それは、日曜の朝だった
「世界最悪のテロ指導者に正義の鉄ついを下した!」
10月27日。
トランプ大統領のTV演説は突然だった。
世界に脅威を与えてきた過激派組織IS=イスラミックステート。
その指導者バグダディ容疑者の死亡を確認した、という電撃発表だった。
最期は、軍用犬に追い込まれ、トンネル内で「自爆」したという。
アメリカ軍の特殊部隊による作戦の成果だと、興奮気味に話すトランプ大統領。
こんな「熱」が入った演説は久しぶりに聞いたかもしれない。
あまり知られていないかもしれないが、「ISの掃討」は彼の公約でもある。
「就任した初日からのこの3年、『バグダディはどこだ、バグダディが欲しい』と言い続けてきた。最期は泣き叫びながら犬のように死んだ。映画を見ているようだった」
およそ1か月後、先週11月25日。
メディアの記者が急にホワイトハウスに集められた。
理由は明かされていない。

すると、その場にトランプ大統領とともに姿を見せたのは「コナン」。
バグダディ容疑者を追い詰めた軍用犬だ。
中東からわざわざホワイトハウスに招待し、メダルを授与した。
興奮の裏にあった“窮地”
ISをめぐる中東の話は、結構、複雑だ。
シリアの混乱に乗じて、「空白地帯」となっていた地域を拠点にしたISに対し、アメリカは、この地に長くいるクルド人勢力と“共闘”してきた。
自分たちは空爆や、武器の提供などにとどまり、現地の最前線での地上作戦は、クルド人勢力に「頼ってきた」。
ところが、10月上旬。
隣接するトルコが、テロリストとみなすクルド人勢力は排除するとして、この地に侵攻。
ただ、アメリカは、トルコの侵攻直前、ここから軍を撤退させていた。
「共闘してきた『戦友』を裏切った」と、強い批判を浴びていたのだ。

そのさなかのバグダディ容疑者の死亡の報。
トランプ大統領が興奮するのも無理はなかった。
ここワシントンでも、よく聞く…「トランプって、“もってる”よな」と。
では、トランプ大統領はISに勝ったのか
答えはノーだ。

国防総省の監察官が11月に、ISについてまとめた報告書。
そこにはこう書かれている。
「バグダディの死亡は、ISの組織にはさほど影響は及ぼさない」
しかも、「トルコのシリア侵攻とアメリカ軍のシリアからの撤退に乗じて、ISが欧米を標的としたテロに向けて力を蓄えようとしている」とまで書いてある。

“トランプ大統領がシリア政策でヘタをうったせいで、ISが復活しようとしているじゃないか”と指摘しているようなものだ。
でも、トランプ大統領はシリアからの撤退を目指す姿勢に変わりはないという。
理由は、来年の大統領選挙だ。
「中東に長くいる米兵を故郷に戻す」ことが大事と彼は考えている。
「中東政策」は選挙の争点になるか
保守派の牙城、テキサスに取材に行ったときに聞いた男性の話を思い出した。
男性は、かつてイラクなどに従軍したこともある退役軍人で、ガチガチの共和党支持者だが、シリア撤退についてこう言うのだ。
「どうしても理解できない。私たち米兵は中東の治安を守るため、命をかけて現地に行ってきた。多くの仲間も失ったが、米兵としての使命だと思っていた。戦友のクルド人勢力を裏切って逃げるなんて信じられない」
世論調査でも、シリア撤退について聞くと、反対が賛成を上回る。
共和党支持者であっても、賛成は6割にとどまる。
ISは報復を呼びかけている。
仮にアメリカ本土で報復テロが起きれば、大統領選挙にも大きな影響を与えるだろう。
ただ、かつてほど中東情勢のニュースが流れることはなくなったように思う。
現地では、まだ、紛争やせめぎ合いが続いているのに、だ。
日頃、アメリカメディアの記者のトランプ大統領への質問も、内政に集中する。
外交や国際情勢については圧倒的に少ない。
アメリカも内向きが進んでいることのあらわれかもしれない。
そう思うと、どこまで選挙の争点になり、またトランプ再選に影響を与えるか。
正直私は、まだ、はかりかねていたりする。