次のノーベル賞を目指せ 「ハイパーカミオカンデ」の挑戦

物質を構成する最も基本的な粒子のひとつ、「ニュートリノ」の研究は日本のお家芸ともいわれて世界をリードしてきました。これまでに、この研究でノーベル物理学賞を2回、受賞しています。

この「ニュートリノ」研究で、3回目のノーベル賞を目指す計画が動き始めています。それが、建設が進められている素粒子観測施設「ハイパーカミオカンデ」です。何が行われようとしているのか、2015年にノーベル物理学賞を受賞した東京大学宇宙線研究所所長の梶田隆章さんに聞きました。

1代目も2代目もノーベル賞に 日本の「カミオカンデ」

「ハイパーカミオカンデ」は、これまで2回のノーベル賞につながる成果を上げた「カミオカンデ」と「スーパーカミオカンデ」の後継となる大型の観測施設です。

初代の施設「カミオカンデ」は、世界で初めて「宇宙ニュートリノ」の観測に成功。実験を主導した小柴昌俊さんは、2002年のノーベル物理学賞を受賞しました。

また、2代目の「スーパーカミオカンデ」は、「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象を初めて観測したことで、ニュートリノには質量があることを示し、2015年に梶田隆章さんがノーベル物理学賞を受賞しています。

梶田さんも関係して計画が進んでいる3代目の「ハイパーカミオカンデ」でも、ノーベル賞級の発見ができる可能性が十分にあるとしています。

地下650メートルに巨大な水槽

「ハイパーカミオカンデ」は、岐阜県飛騨市の地下650メートルに、直径60メートル余り、深さ約70メートルの巨大な水槽を設置する計画です。

「ニュートリノ」は、物質を構成する最も基本的な粒子の1つで、直径が1ミリの1000兆分の1以下と極めて小さく、電気的にも中性なため、どんな物質もすり抜けてしまう「おばけ粒子」などと呼ばれています。

「ハイパーカミオカンデ」は巨大な水槽の中に高感度の検出器をおよそ4万個設置し、「ニュートリノ」が極めてまれに水の原子と反応した時に発生するわずかな光を検出します。

「ハイパーカミオカンデ」は「スーパーカミオカンデ」より、水槽の体積がおよそ8倍大きく、その分、多くのデータを観測できることが期待されています。

「物質」の起源に迫る!

いったい、これで何がわかるのか。それは、この宇宙に「物質」ができた謎を解明しようというものです。

施設では、「ニュートリノ」とともに、「ニュートリノ」の反対の性質を持つ「反ニュートリノ」を観測し、それらの性質のわずかな違いを見つけ出すことを目指します。

このわずかな違いは、物理学の用語では、「ニュートリノのCP対称性の破れ」と呼ばれています。

これを解明できれば、私たちの世界がなぜ、「物質」だけで構成され、「反物質」がどこにも見当たらないのかという宇宙の根本的な謎に迫れる可能性があるというのです。

梶田さんは「ニュートリノは、なぜこの宇宙に、そもそも物質だけが残ったのかという、普通なら答えられないような謎に挑戦するモチベーションを与えてくれます。ニュートリノは、その性質の深いところまでしっかりと検証していかなければならず、まだまだ非常に重要です」と話していました。

“物理学者の夢”

さらに、梶田さんが大きな期待を寄せているのが、これまで誰も観測したことのない「陽子崩壊」と呼ばれる現象の観測です。

「陽子崩壊」は、原子核を構成する陽子が壊れる現象で、素粒子の世界で働く「強い力」、「弱い力」、それに「電磁気力」の3つの力がもともとは同じだった場合に起きると予想されています。

「陽子崩壊」を初めて捉えることができれば、現在の物理学の「標準理論」を超える理論とされる「大統一理論」が証明される可能性があるとされています。

これについて梶田さんは「大統一理論の証明は、いわば“物理学者の夢”です。物理学者は全く違ったように見える現象も結局は少ない法則で説明できることを示してきました。3つの力がもともとは同じものであったことがわかれば、間違いなくノーベル賞級の成果だと思います」と話していました。

国際協力のプロジェクトで

「ハイパーカミオカンデ」は、今後、日本を中心に世界十数か国が参加した国際協力プロジェクトとして建設が進められる計画です。

2027年頃の運転開始を目指すことになっています。

梶田さんは、「多国籍の研究者が1つの装置を組み上げていく難しさはあるが、本当に科学的に重要なプロジェクトなので、世界の研究者と協力してぜひ成功させたい」と話していました。

春野 一彦

宇都宮局(元科学文化部)

春野 一彦(はるの かずひこ)

2003年入局。鹿児島放送局を経て、2009年から科学文化部で主に宇宙分野の取材を担当。小惑星探査機「はやぶさ」の地球帰還をオーストラリアの砂漠で目の当たりにした。2015年から3年間、京都放送局で「iPS細胞」の取材などを担当し、2018年から再び科学文化部で取材。

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