2022年03月22日
(聞き手:小野口愛梨 佐藤巴南 白賀エチエンヌ)
「挫折に近いくらい打ちひしがれました」。高瀬アナウンサーは、東日本大震災をそう振り返ります。そこからNHKの緊急報道の伝え方が変化しました。避難を呼びかける放送を試みた高瀬アナに緊急報道、伝えることへの思いを聞きました。
アナウンサーとして働く中で、転機になったことってありますか。
間違いなく、東日本大震災ですね。
ある種の絶望感といいますか、挫折に近いくらい打ちひしがれました。
高瀬耕造 アナウンサー
1999年NHK入局、新潟放送局や広島放送局で勤務。「ニュース7」の土日キャスターなどを務めたあと、「おはよう日本」午前6時・7時台のキャスターに。番組の最後、次の番組の「連続テレビ小説」につなぐ“朝ドラ送り”が話題になることも。
当時、放送に携わっていた人にとっては、共通の体験かもしれないですけどね。
そうなんですか。
私たちの放送は、誰かを助けられていなかった、その放送が届いてもいなかったと。
もう悔しいとかそういう感情すらなくて、へこみまくって。
もっと何かできたんじゃないかって、今でも思います。
そこからどういった変化があったんですか。
そこからは、命が失われなくて済むにはどんな放送ができるだろうかって、目的が変わりました。
以前は起きたことをしっかりと伝える、どんな被害が起きたかという「事後の放送」ですよね。
それが防災とか減災の視点に立った「命を守るための報道」にかじを切ったんです。
それはどんなふうに?
「呼びかけ」というものを始めました。
「今すぐ逃げてください」とか、「東日本大震災を思い出してください」とかですね。
NHKとして命を守るために何ができるだろうってみんなで考えて、踏み出した方向性だったんです。
はい。
その後、私が担当していた時間帯のニュースの放送中に、津波警報が出たことがありました。
その時、実際に「東日本大震災を思い出してください」、「急いで逃げてください」って、放送を通じて呼びかけたんです。
それが、「そんなこと言われなくても思い出すよ、言わなくていいよ」っていうご批判も含めて、非常に大きな反響がありました。
それで、こうした呼びかけが正しかったのかどうかって話になったんですが、NHKの中には「お前はやるべき事をやっただけだ」と言ってくれた人もいて、すごくありがたかったですね。
その後、NHK全体としてやっていくことになりました。
そうだったんですね。
呼びかけをもっと文化にして、互いにみんなが声をかけ合って命を守れるような社会にしていきたいと思いました。
それで、いろんな専門家にも取材をして、「呼びかけ集」を作ったんです。
例えば地震。屋内にいる人に「エレベーターに閉じ込められていても、落ち着いて救出を待ってください」とか。
外にいる人に対しては「上から落ちてくるものがないか注意してください」とか。
「命を守る呼びかけ」ハンドブック
災害が迫っている緊急報道の際、アナウンサーが呼びかけることばを掲載。地震・津波・豪雨など100パターン以上を用意し、たびたび見直しもする。
高瀬さんが作ったんですか?
みんなで議論をしてやりましょうとなりました。
私はあくまでも3.11をきっかけに、どうやったら命を守れるだろうっていう流れに乗ったといいますか、一翼を担っただけなんです。
みずから呼びかける「○○をしてください」って強いことばじゃないですか。
ためらいってなかったんですか。
ありますね。そこはアナウンサーの発言ではあってもNHKとして呼びかけることになりますから。
その正確性、根拠、もちろん嘘であってはならないし、それによって傷つく人たちが出てくるかもしれないことを慎重に検討しました。
ですから本当に気をつけています。
でも、「直接あなたに届けたい」と思って、やります。
角を取って、抽象的であいまいなことばにしてしまったら意味がないと思っています。
なるほど。
今は一般の人もツイッターとかさまざまな手段で、防災を呼びかけていますよね。
地域とか国境を越えて、みんなで災害に立ち向かっていくっていう文化が確実に生まれてると思うんです。
たしかに、そうですね。
折しも今日(取材日:1月17日)は阪神・淡路大震災から27年の日です。
あの日から、地域を越えて助け合うっていうことを積極的にやり始めたんですね。
ボランティアが駆けつけたりして。
それが東日本大震災を経て、起きている最中、あるいは起きる前から、みんなで地域を守っていこうよっていう意識が醸成されつつあると思っています。
それは若い人たちの力とか意識の高さも大きく貢献してると思うんです。
どう伝えるかという葛藤って、コロナでも感じませんか。
はい。私たちみんなが当事者で、「どうなっちゃうんだろう」、「学校はいつになったら再開するんだろう」とか。
いろんなところで、いろんなモヤモヤした気持ちを抱えていますよね。
それなのに、ただ原稿を読み上げるだけでは、自分たちと同じ立場で伝えているニュースにはならないですね。
コロナにかかりっこない無菌室の中からニュースを伝えているように見えるかもしれませんが、私自身も感染する不安を抱えています。
そうですよね。
一番悩ましかったのは、東京オリンピック・パラリンピックとコロナを同時に伝えていかなきゃいけなかったことです。
感染者がどんどんと増えていく中で「オリンピック・パラリンピックに向けた準備は着々と進んでいますと発表がありました」と。
だけど、開催に向けて否定的な意見も多かったですよね。
そうでした。
そういった中で、「はい、ここからはオリンピック・パラリンピックについてです」って切り替えられますか?
ふだんから自分の人間性を出して放送している人が、そういう時だけ「では、新型コロナウイルスです」と切り替えれば、そこに血や肉はあるのかと。
すごく苦しみました。
でも、みんなと話し合いながらその葛藤みたいなものを表に出していこうと、放送の中でことばにしていくことにしました。
それって、勇気がいりますよね。
例えば、「オリンピック開会式まであと1か月となりました。新型コロナの感染者が日々増えていく中で本当に開催して大丈夫なのかと言う声が実際にあります。こうした中で・・・」って話すとかね。
私たちが今思っているモヤモヤしたものを、少なくとも隠さないようにしようと思いましたね。
コロナの中で伝える悩みというか、不安みたいなものは今はありますか。
実は自分の内側を出すことに、もうためらいはありません。
腹をくくって、自分の考えていること、モヤモヤしていることも出していかないと共感してもらえないだろうと。
自分の中にある気持ちをなるべくさらして、「私はこう思うんですけど、皆さんどうですか?」っていう放送にしたいと思っています。
改めて、「アナウンサーのお仕事とは」をお聞きしたいです。
やはり「読んで伝える」っていうことが基本的な仕事だと思います。
それはニュースにしてもそうですし、ナレーションにしてもそうです。
これは新人のころから研修や日々の放送を通じてトレーニングしていきます。
そうなんですね。
「読んで伝える」ができていれば、まったく目を通していないニュースの一報が入ってきたとしても、しっかりと意味が伝わる音声表現ができるようになります。
今や音声を合成する技術の発達も相当目覚ましいので、音声を出すだけならAIだってできますよね。
ただ、それを人から人に届けるっていうことにおいては、まだまだ人間のほうが優れているので、やっぱり大事なことだなと改めて思いますね。
なるほど、いつも放送を見ていると、すごく堂々とされているようにも見えます。
「今日、かむなぁ」って思ったり、「集中力が何か低いな」とか、動揺もしますよ。
でも、積み重ねてきた経験が、安定しているように見せてるんだろうと思いますね。
それは培って得たもの?
だと思います。確かにいろいろな厳しい場面も経験してきましたから、多少の事では驚かないです。
お昼のニュースを担当していた時に、いろいろな緊急報道がありました。
当時は「宇宙人が来たら何てコメントするか」っていうことまで考えて備えていましたね。
究極の緊急報道じゃないですか、未知との遭遇って。
(笑)
その時に自分が何を言えるんだろうと。
「得体の知れない物体が、東京・代々木公園に突如として現れました」。
アドリブでとにかく事実を淡々と伝えていくのかなって思ってます。
それは、今でも起きるかもしれないって想定しているんですか。
そうですね、予想のつかないことが起きるのがニュースの現場ですよね。
「想定外」とか、「極めて異例」と言いますけど、世の中そういったものであふれてますから。
最後に、高瀬さんにとって「伝える」とは何ですか?
やっぱり、「モヤモヤもことばにする」っていうことだと思っています。
見てくれている、聞いてくれている皆さんと同じ目線に立つためには、自分自身の中にある「こうでもない、ああでもない」とか迷う気持ち。
モヤモヤしたものすらもことばに出して、皆さんと一緒に生きていくということが今、求められているんじゃないかなと思います。
どこまでできているか分からないですけど、この試みは続けていきたいなと思います。
そういうアナウンサーが1人くらいいてもいいのかなっということで、お付き合いください。
本日はありがとうございました!
編集・撮影:加藤陽平
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