2022年のノーベル平和賞に
ロシアとウクライナの人権団体などに

2022年のノーベル平和賞に、長年にわたり市民の基本的人権や権力を批判する権利を守る活動を続けてきた旧ソビエトのベラルーシの人権活動家と、ロシアとウクライナ、それぞれの人権団体が選ばれました。

ノルウェーの首都オスロにある選考委員会は10月7日、2022年のノーベル平和賞に
▽ベラルーシの人権活動家のアレシ・ビャリャツキ氏
▽ロシアの人権団体「メモリアル」
▽ウクライナの人権団体「市民自由センター」を
選んだと発表しました。

このうち、ベラルーシの人権活動家アレシ・ビャリャツキ氏は、1980年代にベラルーシで始まった民主化運動を率い、人権団体「春」を創設しましたが、現在はベラルーシの刑務所に収監されています。

ロシアの人権団体「メモリアル」は、1987年に創設され、ソビエト時代の政治弾圧の告発やロシアや中央アジアでの人権侵害の監視に当たってきましたが、2022年2月に解散させられ活動を停止しています。

またウクライナの人権団体「市民自由センター」は、ウクライナの人権問題や民主化に取り組み、2022年2月、ロシアがウクライナに軍事侵攻したあとは、ロシア軍が行った疑いのある戦争犯罪を記録しようと、各地で市民の聞き取り調査を続けています。

ノーベル平和賞の選考委員会は授賞理由について「2022年の受賞者は、それぞれの国の市民社会を代表する存在だ。長年にわたり、市民の基本的人権や権力を批判する権利を守る活動を続けてきた。戦争犯罪や人権侵害、権力の乱用を記録するために卓越した努力を払ってきた。平和と民主主義のための市民社会の重要性を示している」としています。

ロシアの人権団体「メモリアル」とは

ロシアの人権団体「メモリアル」は、旧ソビエト時代の1980年代後半に活動を開始し、ソビエトの政治弾圧を記録するなど人権擁護の活動に取り組んできました。

しかしプーチン政権によって、スパイを意味する「外国の代理人」に指定され、ロシアの検察当局は2021年11月、最高裁判所に「メモリアル」の解散を求めて提訴しました。

そして12月、ロシアの最高裁判所は検察側の訴えを認め「メモリアル」に対して解散を命じる判決を言い渡しました。

判決の当日、裁判所には多くの支持者が集まり、一斉に抗議の声をあげました。

「メモリアル」は裁判所に異議を申し立てましたが、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を始めた直後の、2022年2月28日、棄却され、「メモリアル」は解散を余儀なくされました。

「メモリアル」の解散をめぐっては、国連人権高等弁務官事務所が、ソビエト崩壊から30年がたち、ロシアで人権や表現の自由に対する抑圧が一層、強まっているという見解を示すなど、国内外で懸念が広がりました。

2021年ノーベル平和賞を受賞したロシアの新聞の編集長、ドミトリー・ムラートフ氏は、授賞式のスピーチで「『メモリアル』は国民の敵ではない」と述べ、ロシアで言論の自由が抑圧されている現状を国際社会に訴えていました。

「メモリアル」の幹部 “これから変わると思う”

人権団体「メモリアル」の幹部として活動していたヤン・ラチンスキー氏は、10月7日、地元メディアに対して「ロシアには、サハロフ氏やゴルバチョフ氏など世界中から尊敬される立派な人はたくさんいる。残念ながらロシアでは、こうした人たちがしかるべく扱われてこなかったが、これから変わると思う。それは意義のあることであり、われわれの立場を強化するだろう」と述べ、ロシアの人権状況に危機感を示すとともに、今回、賞に選ばれたことが状況を変えるきっかけになると期待を示しました。

モスクワ市民「よく知らない」「関心ない」

「メモリアル」が選ばれたことについて、10月7日、首都モスクワで市民に話を聞いたところ、団体について「よく知らない」とか「関心がない」といった声が多く聞かれました。

一方、団体については知らないとしたうえで「政権に活動を禁止されたのであれば、すばらしい人たちだ」と話す若者や「ノーベル賞ほど最高の栄誉はない」と話し、受賞の決定を祝う男性もいました。

また「私たちの人権を守る団体が選ばれたことは本当にうれしい」と喜びを表しながらも「ロシアは将来について考えるのが怖くなるほど、どん底に落ちた。分別のある人たちからの平和賞に込められたシグナルは、今や政権にも多くの国民にも届かない」と嘆く女性もいました。

ウクライナの人権団体「自由、平和、民主主義を守る決意」

ウクライナの人権団体「市民自由センター」の広報担当者は、NHKの取材に対し「私たちは、ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以降、主に戦争犯罪の記録をしてきました。団体の全員にとってとても重要な受賞であり、ウクライナの自由、平和、民主主義を守る価値観に対して、私たちはこれからも活動を続けていく決意です。この受賞をすごく感謝していて、これからも大切な仕事を続けたい」と、受賞の喜びを話していました。

ウクライナの首都キーウでは、受賞を歓迎する声があがっています。

大学生の22歳の女性は「世界の人々にウクライナで何が起きているか知ってもらうことが必要だ。今回の受賞を知れば、きっとわれわれを支持してくれるだろう。『市民自由センター』は戦争犯罪を明らかにし、誰が犯罪者かを示してくれると思う」と話していました。

また、38歳の男性の公務員は「とてもいいタイミングの受賞だと思う。世界の人々にウクライナの現状を知ってもらうために、非常に重要な出来事であり、大きなプラスになる。いま起きていることを忘れられないようにするため、今回、受賞を決めてくれた人たちに感謝したい」と話していました。

そして30歳の銀行員の男性は「とても名誉なことだ。隣国のロシアは、まさにテロ国家であり、そのような隣国がある以上、われわれは全世界からの支援を必要としている」と話していました。

アレシ・ビャリャツキ氏とは

2022年のノーベル平和賞に選ばれた、旧ソビエトのベラルーシの人権活動家、アレシ・ビャリャツキ氏は60歳。ベラルーシの強権的な政権から市民の人権を守る活動を続けてきました。

ベラルーシでは、ルカシェンコ大統領が旧ソビエト崩壊後30年近くにわたって大統領をつとめ、反政権派を徹底的に弾圧するなど、強権的な統治手法で知られ、欧米からは「ヨーロッパ最後の独裁者」とも批判されてきました。

ビャリャツキ氏は、ルカシェンコ政権への抗議デモに参加し拘束された人たちを支援しようと、1996年に人権団体「春」を創設しました。

その後も政権による人権侵害の実態を調査して告発したり、市民へ人権についての知識の普及に努める活動を行ったりしてきたほか、国際的な人権団体の幹部にも就任するなどして、活動の範囲を広げました。

2020年の大統領選挙で、ルカシェンコ氏の6回目の当選をめぐって、各地で不正を訴える大規模な反政府デモが起きたのに対し、政権は徹底的に取締り、ビャリャツキ氏も2021年7月に拘束され、現在は首都ミンスクの刑務所内に収監されているということです。

ビャリャツキ氏の妻「うれしいニュースを誇らしく思う」

ビャリャツキ氏の受賞について、ベラルーシのインターネットメディアは、妻のナターリャ・ピンチュクさんのコメントを伝えました。

この中で、ピンチュクさんは「これまで夫の名前は誰も取り上げておらず、まったく受賞を予想していなかったのでとても驚きましたが、うれしいニュースを誇らしく思います。この賞は夫とその仲間、そして厳しく危険な仕事に贈られるものです。彼を祝福してあげたい」と話していました。

ベラルーシ外務省 報道官「あまりにも政治的」

ベラルーシのルカシェンコ政権を批判してきた、人権活動家のアレシ・ビャリャツキ氏がノーベル平和賞に選ばれたことについて、ベラルーシ外務省の報道官は10月7日、国営のロシア通信に反応のコメントを寄せました。

この中で、報道官は「近年、ノーベル平和賞の決定はあまりにも政治的だ。申し訳ないが、賞を創設したアルフレッド・ノーベルがひつぎの中で、何度もひっくり返っていることだろう。もはやコメントする気も起きない」と批判しました。

選考委員長「ビャリャツキ氏の解放を求める」

選考委員会のライスアンネシェン委員長は会見で「ベラルーシ政府に対し、ビャリャツキ氏を解放するよう求める。そしてオスロで平和賞を授与したい。ベラルーシには多くの政治犯がいて、この願いは現実的ではないかもしれないが、それでも解放を求めたい」と訴えました。

また、ベラルーシで強権的なルカシェンコ政権への民主化運動を率いてきたチハノフスカヤ氏が、SNSで声明を発表し「すばらしい知らせだ。アレスと彼の家族にお祝いを申し上げたい。この賞はすべてのベラルーシの人権擁護者の貢献が認められたものでもある」として、祝福しました。

そのうえで「ビャリャツキ氏はノーベル平和賞を受賞するためオスロに行くことはできないだろう。多くのベラルーシの人と同様、政治的な理由で収監され、政治犯と見なされているからだ。ルカシェンコ政権がベラルーシの人々の平和と自由を脅かしていることの証しだ」として、ルカシェンコ政権を強く批判しました。

チハノフスカヤ氏は、2020年の大統領選挙で、政権側に拘束された夫に代わって立候補し「政治犯の解放」や「公正な選挙」を訴え、現在は、隣国リトアニアに活動の拠点を移し、民主化運動の継続を呼びかけ、ノーベル平和賞の候補にも挙がっていました。

また、ベラルーシの首都ミンスクにある日本大使館の徳永博基大使は10月7日、NHKの取材に対し「長年にわたる基本的人権擁護に対する貢献が評価されたものとして意義深い。日本としても、ベラルーシ当局に対して市民の恣意的(しいてき)な拘束や暴力による弾圧を停止し、国民的対話に取り組むよう求めてきており、喜ばしいことだ」とコメントしました。

EUやNATOの反応は

EU=ヨーロッパ連合のフォンデアライエン委員長は10月7日、ツイッターに投稿し「ノーベル平和賞の選考委員会は、権威主義的な政治に立ち向かう人々の卓越した勇気を認めた」と、歓迎しました。

そのうえで「彼らは民主主義のための闘いにおいて、市民社会の真の力を示している」と活動をたたえたうえで「より自由な世界を実現するために協力しよう」と呼びかけました。

NATO=北大西洋条約機構のストルテンベルグ事務総長は10月7日、ツイッターで受賞者に祝意を示しました。

そのうえで「権力に対して真実を語る権利は、自由で開かれた社会の基本だ」として、権威主義的な政権を批判してきた活動をたたえました。

専門家「非常に大きな歴史的メッセージ」

ロシアやウクライナ、ベラルーシの研究を続けている北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターの服部倫卓教授は「ゼレンスキー大統領などの政治家や著名人ではなく、人権擁護や歴史の記録に長年取り組んできた個人や団体の受賞となった背景には、今起きているロシアとウクライナの戦争の根底に、ロシアという国の歴史や、政治体制の問題があることに注意を向けるべきだという意味が込められているのではないか」と指摘しています。

そのうえで「ベラルーシでの人権問題は解決しておらず、ロシアが続けてきた人権侵害が今ウクライナで行われているということを国際社会が忘れず記録にとどめるという意味で、3国の個人や団体がそろって受賞したことは、非常に大きな歴史的メッセージがあると思う」と話しています。

平和賞の選考方法は

ノーベル平和賞は、軍縮や民主主義、人権の問題、それに平和な世界の実現などに貢献した個人や団体に贈られるほか、近年は、環境問題への取り組みにも贈られています。1901年から2021年までの間に109人の個人と25の団体が受賞しています。

このうち、ICRC=赤十字国際委員会が3回、UNHCR=国連難民高等弁務官事務所は、2回受賞しています。

受賞者の選考に当たるのは、ノルウェーの議会によって任命された5人の選考委員で、毎年、1月末までに世界各国の有識者や議員などから推薦を募り、推薦された候補者の中から受賞者を絞り込みます。

受賞者の決定に当たっては、選考委員会の全会一致を目指し、委員の意見が分かれ期限内に決まらない場合、多数決で決定します。

ノーベル委員会によりますと、2022年はこれまでで2番目に多い343の個人と団体が候補に挙がったということです。

誰がどの人物を推薦したかなど選考の過程は秘密とされ、50年後にならないと公開されない仕組みになっています。

ノーベル賞の6つの部門のうち物理学賞など5つは、賞を創設したアルフレッド・ノーベルが生まれたスウェーデンで選考が行われますが、平和賞だけは隣国のノルウェーで選考され、受賞者の発表や授賞式もノルウェーの首都オスロで行われます。

平和賞 例年にも増して注目される

ノーベル平和賞が発表されるのに先立ち、有力な候補を挙げているノルウェーのオスロ国際平和研究所は、2022年の平和賞について、ロシアや中国などの強権的な政権に平和的な手段で抗議してきた人物や、非暴力の民主化運動を世界に呼びかけてきた団体、国際法の秩序を維持するために力を尽くしてきた国際機関などを、有力視していました。

ノーベル平和賞は毎年、1月末までに世界各国の有識者などが推薦した候補者の中から受賞者を絞り込むため、2022年2月に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻の動きと直接関わりのある人物や団体は、原則として2022年の授賞の対象とはなりません。

ただ、ウクライナ情勢が国際社会に投げかけたさまざまな課題や問題について、長年にわたって取り組んでいる人物や団体が選ばれる可能性はあり、例年にも増して選考の行方が注目されていました。

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