授賞式

吉野さんのノーベルウィーク 現地ルポ

リチウムイオン電池を開発した吉野彰さんが12月10日(日本時間11日未明)、ノーベル賞の授賞式にのぞみます。これを前に、吉野さんは12月5日、授賞式が行われるスウェーデンの首都・ストックホルムに入り、連日さまざまな祝賀行事が続く「ノーベルウィーク」を過ごしています。現地で取材している科学文化部の秋山度記者が、“かゆいところまで” 吉野さんや現地の様子について、詳しく報告します。

12月5日(木)

日没は午後3時前

日本からおよそ8000キロ離れた北欧・スウェーデン。首都・ストックホルムのこの時期の日没は午後3時前。街並みの撮影ができる明るい時間は限られている。
市内を見渡せる高台からノーベル賞の晩さん会の会場となっている市庁舎を撮影する。

続いて授賞式などが行われるコンサートホールへ。コンサートホールは歴史と伝統のある建物とあって、威容のあるたたずまいだな、などと感じていると、目に入ったのはホール前の広場。

クリスマス用のリースなどが並ぶ露店には「カード使えます」という張り紙が。
キャッシュレス決済が進んだスウェーデン、クレジットカードがあれば現金はほとんど必要ない。

ノーベル賞受賞者が普通に歩いている

ノーベル賞受賞者が宿泊する「グランドホテル」の前で吉野さんの到着を待っていると、
到着予定の1時間前にはすでに多くの報道陣が詰めかけている。

中には、サインを求めに集まった人たちの姿も。
ホテルのエントランスにはレッドカーペットが登場、受賞者を出迎えるため毎年、レッドカーペットが敷かれるとのことだった。

そうしていると「THE NOBEL PRIZE」と書かれた車がホテル前に到着した。
降りてきた吉野さんは、黒いコートに帽子姿。14時間ほどの空の旅にも疲れた表情は見せず、いつもの変わらない笑顔で車から降りてきた。

取材陣に「最高です」のひとこと言い残すと、さっそうとホテルに入っていった。
ノーベル賞の受賞者をストックホルムの街全体が祝福するノーベルウィークが始まった。

ホテルで吉野さんの広報担当者と今後の予定などの話しを聞いていると、奥からは明るい話し声が聞こえてた。

見てみるとそこにいたのはノーベル化学賞を共同受賞するウィッテンガムさん。
ノーベル賞受賞者が、普通に歩いているというのが、この時期のストックホルムの常識らしい。緊張しながら私が話しかけると気さくに応えてくれた。

12月6日(金)

ノーベル博物館に受賞者が次々に

この日は、吉野さんがノーベル博物館のカフェのイスにサインするノーベル賞の恒例行事に出席。ストックホルム旧市街にあるノーベル博物館には、次々と受賞者たちが訪れていた。
取材陣は、博物館入り口で受賞者がひとこと答えてくれるのを期待し、雨の中待つ。
車から降りて博物館まではわずか5段の階段のみ。
吉野さんは5段をあがる間ににっこりとカメラに笑顔を向けてくれた。

吉野さんの寄贈品 ケースからはみだすほどに

サインをしている場面は、現地のテレビ局だけしか取材が認められていないため、私たちが取材できるのは、受賞者が帰った後となっている。
博物館の中に入ると吉野さんたちがサインしたいすが裏返しになって並べられていた。

また、受賞者は慣例でゆかりの品を寄贈することになっているが、吉野さんは寄贈したのはリチウムイオン電池の模型(実験第一号から携帯電話用、スマートフォン用まで、それぞれの時代のリチウムイオン電池)や実験当時の記録など6点。
他の受賞者はケース1つ分だったが、吉野さんの寄贈品はケースからはみだしていた。

実物の「鍵」を寄贈する受賞者も

吉野さん以外の受賞者からの寄贈品も趣向が凝らされていた。
ノーベル物理学賞を受賞したディディエ・ケローさんの寄贈品は、なんと「鍵」。
これは、研究をしていた天文台に入る鍵の実物だそうだ。
博物館のスタッフの説明では、寄贈品を依頼したところ、ケローさんは、鍵の行方が分からなくなっていて、「探すのが大変だった」と話していたとのこと。
博物館に収められれば、もう鍵をなくす心配は無くなるだろう。
鍵を預けて大丈夫?と私が尋ねると、スタッフは「ちゃんとスペアを作ったそうよ」と教えてくれた。

吉野さんが訪れる場所はどこも笑顔に

6日午後から、吉野さんが家族とクリスマスマーケットを訪れ、取材が可能だと言うことで、クリスマスマーケットに向かった。
待ち構えていると、吉野さんが登場。
久美子夫人と散策すると思っていたが、隣にいたのは5歳の孫娘。

手をつなぎながらマーケットでも笑顔を振りまいていた。
吉野さんが訪れる場所はどこも笑顔が増える気がする。
大勢の観光客の間を、孫の手を引きながら歩く姿は、ノーベル賞の受賞者ではなく、優しいおじいちゃんそのもだった。

12月7日(土)

さらりと英語で

授賞式前にノーベル財団が行う共同記者会見。
日本の報道機関だけでなく、世界中から集まった記者やカメラがずらりと並ぶ。

この日の会見では、化学賞のほか、物理学賞と経済学賞の受賞者あわせて8人が出席する。共に化学賞を受賞したアメリカのジョン・グッドイナフさんは高齢で疲労のため欠席となった。
吉野さんは、同じく共同受賞者でアメリカのウィッティンガムさんと並んで中央の席に座る。
司会者が話しを始めると、それまでの笑顔が影を潜め、真剣な表情になった。
会見は、英語で行われる。
以前、吉野さんは受賞発表直後の英語のインタビューが大変だったと話していたが、今回も緊張しているのだろうか、などと思っていたら、最初の質問をさらりと英語で回答した。

「環境問題」めぐり受賞者からさまざまな意見

会見では、スペインで地球温暖化対策を話し合う国連の会議「COP25」が開かれていることもあり、環境問題についての質問も出た。
物理学賞を受賞したディディエ・ケローさん(博物館に鍵を寄贈した人)は、天文学者らしく、人間は地球以外で生き残ることができないことを説明し、地球を脱出するという考えはすべきではないと指摘した。
また、貧困問題似関する研究で経済学賞に選ばれたエスタ−・デュフロさんは、特に豊かな国が行動を変えていく必要があると訴えた。
ウィッティンガムさんは、ベトナム戦争で若者たちの反戦行動が社会を動かしたことを例に挙げて、いまの若い世代へ奮起を促した。
ここでは、吉野さんは答える時間は無かったが、講演会では環境問題についての考えも述べるという。
それぞれの専門や経験をいかした回答はとても興味深いものだった。

無事に会見を終えた吉野さんはウィッティンガムさんと固い握手を交わしながら写真撮影に応じていた。

(このあとの取材ルポは追って掲載します)

科学文化部 記者

秋山 度(あきやま たく)