ロシアへの金融制裁、どこまで効いた?

ロシアのウクライナ侵攻から1年になります。ロシアに対しては、欧米や日本が金融制裁として、ロシアの特定の銀行を国際的な決済ネットワーク「SWIFT」から締め出す措置に踏み切りました。強力な制裁として注目を集めましたが、その効果は出ているのでしょうか。また、欧米の制裁に備えるかのような動きもあるといいます。金融担当の西園興起記者に聞きます。

侵攻当時、SWIFTを使った制裁はニュースなどでよく目にしましたね。

SWIFT=国際銀行間通信協会はベルギーに本部を置く非営利組織で、国際金融の送金を手がける世界的な決済ネットワークです。

世界の1万1000以上の金融機関が利用し、決済額は1日あたり5兆ドル、日本円でおよそ670兆円にのぼります。

SWIFTから締め出されれば、その国の企業は貿易の決済が難しくなるため、ロシア経済に打撃を与える最も厳しい制裁の1つとされていました。

西園記者
西園記者

強力な制裁が1年近く続いたわけですから、かなりの効果があったのでは?。

実は見方は分かれています。

1つは、効果は限定的だったというもの。

2012年に欧米がイランに行った金融制裁ではイランがSWIFTから除外され、石油の輸出による収入が大幅に落ち込んだとされています。

ロシアも石油や天然ガスが主要な輸出品なので、当初は外国企業との決済が難しくなり、貿易の停滞を通じて経済に打撃を与えると見られていました。

しかし、ロシアの去年1年間のGDP=国内総生産の伸び率で見てみると、当初はふた桁のマイナスという見方もありましたが、ふたを開けてみると2.1%の小幅なマイナスでした。

西園記者
西園記者

どうして小幅なマイナスにとどまったのですか?

1つには、今回の金融制裁がロシアのすべての銀行をSWIFTから締め出したわけではなく、政府系ガス会社ガスプロムのグループ銀行など、一部の銀行を残す形にしたことが影響したとみられます。

ヨーロッパにはロシア産の天然ガスに大きく依存している国も多く、決済を止めれば、制裁を行う国々への代償も大きかったからですが、いわば抜け穴のような形になりました。

また、資源価格が高騰する中で、中国などロシアへの制裁に加わらなかった国々がロシア産の資源を購入していたことも、ロシア経済の支えになりました。

西園記者
西園記者

となると、制裁の効果は小さかったのですか?

そうとは言い切れません。

異なる見方もあります。

SWIFTに詳しい麗澤大学の中島真志教授は、ロシアの輸入にはかなりの制裁効果が出ているとみています。

中島教授
「中国やインドといった制裁に加わらない国がロシア産の石油などを買っていたので、輸出にはあまり効かなかった。一方で、欧米からの輸入は大幅に減っている。さまざまな部品が入らなくなって自動車の生産量が減ったり、航空機の部品が交換できなくなったりと、じわじわ効果が出ている。制裁のあと、ロシアでは仮想通貨を使って国際的な決済をしようという動きが出ているほか、新たな決済の手段として中央銀行がデジタル通貨の実用化に向けた実験も急いでいる。これは制裁で困っている証拠だ」
そのうえで、本格的な効果が見えるまでには一定の時間を要すると指摘しました。

中島教授
「欧米が2012年にイランの銀行をSWIFTから切断した際には、3年後の2015年にイランの核合意が成立し、金融制裁が解除された。制裁の効果が出た形だが、イランが合意に応じるまでかなりの時間がかかった。いわば兵糧攻めのような制裁で今回も影響を見極めるにはまだ時間がかかると思う」

ロシアの輸出にも打撃を与えようと、欧米などは去年12月、ロシア産原油に“上限価格を設定する追加制裁”も打ち出しました。

軍事費も膨れあがり、財政収支も悪化する中でロシア経済への影響はもう少し様子を見る必要があるのかもしれません。

西園記者
西園記者

そうなんですね。

でも、SWIFT以外の決済ネットワークを使おうという動きもあるとか?

ロシアは2014年のクリミア併合のときに受けた経済制裁の教訓で、SWIFTにかわるロシア製の決済ネットワーク、「SPFS」を整備していました。

ただ、これを使っているのは、ほとんどがロシア国内の銀行で国際的な広がりは乏しく、SWIFTに代わる存在にはほど遠い状況です。

今、注目すべきは「CIPS」という中国独自の決済ネットワークです。

人民元の国際化に向けて、中国が利用の拡大を目指していて、ウクライナ侵攻後、利用が増えています。

民間のシンクタンク「大和総研」によりますと、CIPSを使った1日あたりの平均の決済件数は、ことし1月、ウクライナ侵攻前の1.5倍の2万1000件にのぼりました。

さらに、去年12月までの1年間で100を超える金融機関が新たにネットワークに参加したということです。

西園記者
西園記者

どうして増えているんですか?。

日本銀行の初代北京事務所長も務め、CIPSに詳しい帝京大学の露口洋介教授は、今回のロシアへの金融制裁が利用を広げるきっかけとなったとみています。

露口教授
「ロシアがこれまでヨーロッパに売っていた石油を中国に売るようになったこと、欧米や日本と体制の異なる国々が制裁への懸念を深めたことがCIPSでの決済が増えた背景にある。中国は資本取引を厳しく規制しているので、人民元は国際的な取り引きで使うには不便さがあり、まだ、存在感は大きくはない。ただ、今回のできごとが、西側以外の国々が、人民元を幅広く利用する通貨にしていくきっかけになる可能性もある。今後、CIPSでの取り引きが拡大していけば、西側諸国のSWIFTを使った金融制裁の効果が低下するおそれがある」

西園記者
西園記者

無視できない動きということなんですね。

そうです。

実は別の金融制裁を受けて、新たな変化が起きています。

国際的な決済ネットワークからの締め出しに加えて、ロシアに対しては、通貨・ルーブルの下落などを狙って、ドル資産の凍結も行いました。

こうした中、一部の中央銀行の間では、外貨準備として、無国籍通貨とも呼ばれる、金を購入する動きが広がっています。

イギリスに本部がある調査機関の「ワールド・ゴールド・カウンシル」によりますと、各国の中央銀行の金の購入分から売却分を差し引いた純購入量は、去年1年間で1135トンと、前の年から2.5倍と大幅に増え、過去最高の水準となりました。

西園記者
西園記者

そんなに増えているんですね。

どんな国で増えているんですか。

国別の純購入量は、▼トルコが147トン、▼中国が62トン、▼エジプトが44トン、▼カタールが35トン、▼イラク、ウズベキスタン、インドでそれぞれ33トン、▼UAE=アラブ首長国連邦が24トンなどとなっています。

楽天証券経済研究所の吉田哲コモディティアナリストは「金の購入を増やしているのは欧米諸国と関係が悪化していたり、ロシアと一定の取り引きがあったりする国が目立つ。万が一のドル資産の凍結に備え、融通がきく金を増やすねらいがあるのではないか」と話していました。

西園記者
西園記者

金融の世界でも、欧米各国とロシアなどの国々でせめぎ合いが続いているわけですね。

世界を見渡せば、欧米や日本などの民主主義国家とは異なる体制の国もたくさんあります。

戦争の終わりは見えませんが、世界がどうなっていくかを正確に見極めるためにも、経済や金融の視点から変化をとらえ、分析していく必要がありそうです。

西園記者
西園記者