日本時間の2月7日午前5時45分、世界最大の打ち上げ能力を持つロケット「ファルコン・ヘビー」が、アメリカ・フロリダ州から打ち上げられ、搭載していた赤い電気自動車を、火星に向かう軌道に投入することに成功しました。大勢の人が打ち上げを一目見ようと現地を訪れ、打ち上げの映像はインターネットでも中継。宇宙服を着たマネキン「スターマン」が乗る赤い電気自動車が、青い地球をバックに宇宙空間を“疾走”する姿は、多くの人を驚かせました。このロケットを打ち上げたのは、イーロン・マスク氏が立ち上げたアメリカのベンチャー企業「スペースX」です。2024年の有人宇宙船による火星到達、さらには、将来の火星移住計画を発表しているスペースXにとって、火星まで大量の物資を運ぶ能力を持つ今回のロケットの打ち上げは、今後、計画が実現するのかどうかの大きな試金石となるものでした。また今回のロケットは、1段目の3本のロケットエンジンが、打ち上げ後に、自動制御によって地上に舞い降りて、垂直に着陸するという離れ業にも挑戦し、このうち2本のロケットが見事に着陸する様子は、まるでSF映画をみているかのような錯覚を覚えるものでした。世界に衝撃を与えたスペースX。今後の計画はどのように進められ、いま人類は、どこまで火星に近づいているのか、解説します。
打ち上げ能力世界最大のロケット「ファルコン・ヘビー」

スペースXによりますと、打ち上げ能力は、初めて月面に人類を送り込んだアポロ計画で使われたロケット「サターン5」に次ぐもので、現役のロケットのなかでは最大です。地球を回る高度2000キロ以下の低い軌道であれば、日本のH2Aロケットの6倍以上、スペースシャトルの2倍以上にあたる、およそ64トンの物資を運ぶことができます。これは、乗客乗員を乗せるボーイング737型機を宇宙に届ける能力に相当します。大型の衛星を難なく打ち上げられるほか、国際宇宙ステーションにもこれまでより多くの物資を一度に運ぶことができるようになります。
このパワーがあれば、火星に向けておよそ17トンの物資を運ぶことができるということです。高度400キロを飛行する国際宇宙ステーションを構成する日本の実験棟「きぼう」がおよそ15トンなので、「きぼう」全体を、最接近したときでも7528万キロメートル離れている火星にまで運べることになります。スペースXでは、ファルコン・ヘビーは人類を火星や月に送り届ける能力を備えているとしています。
「クラスター化」「再使用」によって低コストかつ最大の打ち上げ能力を実現


ふたつ目は、ロケットの「再使用」です。スペースXは、2015年、世界で初めて実際に衛星を載せて打ち上げたロケットを、逆噴射させて地上に舞い戻らせ、着陸させることに成功しました。上空から、ロケットが、ゆっくりと舞い降りて、地上に、垂直に立って停止する様子は、まるで打ち上げの映像を逆再生したかのような錯覚にとらわれます。さらにスペースXでは、地上に舞い戻らせたロケットを回収して、再び打ち上げることにも成功しています。機体を再使用することによって、打ち上げコストを将来的に100分の1にすることを目指しているのです。宇宙開発に詳しい八坂哲雄九州大学名誉教授は「打ち上げたロケットを地上にピンポイントに着陸させるにはとても高度な制御技術が必要で、本当にすごいことを成し遂げている」と話します。これまではファルコン9で1段目の回収を行ってきましたが、ファルコン・ヘビーでは、外側についている2本を陸上に、中央の1本は海上で回収することに挑戦したのです。これらの技術が成熟していけば、宇宙ビジネスに価格破壊が起きるのではないかと言われています。
打ち上げ成功~ファルコン・ヘビーの衝撃~

打ち上げからおよそ2分半後には両サイドの2本のロケットを、3分後には1段目のロケットを切り離すことに成功し、打ち上げからおよそ6時間後の午前11時半ごろに、スターマン(宇宙服を着たマネキン)が乗った電気自動車を火星に向かう軌道に投入することに成功したのです。



スペースXのマスク氏は、記者会見で「打ち上がるか心配したが、うまくいったと思う。次の世代の超大型ロケットもうまくいくという自信を持つことができた」と述べ、今後の宇宙開発への自信を示しました。
イーロン・マスク氏の火星移住計画

マスク氏は、火星に向かう費用は1人あたり20万ドル、日本円で2000万円あまりに抑えるとし、火星に移住して40年から100年後には火星で自給自足ができるようになると発表しています。
このBFR、1段目のロケットには、ファルコン・ヘビーよりも多い31機のエンジンを搭載する予定です。これによって、高度が低い軌道に、ファルコン・ヘビーの倍以上、かつて人を月に送った「サターン5」よりも多い150トンの物資を運ぶことができるということです。さらに、これまでの部分的な再使用ではなく、完全な再使用を実現することで、打ち上げコストは、ファルコン9の6200万ドル、日本円で70億円よりも安くするとしています。
専門家「われわれが火星に近づく大きな一歩になる」
さらに、スペースXという民間企業が開発していることについて、「すごい時代になった。再使用の技術にしても、ものすごい常識破りのことをやっている。重要なのは、国やNASAが抱えてきた輸送機計画ではなくて、民間の資本でもって、民間のイニシアチブが先に出てきたということがすごい。火星開発の一歩になることもそうだが、それ以上に、民間の大型ロケットがでてきて、それが将来にわたって使われていくだろう気配になっていることが素晴らしい。これは革命だ」と話していました。
また、JAXAで再使用ロケットの研究をしていた室蘭工業大学の棚次亘弘名誉教授は「宇宙開発では、打ち上げの需要に応えようとロケットが開発されるだけでなく、先にロケットが開発されたことで、需要が広がることがある。ファルコン・ヘビーは現時点で火星まで物資を送るミッションがすでにあるわけではないと思うが、インフラである輸送系ができると、それを使って何かしようと考える人たちが出てくる。その一歩になるだろう」と話していました。
「再使用宇宙船」使い世界を30分で

スペースXは、去年、今後開発する超大型ロケット「BFR」を使えば、将来、宇宙空間を移動することで地球上のあらゆる都市の間を、およそ30分で移動できる宇宙船が実現できるとする構想も発表しました。スペースXによりますと、乗客が乗り込んだ宇宙船をロケットで打ち上げ、宇宙空間を最高時速2万7000キロで移動することで、たとえば、ニューヨークから上海へ39分、東京からロサンゼルスへ32分、ニューヨークからパリへ30分など、地球上のあらゆる都市の間をおよそ30分で移動できるようになるとしています。

日本でも進む再使用ロケット研究

しかし、当時、宇宙科学研究所に所属し、再使用ロケットの研究をしていた棚次亘弘室蘭工業大学名誉教授によりますと再使用型のロケットは、開発費が多くかかり、需要があるかどうかわからなかった上、技術的にも難しかったことから2003年を最後に、実験機を使った実証実験は行われなくなったということです。
一方、スペースXがロケットを再び使う計画を発表し、次々と実験を始めたのは、2012年。内閣府によりますと、こうした動きなどを受けて日本でも宇宙政策を決める2014年の宇宙政策委員会で次期基幹ロケット「H3」のさらに次にくる2030年以降のロケットを検討するなかで、再使用型は選択肢のひとつとして研究するべきという見解がまとまったということです。
その1年後の2015年、スペースXは、人工衛星を搭載した「ファルコン9」の1段目のロケットを逆噴射させ、地球に舞い戻らせて陸上に着陸させる離れ業を成し遂げました。内閣府によりますとこうした成功などを受けて、日本でも具体的に研究を加速させることになり、新しい実験機を製造して来年にも再び実証実験に臨むことにしています。
内閣府宇宙開発戦略推進事務局の髙倉秀和参事官は「次期基幹ロケットH3の開発を進めるとともに、2030年以降の次のロケットのシステムのひとつとして再使用型を検討している。スペースXが大きく先行しているほか、ヨーロッパやアジアでも研究が進んでいるので、日本が出遅れないようしっかりと研究を進めたい」と話しています。
着実に進む火星移住

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