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介護現場にアダルトグッズ?

介護現場にアダルトグッズ?

2018.05.30

「アダルトグッズメーカーが介護の分野に進出」と聞いて、あなたは何を思うだろうか。

 

いったい誰がアダルトグッズを使うのか。単なる話題づくりではないか。さまざまな疑問や違和感を覚える人も多いのではないだろうか。

 

しかし現場を取材してみると、そこに横たわっていたのは、高齢化が進む一方でなかなか正面から話す機会がない「高齢者の性」の重い現実だった。

“アダルトグッズと介護”異例のコラボ

「アダルトグッズメーカーが介護事業者と提携することになった」

取材先から知らせを受けた私は、正直、驚きと戸惑いを隠すことができなかった。介護を受ける高齢者にとってアダルトグッズは縁遠いものと感じたからだ。

しかし、話を聞いてみるとメーカー側も介護事業者側も大まじめなのだという。なぜそのようなことになったのか、話を聞かせてもらうことにした。

訪れたのは、全国で入浴に特化したデイサービスを展開する介護事業者「いきいきらいふ」。

その日は「高齢者の性欲とどう向き合うか」をテーマに、全国の店長クラスを集めた研修会が開かれていた。

参加者は男女およそ30人。それぞれ、自慰行為に使うアダルトグッズを手にしていた。筒状のものや卵形のものなど、用途や男女の別に応じて種類もさまざまだ。

「中にはローションが入ってます」
「これは勃起しなくても快楽が得られるように開発されました」
「握力が弱くても使えるよう工夫しています」

メーカーの担当者から使い方の説明を受ける表情は真剣そのもの。近くこれらのグッズを希望する施設利用者に販売し、自分で性欲を処理してもらう計画だ。高齢者介護の業界では初めての試みだという。

彼らがここまでの取り組みに踏み切った背景には、現場が直面しているのっぴきならない事情があった。

深刻な性的トラブルの現状

「いきいきらいふ」が社員に行ったアンケート結果がある。施設を利用する高齢者から受けたセクハラを含む性的トラブルの実態調査だ。

「チューしちゃおうかな、おしりタッチしようかなと言われる」
「ホテルに行こうと言われた」
「胸を触られた」
「体を洗っていたら『元気になっちゃうな』と勃起した陰部を見せられた」

回答した人のおよそ4割が性的トラブルを経験していたほか、トラブルに当たるかどうか判断できないとして「わからない」と答えた人も含めると、その割合は半数に達していた。

こうした行為に及ぶ高齢者は、認知症など判断力の衰えた人たちばかりではない。経営陣が「ショックでした」とうなだれるほどの衝撃的な内容だった。

高齢者の性、苦悩する現場

「高齢になると、性欲や性的な気持ちはなくなっていくものなんだというイメージでした。でも働き始めてからイメージが大きく変わりました」

江東区の店舗で入浴介助を担当する女性(25)も、性的トラブルの経験者だ。

介護現場の性的トラブルは「よく聞くし、よくあること」。最近も、80代後半の高齢者に服を着せているときに体を触られたという。この職員の女性は、こうした行為を行う高齢者が自分たちの「客」であることが、問題の表面化を妨げる一因になっていると感じている。

「起きたことを報告して共有できたらいいですが、言えずにしまい込むとどんどん辛くなる。お年寄りは性欲がないと思っている人も多いので、正しい知識を共有することがまずは大事だと思います」

福住尚将取締役(39)は、セクハラには毅然と対応すべきという立場だが、現場で起きているトラブルは「セクハラ」と簡単に切り捨てられない複雑さをはらんでいると言う。

高齢者の性欲を抑えつけるだけでは根本的な解決にはならない。
しかし、職員が直面するトラブルは減らしたい。
それならば、お年寄りの性欲に向き合い、自分で性欲を満たしてもらえばいい。

逆転の発想で思い至ったのが、アダルトグッズを導入するという試みだ。

「すぐに答えが出る問題ではないと思っていますが、これまで業界が意識的に避けてきたことを提起できればと考えています。意識を変えていかないと、これから先、さらに深刻化していきます」

老いらくの恋 その実情は

さまざまな場で「高齢者の性」の問題を話すと、「いい年をして何をしているんだ」といった反応を聞くことが多い。「高齢者は性欲がない」というイメージが強いからだ。

しかし、興味深いデータがある。日本性科学会が4年前に発表した「中高年セクシュアリティ調査」だ。

それによると、「この1年間に性交渉をしたいと思ったことはどれぐらいあるか」という質問に、

配偶者のいる男性では、▽60代の78%、▽70代の81%が、「よくあった」、または「ときどきあった」、「たまにあった」と答えている。

同じく配偶者のいる女性も、▽60代で42%、▽70代で33%が、「あった」と答えたという。

さらに60代から70代の単身者でも、▽男性の78%、▽女性の32%が、「あった」と答えている。

たとえ高齢になっても、性欲は健在なのだ。

施設内恋愛をする高齢者

「最近は気持ちが若いお年寄りが増えていて、施設の中でも高齢者男女の恋愛沙汰が増えています」

島根県内の特別養護老人ホームで介護分野の責任者を務めている長峯妙子さん(52)は、このように証言する。

長峯さんのいる施設では、去年、深夜に介護スタッフが思いがけない場面に遭遇した。入居する90代の男性と80代の女性が女性の部屋で性行為に及んでいたのだ。2人に認知症はなく、相思相愛の関係が深まった結果だと見られている。

2人の行為をとがめて引き離すのか、恋愛の形として認めるのか。家族への配慮などもあり答が出せないでいるうちに、男性は他界してしまった。

しかし、男性は亡くなる直前まで相手の女性への恋愛感情を抱き続け、それが生きる支えになっていたという。

長峯さんは、「お年寄りにも性欲があることを認めて受け止めることが、彼らの生きがいにつながる。そこに目をつぶっていては本当の意味での介護にはならない」と話す。

“高齢者の性をタブーにするな”

「セックスと超高齢社会」などの著書で知られる一般社団法人「ホワイトハンズ」の坂爪真吾代表理事(36)は、高齢者に性欲はないとする考えが社会にまん延してきたことが、介護現場のトラブルにつながっていると指摘する。

「相手が性欲のない存在としたほうが支援や関わりを持ちやすい。基本的に介護のサービスはそうした前提でうまく回ってきた側面はある。介護する側とされる側の当事者どうしの認識のズレがあり、それが根本的な問題につながっています」

そのうえで坂爪さんは、高齢者の性は決して施設内だけの問題ではないと指摘する。

法務省の「犯罪白書」によると、高齢者の性犯罪は増え続けている。おととし(平成28)検挙された高齢者は、統計をとり始めた昭和61年と比べて、強姦は8.6倍に、強制わいせつは21倍に増加。窃盗や詐欺などと比べて大幅な増加率となっている。

坂爪さんは、高齢化などに加えて、高齢者が性欲を隠すことを余儀なくされ抑圧されている状況が、背景の一つとなっている可能性があると考えている。

では、どうすればいいのか。坂爪さんは、高齢者の性の問題をオープンに語れる環境作りの大切さを訴えている。

「性は、人間らしく生きていくための最低限必要な部分です。高齢者の性は遠い世界の他人事ではなく、自分自身や自分の周り、自分たちの問題として見方を改め、公の場で議論したりケアしたりする仕組みができればいいと思います」

タブーを破るために

アダルトグッズの導入を決めた介護事業者「いきいきらいふ」では、今も議論が続いている。

「自身で性処理を行うことでお年寄りの自信につながる」、「性欲が解消されてトラブルが減るのでは」といった肯定的な意見の一方、「逆に性的な欲求を高めないか」、「家族にどう説明するのか」といった慎重な意見も出ている。
そのうえで、今後、利用する高齢者とその家族を巻き込んで「性」について自由に語れる雰囲気作りを進めていくことを確認した。

取り組みが効果を上げるのか、その答えは、まだ出ていない。

自分の性と向き合う

高齢者の性をめぐる今回の取材は、私にとって、まさに自分の性と正面から向き合う機会となった。

性は、どうしても自分の経験なしに語れない。当然、語ることへの恥じらいや抵抗感もある。しかも、高齢者の問題を語れば語るほど、自分の親や将来の自分の姿が脳裏をよぎり、思わず口ごもることもある。
しかし、これこそが、社会が長い間高齢者の性をタブー視してきた背景にあるのではないか。

性は本能に根ざしたものであり、人間らしく生きていくために必要なものでもある。

一方で、日本人の平均寿命は伸び続け、高齢化はますます進んでいる。

高齢者の性に対する先入観を捨て、正面から向き合うべき時が来ている。

「高齢者の性を否定することは、人間性を否定するのと同じ」

取材中に出会った高齢者のまなざしは、私にそう訴えかけているようだった。

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