“戦場の武器”性暴力の根絶を ノーベル平和賞で世界に訴え

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ことしのノーベル平和賞の授賞式が10日、ノルウェーの首都オスロで行われ、「紛争下の性暴力」と闘ってきたコンゴ民主共和国のデニ・ムクウェゲ医師と、イラクの少数派のヤジディ教徒でみずからも性暴力の被害者のナディア・ムラドさんが受賞しました。2人が世界に行動を呼びかけた性暴力の根絶。銃も弾薬もいらない“戦場の武器”となっている実態とその課題について考えます。(ヨハネスブルク支局長 別府正一郎・おはよう日本ディレクター 吉岡礼美)

“無関心に対する闘いを”

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見て見ぬふりをすることはしないでください。行動するというのは、無関心でいるのを拒否することなのです。無関心に対する闘いこそが求められています。

雪に包まれたオスロの市庁舎で開かれたノーベル平和賞の授賞式。スピーチで、ムクウェゲ医師は、今こそ、国際社会が、紛争下の性暴力の根絶に向け、行動を起こす時だと訴えました。

紛争下の性暴力とは

ムクウェゲさんが訴えた性暴力の実態とは。

私たちは、コンゴ民主共和国の東部に隣接するウガンダに向かいました。国境近くのチャカ難民キャンプには、連日のように、大勢の人がコンゴから逃れてきていました。着の身着のまま祖国を追われた人々。疲れ切った表情で「恐ろしい戦闘が続いている」と口々に訴えました。

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キャンプでは、国連機関やNGOが女性たちの集会を開いていました。女性たちが、少しずつ語り始めたのは、コンゴでのすさまじい性暴力の横行でした。

「武装グループが母親を射殺した後、娘2人をレイプした」
「父親が縛られ、その目の前で娘がレイプされた」

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キャンプの責任者によると、避難してきた女性のほとんどが、凄惨(せいさん)な性暴力を目撃したり、被害にあったりしているということです。

今も襲う恐怖

現状を伝えるためならばと、1人の女性が取材に応じてくれました。28歳のクローディナ・ウイマナさんです。

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コンゴ東部の町で雑貨店を営んでいましたが、ことし1月、自宅に押し入った4人組の武装グループによって夫は殺害され、自身は性暴力を受けました。

レイプされているとき、このまま殺されると思いました。死ぬほど恐ろしかったです。今でも家の外を人が通るたびに恐怖が襲います。

クローディナさんは、夫を埋葬し、3人の子どもたちを連れてキャンプに逃れてきました。

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ことし10月、女の子の赤ちゃんを産みました。そこに話題が及ぶと「父親は夫かもしれないし、武装グループの男たちかもしれない」とだけ言い、さっと赤ちゃんの顔を自分の服で隠し、見られたくない様子でした。

16歳の少女の涙

性暴力の被害者は大人だけではありません。16歳の少女も被害にあっていました。ことし2月、武装グループに拉致され、10月に解放されるまで、繰り返し性暴力を受けました。

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インタビューで、少女は「男たちは、私が妊娠したことが分かると放置した」と話しました。

キャンプに逃れて1か月。私たちが取材に訪れていたとき、少女はキャンプ内の医療施設で診察を受け、妊娠およそ6か月であることが分かりました。少女は「これからどうしたらいいのでしょうか。毎日、妊娠したことばかりを考えています」と泣き崩れました。

キャンプのカウンセラーは「被害者たちは性暴力の場面を夢でみたり、繰り返し思い出したりして、その後も苦しみ続ける」と語り、長期の心のケアが必要だといいます。

“戦場の武器”としての性暴力

取材から浮かび上がってきたのは、個々の女性を痛めつけることに加えて、家庭を破壊し、地域社会を崩壊させる性暴力の卑劣さです。

武装グループは、性的な欲望を満たすこと以上に住民たちに恐怖を与え、屈服させるために女性たちを襲っています。銃や弾薬も使わずに、力を誇示する手段として、性暴力がまさに“戦場の武器”になっているのです。

“闘争のシンボル” ムクウェゲ医師

ムクウェゲさんは、その性暴力と20年にわたって闘ってきました。
1999年、コンゴ東部のブカブに病院を設立し、これまでに5万人以上の女性たちを治療、保護してきました。

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武装グループに暗殺されかけたこともあり、今は、国連のPKO部隊によって身辺を警備されながら活動を続けています。ノーベル平和賞の選考委員会は、その献身的な努力をたたえ、「国際的な闘争のシンボルだ」としています。

コンゴの紛争 背景には鉱物資源

それにしても、なぜ、これだけ長きにわたって紛争と性暴力が絶えないのか。

アフリカで2番目に大きな国土を持つコンゴ民主共和国は、9つの国と国境を接し、まさに大陸の中心部にあります。1998年から5年近く続いた内戦では、周辺国も介入して「アフリカ大戦」とも呼ばれ、400万人以上が戦闘や飢餓で死亡しました。

内戦終結後も、東部では、いくつもの武装グループが激しい戦闘を繰り広げています。

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戦禍を逃れてきた子どもたち

紛争の原因になっているのが、世界有数の埋蔵量を誇る金やダイヤモンド、それに携帯電話などに使われるレアメタルといった鉱物資源です。

武装グループは、こうした鉱物資源の利権をめぐって争い続けています。

“消費者として気にかけて”

ムクウェゲさんは、受賞スピーチで、こうした鉱物資源は、世界中に流れ込んでいると指摘しました。

誰だってすてきな車や宝石、それに電子製品が大好きです。私もスマートフォンを持っています。しかし、こうした商品には、コンゴの鉱物が使われていることがあります。消費者として気にかけるべきではないでしょうか。

だからこそ、ムクウェゲさんは、見て見ぬふりをしないよう、人々に訴え、紛争を食い止め、加害者を裁くための行動を起こすよう、呼びかけたのです。

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ムクウェゲ医師の声 日本にも

今回の受賞を受けて、日本でも現状を知ろうという動きが少しずつ広がっています。
各地でムクウェゲさんの活動を追ったドキュメンタリー映画の上映会が行われています。

11月、東京で行われた上映会では100人の定員がすぐに満員となりました。

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映画を見た大学生の女性は「実態が悲惨すぎて驚いた」と話し、20代の男性は「この状況を身近な人に置き換えると苦しくなるし、強い怒りを覚えて、やるせない気持ちになる」と話していました。

上映会への思い

全国各地に広がった上映会。2年前、最初に企画したのが「コンゴの性暴力と紛争を考える会」の代表で、立教大学の研究員、米川正子さんです。

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2016年10月 東京

米川さんは国連の職員として、以前、コンゴに駐在していたときに被害者から話を聞き、その実態を知りました。

「この問題を多くの人たちに知ってほしい」

その思いから、映画に日本語訳をつけて上映会を始めたのです。米川さんは「この問題を知り、自分たちで何ができるのかひとりひとりが考えてほしい」と訴えています。

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「今こそ平和を!」

ことしは、国連の安全保障理事会で紛争下の性暴力が戦争犯罪にあたるとした決議が採択されてから10年にあたります。しかし、状況は改善せず、むしろ世界各地の紛争地で性暴力の被害は広がり続けています。

その解決に向け、弾みになると期待される今回のノーベル平和賞。

ムクウェゲさんは「すべての性暴力の被害者に贈られたものだ」と語ります。そして、受賞スピーチの最後をこう締めくくりました。

すべての人が一緒になって立ち上がり、声を大にして言いましょう。『暴力はもうたくさんだ。今こそ、平和を!』と。

この呼びかけにどう応えるのか、私たちひとりひとりが問われています。

加藤 雄一郎
ヨハネスブルク支局長
別府 正一郎
立町 千明
「おはよう日本」ディレクター
吉岡 礼美