日本人はノーベル賞を取れなくなる?
進む科学技術力のちょう落

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日本は、ここ3年連続して、ノーベル賞受賞者を出し、日本の科学研究のレベルの高さを世界にアピールしてきました。ことしも受賞者が出れば、初の4年連続受賞。注目が集まります。その一方で、ことしは、日本の研究力に警鐘を鳴らす報告書が相次いで出されました。ノーベル賞の過去の受賞者からも、このままでは日本の研究者がノーベル賞を取れなくなる時代が来ると強い懸念の声が次々にあがっています。受賞ラッシュに湧く裏で、いったい何が起きているのでしょうか。(科学文化部記者 鈴木有)

ちょう落する日本の科学技術

ノーベル医学・生理学賞の受賞者、大隅良典さんが、去年、受賞の喜びとともに訴えたのは、日本の研究環境の悪化。「日本の大学の状況は危機的で、このままいくと10年後、20年後にはノーベル賞受賞者が出なくなると思う」と強い危機感を訴えました。

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おととしノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章さんも「残念ながら、日本が科学技術で、優れた国であるというのはもはやいえないのではないか」と強い懸念を示しています。

これらの訴えを裏付けるかのように、日本の科学力の低迷を指摘する調査結果が、ことし相次いで出されました。文部科学省科学技術・学術政策研究所がアメリカの論文のデータベースをもとに世界100カ国以上の科学技術の論文の数を調べたところ、日本の大学や研究機関が発表する科学技術の論文の数は、10年前に比べて6%減少。科学技術の予算が多い、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本、中国、韓国の7カ国で見ますと、論文数が減ったのは日本だけで、中国が10年前に比べ4倍以上に、また韓国も2倍以上に増える中、日本は論文数でアメリカに次ぐ第2位から中国、ドイツに抜かれ第4位となっていました。

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また、ことし3月には世界的な科学雑誌、「ネイチャー」が日本の研究力についての特集記事を掲載。日本の論文数がこの10年、停滞しているとしたうで、「日本は長年にわたり科学研究における世界の第一線で活躍してきたが、これらのデータ は日本がこの先直面する課題の大きさを描き出している」と指摘。「日本の科学研究が失速し、このままではエリートの座を追われかねない」と警告しました。

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これについて、物理学賞を受賞した梶田さんは、「2000年以降、世界の国々で科学技術の重要性が強く認識され多くの国で科学技術予算を増やした」といいます。

そのうえで、日本の大学などの研究現場では、論文の数を左右する1.研究者の数、2.研究時間、3.研究者の予算の3つの要素がいずれも減っていて、特に研究時間の減少が顕著だと危機感を訴えています。

今の相次ぐノーベル賞受賞は、「1980年代から90年代の仕事を、いま評価してもらっている」もので「日本では2000年以降研究環境が急激に悪化しているので、ノーベル賞がいままでのように出るかというと、怪しいといわざるをえない」といいます。

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研究時間が無い!

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警鐘が鳴らされる中、研究者はどのように感じているのか。東京大学大学院理学系研究科の高山あかり助教が取材に応じてくれました。

高山助教は、半導体の上に金属の薄膜をはり、電気的性質などがどのように変化するか調べている物理学の研究者です。その研究は、高性能のコンピューターなどさまざまな最新の電子部品の開発に将来つながる可能性があります。

高山さんは、学生時代に次世代の電子機器の動作メカニズムとして注目される、半導体と金属の接合面で起きる特性を発見し、所属していた東北大学の総長優秀学生賞や、日本学術振興会の育志賞など数々の賞を受賞。28歳という若さで東京大学の助教というポストに就きました。

しかし、大学の教職員の研究環境は、思い描いていたものとは違っていました。

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実験機器の管理や大学の運営、教育などで時間が取られ、現在、自分の研究時間は“1割にも満たない”というのです。

私が取材した日、高山さんは実験機器の管理のためのテープを貼る作業に追われていました。その後は、学会発表する学生の資料作成などへの助言。そして学生が実験で使う装置の調整や資料のコピーなどの作業などと続きました。

高山さんは「研究時間はせめて3割はほしい。研究するために研究者になったが研究時間に割ける時間がほとんど無いのが現状だ」と訴えていました。

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若い研究者の研究時間が1割しかないことについて、梶田さんは、「私は若いときに十分な時間を研究に使え、それがノーベル賞の成果につながった。若いときに1割しか研究時間がとれないのは深刻だ」と話し、言葉を失っていました。

また、大隅さんも「本当は助教や若い准教授の時代には、研究に専念できる環境を整えないといけない」といいます。

高山さんだけではありません。文部科学省の科学技術・学術政策研究所が全国の大学の教職員6000人近くを対象にした調査では、2002年の時点で職務時間の46.5%あった研究にかける時間は、2013年には35%と10ポイントあまりおちこみました。

研究所では、▽国立大学が法人化して以降、教員が大学の運営に関わるようになり業務が増えていることや、▽専門性の高い実験の補助や書類の作成などを行う研究支援者の数が海外と比べて少ない ことをあげています。

研究予算の停滞も大きな影響

研究予算の停滞ついても警鐘が鳴らされています。「ネイチャー」は特集記事の中で、「日本では2001年以降、科学への投資が停滞しており、その結果、日本では高品質の研究を生み出す能力に衰えが見えてきている。この間、日本政府は大学が職員の給与に充てる補助金を削減した」と指摘しました。

全国の国立大学に国から配分される運営費交付金は、法人化された平成16年からの13年間で1445億円が削減。これは、配分額が多い東京大学と京都大学を足し合わせた額に匹敵します。

文部科学省の科学技術・学術政策研究所が、去年からことしにかけて運営費交付金の削減の影響を調べて公表した報告書には、研究者の切実な声であふれていました。

「大学で人事凍結により新規採用は保留になり優秀な若手研究者が大学を去る。その結果、既存の教員への負担が大きくなり研究も教育もとなると難しい」
「研究費が不足し雑用に追われる 日々では研究どころではない」
「大学の共通機器も更新できず研究環境は年々悪化している」
「削減によって年中、研究費確保のために申請書作成に追われていて心の安まる日はない」

いま、研究の世界では、運営費の削減で研究者が自由に使える研究費が減る一方で、ほかの研究テーマと競争して獲得する「競争的研究資金」の割合が増えています。

この競争的研究資金で代表的な「科学研究費助成事業」では、申請テーマのうち、採択される割合は、30%以下。これは、4回中3回は研究費を申請しても受け取ることができない可能性があることを示しています。報告書でも「競争的資金がなければ研究を継続することが不可能な危機的状況だ」という意見が見られました。

梶田さんは、「大学法人化以降、毎年運営費交付金が1%削減されていて大学は、基礎体力をここ10年奪われてきた。まずはその基礎体力を回復させる方向にかじを切り次世代を担う若い人が育つ環境を作っていく必要がある」と指摘します。

直面する3つの危機

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文部科学省は、大隅さんらの訴えを受けて基礎科学力の強化に向けた検討を行い、ことし4月、その結果をまとめました。そこでは「基礎科学は新たな知を創出、蓄積し、持続的なイノベーションによる社会経済の発展の源泉となるものであり、その振興が極めて重要であることは論をまたない」として、日本の現状について対策を講じるべき“3つの危機”を挙げています。

1.研究費・研究時間の劣化による、研究の挑戦性・継続性をめぐる危機、
2.若手研究者の雇用・研究環境の劣化による次代を担う研究者をめぐる危機、 そして、
3.世界と競争できる研究拠点の厚みが不十分なことによる「知の集積」をめぐる危機です。

これらの危機を踏まえ、具体的な対応策を検討し取り組んでいくとしていますが、大隅さんは、まだまだ危機感を共有できているとは思えないと言います。

「本当に大学がどうあるべきかという根本的なところで議論されているわけではなく、とっても深刻だと思っている」というのです。

いま大隅さんは国だけに頼っていては問題は解決しないとして、研究環境が悪化している若手の研究者を少しでも応援しようとノーベル賞の賞金と同じ1億円を拠出して研究費を支援する財団を設立するなど活動を続けています。

危機を乗り越えられるのか

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梶田さんは「戦後、日本は科学技術によって大きく発展し、私たちもその発展によってある程度の暮らしができている。今後、それが難しくなると日本がどういう国になってしまうのか非常に心配だ。あまり遅くならないうちに手を打たないといけない」と言います。

“科学技術立国”という言葉があるように、科学技術の発展が日本の発展につながってきたことは、誰もが感じていることだと思います。それが土台から崩れてかけているという危機感は、現場の研究者がいちばん理解しているのかもしれません。

日本は、ノーベル賞を受賞するような画期的な研究成果を今後も生み出せていけるのか。いま大きな岐路を迎えています。