶ大学生だった平成23年に、ボランティアで東北の被災地を訪れ、スコップを手に、がれきや泥の撤去などを手伝いました。そこで気がついたのは、津波でほとんどの建物が流されてしまったことで、かえって明るさを際立たせている星空だったと言います。

いわき市久之浜町に立つ福島さん(2012年2月)

「自然で傷ついた人の気持ちを前向きにすることができるのは、同じ自然の力なのかもしれない」
そう考えた福島さんは、翌年の2月、子どもたちと一緒に星を観測する会を開きました。会場となったのは福島県いわき市久之浜町の小学校です。久之浜町は津波の被害に加え、東京電力福島第一原子力発電所から30キロあまりのところにあることから、事故の後は子どもたちが外に出て遊ぶこともめっきり少なくなっていました。そうした中、除染ができた小学校の校庭で、星空観望会を開いたのです。福島さんによると、子どもたちは夜に外に出られると言うことで大はしゃぎ。保護者たちもリラックスした様子で、孫と一緒に来たおばあさんが「星を眺める子どもたちの様子を見て希望を感じた」と話したことが印象に残ったということです。

被災地から世界へ

カンボジアの学校で授業を行う福島さん

被災地での活動をきっかけに、福島さんは、活動の場を世界へと広げていきます。「苦しんでいるのは、震災の被災者だけでない」と気づき、貧困や差別、紛争などを抱えた世界中の人たちの助けになることができないかと考えたと言います。始めに訪れたのはカンボジアでした。福島さんは、現地の中学校で宇宙をテーマに授業を行いましたが、そこで20年前まで続いた内戦で親族などを亡くした人たちと交流し、今なお多くの人たちが心と体に傷を抱えていることを知り衝撃を受けたということです。

課題は”効果”を確かめること

次に訪れた南アフリカのケープタウンでは、黒人居住区の小学校で授業を行いました。激しい人種差別の歴史を持つこの国では、今も家族や仲間を重視する意識と、反対に外国人などへの嫌悪感情が根強いと言われているということです。福島さんは授業の中で、ケープタウンが南アフリカの一部であり、南アフリカも地球の一部であり、その地球もまた広大な宇宙の一部であることを、知ってもらうことで、地球全体を自分たちのふるさとだと感じてもらうことを目指しました。

福島さんが授業で訪れた黒人居住区の学校

こうした取り組みを続ける上で、福島さんが課題だと感じているのが、宇宙について学ぶ「効果」をどのように評価するかです。よりよい社会のための天文学という目標は掲げても、実際にどんな効果があり、何に役立つのかが示せなければ、多くの人に受け入れられていくことは難しいと感じているのです。南アフリカでは、子どもたちに、同じ国の人と外国人のどちらを優遇するかを聞くアンケートを行いましたが、授業によってどれだけの変化が生じたかは、今後分析すると言うことで、福島さんは「宇宙を知ることが、人々の心に地球市民としての意識を与える、いわば『ワクチン』になることを示せれば、こうした活動が世界中にひろがっていく力になるのではないか」と意欲を語っていました。

天文学は世界を変えるか

国際天文学連合は、高橋さんや福島さんのような人たちが、世界中で行っている様々な活動を、ネットワーク化するなどして支援していくことにしています。連合を組織する天文学者たちにとっては、社会に貢献することで、近年ますます巨大化している天体望遠鏡などの整備に理解を得ることも、この活動の重要な目的でしょう。

しかし、それ以上に重要だと感じるのは、天文学のような純粋科学の研究が常にさらされている、「何の役に立つのか?」という社会からの問いに、科学の側が積極的に答えていく契機となるのではないかということです。このサイトでも紹介してきた重力波観測の成功などにより、近年、天文学はこれまでに知られていなかった宇宙の姿を次々に明らかにしつつあります。宇宙はどのように始まったのか、地球以外に生命はいるのか、といった謎に迫ることは、今という時代にこの地球に暮らす私たちが、宇宙の中でどれだけかけがえのない存在であるのかを改めて教えてくれるのではないでしょうか。そうした天文学の進展によって、「社会のための天文学」の取り組みがより確かなものになっていけば、やがては世界を変えていく力になるかもしれません。それこそ、「役に立つ科学」の1つの形ではないでしょうか。

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