ついにトランプ大統領がマスクを!その意味は…

2020年7月11日、首都ワシントン郊外の軍の病院。
この日、負傷した兵士らを見舞うために訪れたトランプ大統領の口元は、特注とみられる紺地のマスクで覆われていた。黄色の紋章が、このマスクが大統領のためのものであることを示している。

アメリカで新型コロナウイルスの感染が拡大して以来、トランプ大統領がカメラの前でマスク姿を見せるのはこれが初めてだ。
この出来事をイギリスのBBCは「ついにマスクをした」と速報で伝えた。

なぜここまで大統領のマスク着用に注目が集まったのか。
その論争は、トランプ大統領の姿勢への批判に止まらない公衆衛生と個人の権利という感染防止対策の難しさを表している。

目次

    マスク姿は見せない

    「あくまで自主的な措置だ。私はするつもりはない」
    ことし4月、CDC=疾病対策センターがマスクの着用を勧める指針を示した際、トランプ大統領はこう言い切った。
    その翌月には「自分自身のマスク姿をメディアに見せたくない」と発言。
    6月にはウォール・ストリート・ジャーナル紙のインタビューで、マスクの着用が大統領への抗議や不支持の表明を意味する場合もあるという認識を示した。

    変化した風向き

    当初、マスク着用に消極的な姿勢を見せ続けたトランプ大統領。これに引きずられるように大統領の側近やホワイトハウスの高官もマスク姿をほとんど見せなかった。

    しかし感染拡大に一向に歯止めがかからない中、風向きが変わり始める。

    6月28日、まずはペンス副大統領が遊説先にマスク姿で登場。明確に着用を推奨した。
    共和党の有力議員も相次いで着用を呼びかけ、チェイニー下院議員は6月、ツイッター上に父親のチェイニー元副大統領のマスク姿の写真とともに、「真の男性はマスクを着用する」と投稿した。

    トランプ大統領が日常的に視聴しているともいわれるFOXニュースの朝の情報番組のキャスターは、大統領のキャッチフレーズ“Make America Great Again(アメリカを再び偉大に)”の頭文字の“MAGA”をとって「今後は“Masks Are Great Again(マスクは再びすばらしいものになった)”と読み直したらどうか」とマスクの重要性を説いた。

    ローン・レンジャー

    こうした流れにトランプ大統領は7月1日、初めてマスク着用に前向きな姿勢を見せる。
    FOXビジネスネットワークのインタビューで全米で着用を義務化する必要はないとする一方、「マスクの着用には大賛成だ。もし他人との距離がとれない状況にいたら、私だってマスクを着用するし、これまでもそうしてきた」と述べたのだ。
    これに対し記者が「いつか国民はマスク姿の大統領を見るのか」と問うと「個人的には、なんの問題もない。というか、マスク姿の自分を結構気に入っている。なかなかいい感じだ。着けたのは黒いマスクで、“ローン・レンジャー”のようだった」と発言した。

    「ローン・レンジャー」は、かつてアメリカで大ヒットした西部劇のヒーローで、目の周りを黒いマスクで覆っている。SNS上では「マスクの場所が違う」という指摘も相次いだが、そのおよそ10日後、大統領はお気に入りだというマスク姿を初めてお披露目した。

    公衆衛生か個人の権利か

    なぜトランプ大統領は、ここに来て姿勢を一変させたのか。

    その理由と見られるのが、感染防止対策に対するトランプ大統領の姿勢への批判だ。
    トランプ大統領には専門家の助言を軽視しているとの批判が絶えない。
    そうした姿勢そのものが大統領の支持層の意識にも一定の影響を与えている可能性がある。
    このことを示唆しているのが感染防止対策をめぐる党派間の意識の違いだ。

    マスク着用の意識の変化を調査しているABCなどの世論調査の結果では、外出時にマスクを着用していると回答した人はことし4月時点で55%だったが、6月25日には89%にまで急増(ABC・IPSOS)。マスク着用の必要性への認識は全般的に高まっている。
    ただこれを支持政党別にみると、過去1週間、外出時にマスクを実際に着用していたかどうかという問いに民主党支持者の99%が「着用していた」と回答しているのに対して、共和党支持者では79%と、相対的に低くなっている(PEW)。

    また6月の別の世論調査では「マスクを常に、もしくはほとんどの場合で着用すべきだ」と答えた人は民主党支持層が86%なのに対して、共和党支持層では52%にとどまっている(ハフィントンポスト・YOUGOV)。

    さらにマスクの着用が「公衆衛生上の選択」か、「個人の自由にかかわる選択」かを調べた6月の調査では、民主党支持者の82%が「公衆衛生上の選択」だと回答したのに対して、共和党支持者では52%にとどまり、42%は「個人の自由にかかわる選択」だと回答した。

    大統領が演説した独立記念日のイベント 多くがマスクを着用せず(サウスダコタ州・7月4日)

    この党派間の意識の違いが大統領の姿勢の影響なのか、それともほかの理由なのかは分からない。
    ただメディアは、アメリカではマスクの着用を個人の自由の制限の象徴として捉える人がいるほか、男性性を否定したり、臆病さを表すものだと考える人がいるという分析を伝えている。

    党派間の意識の違いは、感染拡大への警戒感でも明確だ。
    6月22日時点で「最悪の状況はすでに過ぎた」と答えた人は、民主党支持層で23%なのに対して、共和党支持層では61%を占めた(PEW)。
    感染拡大に歯止めがかからない州の中には、保守的な地盤のところも多い。
    公衆衛生か個人の自由か、感染防止対策をめぐる意識の違いがその底流にあるのかもしれない。

    マスクと選挙と経済と

    新型コロナウイルスの感染が収まるのか、それともさらに悪化するのか、その行方は秋の大統領選挙にも大きく影響する。
    特に保守地盤の州での感染状況の悪化は、トランプ大統領にとって大きな懸念材料となる。
    実のところ、それが今回のトランプ大統領のマスク姿の最大の理由かもしれない。

    さらに最近は、マスク着用が経済の先行きにも影響を与えるという指摘も出ている。
    ゴールドマン・サックスのエコノミストが6月末に発表したレポートでは、マスク着用が全米で義務化されれば、1日に確認される感染者の数を1ポイント減少させ、再びの外出制限を回避できると分析。その結果、GDPが5%減少する事態を防げるとしている。
    トランプ大統領が再選に向け最も重視している経済回復にも、マスク着用が影響するかもしれないというわけだ。

    トランプ大統領の選挙陣営は早速、「TRUMP PENCE」と書かれたマスクをグッズに追加して販売に乗り出す動きも見せている。

    トランプ大統領のマスク姿は、果たしてアメリカの人々の意識に何らかの変化をもたらすのだろうか。そしてそれは大統領選挙にも影響を与えることになるのだろうか。

    国際部記者

    濱本 こずえ

    2009年入局。
    函館局、大阪局などをへて国際部
    関心分野は、アメリカ、中国、ITテクノロジー