敵対的TOB 日本でも増える?

日本の大手企業どうしでは異例の「敵対的TOB」に発展した伊藤忠商事とデサントの対立。結局、伊藤忠のTOB(株式の公開買い付け)が成功して、事実上、デサントの経営権を握る形になりました。しかし、今回のTOBについて専門家の間では課題を指摘する声も出ています。

伊藤忠がデサントの株式の約10%を新たに取得して、保有比率を目標の40%まで高めたわけですよね。そもそも「敵対的TOB」って…

相手の企業が反対を表明していても、株式の公開買い付けによって、他の株主から株を買って企業の買収などを試みることを指すの。これまでも敵対的TOBを仕掛ける動きはあったけれど、2006年の王子製紙による北越製紙(いずれも社名は当時)へのTOBなど、大手企業どうしの過去の事例はいずれも失敗に終わっているの。

今回はなぜ成功したのでしょうか。

1つは、伊藤忠がすでにデサント株のおよそ30%を保有していたことが大きい。それに、買い付けの上限を、過半数ではなく40%に設定したので、新たに買い付ける株式は10%程度でよかった。
従来と比べてTOB成立へのハードルは高くなかったと言えるわね。

もう1つは、伊藤忠が直近の株価の1.5倍の買い取り価格を提示したこと。

「フィデューシャリー・デューティー」(顧客本位の業務運営)という考え方がある。顧客から資産を預かり運用している機関投資家からすると、「高い価格で買い取る」と提案されているのに、それに応じない場合には、いま売却しないほうが長期的には利益が出るということを顧客に説明しなければならないの。

専門家の間では今回のTOBについて課題を指摘する声も出ているんですよね。

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早稲田大学ビジネススクール 鈴木一功教授

そうなの。企業買収などに詳しい早稲田大学ビジネススクールの鈴木一功教授は「従来は経営権を取りたい場合は、株式の100%を取りに行くのが当たり前だったが、今回、伊藤忠が新たに買った株式は10%程度。非常に低コストで、実質的に経営陣を取り替えることが可能だということを世の中に示した」と指摘している。

ただ、こうしたケースでは、TOBを仕掛けた企業にはプラスになるが、ほかの株主にとってはマイナスになることもありうるそうよ。

ヨーロッパでは30%以上の株式を買い付ける場合には、TOBに応募したすべての株主から買うことが義務づけられているケースが多くなっている。そうしないと、自分が望む価格で売れない株主が出てきてしまうからなの。

鈴木教授は「デサントの株価はTOB前と比べ、今でも高止まりしているので、ほかの少数株主にとっても悪い話ではなかった」と話している。

だけど、毎回、株価が高止まりするとは限らないよね。鈴木教授は、今後、同じような手法を使って、少ないコストで実質的な買収が行われれば、少数株主の利益が損なわれるおそれもあると指摘しているの。

敵対的TOBは、欧米では珍しくないそうですが、これから日本でも増えていくのでしょうか?

変化の兆しはあると言えるわね。さっき話した「フィデューシャリー・デューティー」に対する意識の高まりもあるから、高い価格を提示されれば、買い付けに応じる機関投資家は増えると見られている。

ただ、今回の事例でも、デサントの労働組合がTOBに反対の意向を表明したように、日本の社会では、まだ敵対的TOBに抵抗感がある人が少なくないと思う。だから、伊藤忠の主導のもと、今後デサントが業績を伸ばし、「敵対的TOBの結果、経営陣が変わってよかった」と思える土壌を作っていけるかも、1つの注目点になりそうよ。