2022年のノーベル文学賞にフランスの作家
アニー・エルノー氏

2022年のノーベル文学賞にみずからの体験をもとにした数多くの自伝小説を発表してきたフランスの作家、アニー・エルノー氏が選ばれました。

スウェーデンのストックホルムにある選考委員会は日本時間の10月6日午後8時すぎ、2022年のノーベル文学賞の受賞者にフランスの作家、アニー・エルノー氏を選んだと発表しました。

エルノー氏は1940年にフランス北部のノルマンディー地方に生まれ、喫茶店と食料品店を兼ねた店を経営する両親のもとで育ちました。そしてジェンダーや階級などによる格差を経験してきたみずからの人生をさまざまな角度から観察し、数多くの自伝小説の題材にしてきました。

このうち1983年の「場所」は自身の生い立ちや父親の境遇を描くことでフランスの労働者階級が受ける社会的な抑圧を浮き彫りにし、高く評価されました。

また、1991年の「シンプルな情熱」は女性教師と年下の男性との不倫を赤裸々にそして客観的に描き話題を呼びました。「シンプルな情熱」を原作にした映画は日本でも公開されました。

ノーベル賞の選考委員会は「勇気と客観的な鋭さで階級や屈辱、嫉妬、あるいは自分が何者かを見ることができないといった苦悩を明らかにし、将来にわたって称賛に値する功績を成し遂げた」と評価しています。

エルノー氏「不平等と闘い続ける責任負うことになった」

アニー・エルノー氏は10月6日、パリの出版社で記者会見し、「大きな賞をいただき感動している」と喜びを語るとともに、「今回の受賞であらゆる社会の不平等と闘い続ける責任を負うことになった」と述べ、受賞後も女性や抑圧された人々のために活動を行っていく決意を示しました。

そのうえで、イランで続くスカーフのかぶり方をめぐり逮捕された女性が死亡したことに抗議するデモについて、「この絶対的な制約に反旗を翻す女性たちを全面的に支持する」と述べました。

また、アメリカで国を二分する議論になっている人工妊娠中絶の権利をめぐる問題については、「私たち女性は自由と権力において男性と対等になったとは思えません」と述べ、中絶の権利を確保しようとする活動を支援する考えを示しました。

仏 パリで喜びの声

フランスの首都パリでは、アニー・エルノー氏がフランス人の女性として初めてノーベル文学賞を受賞することに喜びの声が広がっています。

中心部の書店では、訪れる客の間で発表前からエルノー氏の受賞を期待する声が多かったということで、さっそくエルノー氏の著作を買い求める人の姿が見られました。

このうち、長らくエルノー氏のファンだという30代の若い女性は、「アニー・エルノーはフランスを代表する最も重要な作家で、フランス文学界の宝です」と述べ、男性中心の社会での女性の存在のあり方を鋭く描くところが好きだと評価していました。

また、フランス人作家が受賞すると想像していなかったという書店の店員は、「自伝小説の形をとりながらも世界や社会について語り、とりわけ家族のなかで女性はどのような存在なのかを語る作風がユニークだ」と話していました。

海外文学ファンが発表見守る

ノーベル文学賞の発表に合わせて海外文学ファンがオンラインのイベントを開き、受賞が決まったアニー・エルノー氏が予想していた作家の1人だったことから参加者から驚きの声が上がりました。

イベントは、首都圏の海外文学ファンのグループがノーベル文学賞の発表に合わせて開き、東京・渋谷区の会場とオンラインでおよそ20人が参加しました。

参加者たちは海外文学の魅力を知るきっかけにしてもらおうと、受賞の可能性があると予想される作家やこれまでの受賞者の作品を事前に読んできたということで、会場に日本語や英語の作品、およそ80冊を持ち寄って並べ、その魅力を語り合いながら発表の瞬間を待ちました。

そして午後8時、アニー・エルノー氏の名前が発表されると、受賞するのではないかと予想していた作家の1人だったことから驚きの声があがりました。

作品を読んだことがあるという参加者の男性は「今の日本の文学の傾向とは少し異なる雰囲気ですが、恋愛小説が好きな人は楽しめると思います」と話していました。

また、別の参加者の男性は「映画化されている作品もあり、海外文学に触れたことがない人でも楽しめる作家だと思います」と話していました。

イベントを主催した浦野喬さんは「エルノーさんは2021年の大本命として予想していたので驚きました。女性の生きづらさを赤裸々につづるなど、いま評価される作家だと思います。また作品を読み直したいと思います」と話していました。

専門家「フランスの庶民を代表する自伝的な作家」

フランス文学の専門家で、エルノーの作品の翻訳を多く手がけている慶応大学の堀茂樹 名誉教授は「エルノーはフランスの庶民を代表する自伝的な作家で、階層的な社会の現実をシリアスに見つめ、きらびやかな表現やメタファーを駆使するのではなく簡素な文体で書いている。本人は文壇でも社会の中でも周縁部にいた人で、そうした人が作り上げた作品に今回のノーベル賞を通して、普遍的な価値が与えられたという意味があるのではないか」と話していました。

直木賞作家 小池真理子さん「しびれます」

ノーベル文学賞を受賞することになったアニー・エルノー氏と同じように愛と性をテーマにした作品を多く発表し本人と対談したこともあるという直木賞作家の小池真理子さんは「2年ほど前から、エルノーさんがノーベル文学賞の候補になっている、という話を耳にしていたので、今回の受賞の知らせには感激しております。愛と性を赤裸々に綴りながら、深い哲学的な考察に満ちている『シンプルな情熱』は、彼女の代表作の一つであり、私の愛読書でもあります。読みやすい文章の裏に、あふれんばかりの観念的なものがひそんでいて、しびれます。18年前になりますが、来日したエルノーさんと女性誌で対談したことがあります。作品そのもの、といった感じのクールな、ハンサムウーマンという印象でした。感覚的、抽象的なことをわかりやすく言葉になさるのですが、そこには終始、エルノーさんの哲学があって、興奮させられました。何度もお目にかかりたい、お話ししたい、と思ったことを昨日のことのように覚えています」とコメントしています。

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