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交通死亡事故ゼロ カギは『脳』?

2430人。去年、これだけの人が車が関係する交通事故で命を落としました。悲惨な事故を少しでも減らそうと、自動車メーカー各社がさまざまな技術を開発していますが、その研究は今、脳科学の領域にまで踏み込もうとしています。ヒトの脳を調べてどう事故防止につなげようとしているの?自動車業界を取材している坪井宏彰記者、教えて!

車の安全装備の技術って、たくさん見るようになりました。

坪井記者

安全装備は消費者が車を選ぶ際の大事なポイントです。高齢者ドライバーの事故が深刻な問題となる中、新車に自動ブレーキを搭載することは、もはやメーカーの「義務」にもなりつつあります。

メーカー各社の間では、さらに進んだ技術の開発も行われています。
たとえばSUBARUは、交差点などでの出会い頭の衝突を避ける機能を開発しました。車の側面に取り付けた最新鋭のレーダーで、横から近づいてくる車を瞬時に検知する仕組みです。

また、三菱ふそうトラック・バスは、ドライバーの死角の動きをセンサーで検知し、交差点をトラックが左折する際に、車のすぐ左側を走るオートバイや自転車を巻き込まないようにする仕組みを開発しました。

こうした中、人の『脳』に注目した研究が自動車メーカーで始まっているんです。

人の『脳』? どうして自動車メーカーが『脳』なんですか?

坪井記者

一般的に交通事故は『前をよく見ていなかった』『ブレーキを踏むのが遅れた』とか『アクセルとブレーキを踏み間違えた』というドライバーのミスも大きく関係しています。これまで紹介した安全装備は、こうしたドライバーのミスを最先端の技術がカバーするという仕組みです。

では、そもそもどうしてミスが起きたのか。

『ぼーっとしていた』『慌ててしまった』などドライバーの状態はさまざまですが、事故を起こすときのドライバーの脳の状態を調べ、それと同じような状態になったときに、前もってドライバーに注意を促すことができれば事故を防げるのではないか…、そんな発想で研究が行われているのです。

大手自動車メーカーのホンダは、3年前から放射線医学の研究機関と共同で「運転シミュレーター」と脳の画像を診断する「MRI検査装置」を組み合わせた特殊な装置を独自に開発。運転しているときの目や手足の動き、そして同時に脳の状態を調べています。

まだまだ研究途中だということですが、シミュレーターで事故をうまく回避しているドライバーの脳を分析してみると…、空間認識や記憶、運動制御などをつかさどる大脳のさまざまな部分が連動して活発に働いていることが分かってきたそうです。

なんか大学病院の研究みたいですね。
その研究の内容をどのように生かそうとしているのですか?

坪井記者

ずいぶん先のことになるかもしれませんが、ドライバーが運転しているときにシステムが音声で操作方法をアドバイスしたり、注意を促したりする『コーチングシステム』への応用を念頭に置いているそうです。

この『コーチングシステム』。
今のところは、車に取り付けたカメラやセンサーから得られる周囲の状況に関するデータや、運転技術が優れたドライバーのハンドルさばきやアクセル、ブレーキをどのように操作したかといったデータをもとにしています。

これらのデータを基準にして、車間距離が短すぎたり、交差点でブレーキを踏むタイミングが遅れたりした場合には、リアルタイムでアドバイスするという仕組みです。

将来的にはこのシステムに、脳に関するデータを活用できないかを模索しているというのです。 ただ、研究しているのはドライバーの脳だけではありません。

ほかに誰の「脳」を研究しているのですか?

坪井記者

歩いている人の脳です。

歩行者が車にはねられたとき、ボンネットやフロントガラスなどに頭を激しくぶつけると脳に大きなダメージが生じます。これが死亡リスクにつながります。

ただ、ホンダの最新の研究では、歩行者が車にはねられたその瞬間、まず脳が激しく揺れることが分かりました。

この脳の“揺れ”によって歩行者は体のバランスを保てない状態となり、ボンネットなどに頭をぶつけたときのダメージが一段と大きくなるというのです。

さらに“揺れ”によって脳の一部が腫れ、呼吸などの中枢機能がある脳幹を圧迫することで死亡リスクがより高まるということも解明されたということです。

こうした研究結果をもとに、ホンダでは、歩行者が車とぶつかってもできるだけ脳の揺れを抑えられるよう、車の前方に取り付けるエアバックの開発を進めています。

本田技術研究所 高石秀明エグゼクティブチーフエンジニア
「なぜ事故を起こしてしまうのか、どのように人が障害を受けるのかといった、『人』に注目したより深い研究が必要だ。交通事故死者ゼロの先にある自由な移動の喜びを実現したいという強い思いから安全にこだわっていきたい」

交通死亡事故ゼロ。
こうした研究を積み重ねれば実現するでしょうか。

坪井記者

技術は日進月歩です。
今回取材したホンダでは、将来的に車、バイク、歩行者、自転車など、道路を移動するすべてのものをスマートフォンなどの端末でつなぎ、互いにぶつからないように連携させるという、まさにSFの世界のような構想も持っているそうです。

しかし、死亡事故ゼロを実現するためには、技術の進歩だけでは限界があります。何より大事なのは、安全の1丁目1番地=私たちドライバーの意識です。

技術の進歩に甘えることなく、私たちも意識を高めていくことが欠かせないと思います。