2021年01月25日
(聞き手:石川将也 佐々木快)
かつて漫画雑誌「週刊少年ジャンプ」の発売日には、最新号を少しでも早く手にしようと子供たちが町の本屋に並びました。今、それをネットの世界に移し、みんなが心を躍らせるような新たなプラットフォームに育てようと挑戦している漫画編集者がいます。
スマホで読める漫画誌アプリ「少年ジャンプ+」の副編集長、籾山悠太さん(38)。デジタル漫画の編集者って一体どんな仕事?
僕は中学生のころから雑誌の「週刊少年ジャンプ」を読んでいました。男子校で、部活漬けの毎日だったんですけど、週に一回少年ジャンプを駅の売店で買うのを何よりの楽しみにしていました。
僕は最初からスマホで「少年ジャンプ+」を読んでいます。毎日更新される、恋愛ものやミステリーなどの新しい漫画を楽しく読ませていただいています。
私、正直漫画はあんまりわからなくて……コマをどの順番で読んだらいいのかもわからないレベルなんです。すみません。
いえ、いいんです。そういう人も多いと思うので。時代ですね(笑)。
早速ですが、籾山さんの現在のお仕事を教えてください。
「少年ジャンプ+」という、スマートフォンで読める漫画誌アプリの副編集長をしています。
どういうものですか?
漫画アプリの中でも、特に新しい作品を生み出すことを目的にしています。オリジナルの連載からヒット作を生むということに一番力を入れているので、アプリというより漫画雑誌を作っている感覚です。
「少年ジャンプ+」を立ち上げた当時の状況や思い、理由を聞かせていただきたいのですが。
2012年か13年ごろに、先輩から「スマホの漫画雑誌作る気ない?」って声を掛けられたのが一つのきっかけですね。
はい。
僕は新卒で紙の漫画編集部に入って、その後2010年にデジタル事業部※に行ったんです。
集英社デジタル事業部
外部サイトでの電子書籍の販売やデジタルの販売キャンペーン施策を担当。その他デジタル事業の立案や運営等が主な業務。
その時に、世の中でデジタル化が進むと、面白い漫画を次々生み出す「週刊少年ジャンプ」が担ってきた役割が大きく変わるかもしれないって感じました。
デジタル事業部に異動する前に、タイ料理屋で食事をしていたんですけど、当時の編集長が日本でまだ発売していなかったiPadを海外で買ってきて、見せてくれました。
大きさもジャンプのサイズに近いし、これは多くの人がiPadを持つようになったら時代が変わるかもなって。
iPadからヒントをもらったんですね。
もしかしたらめちゃくちゃ大きな危機になるかもしれないし、逆に漫画がもっともっと大きく広がるチャンスになるかもしれないと。
2000年代以前はずっと紙メディアの発行部数が多かったじゃないですか。2010年代というと、それがデジタルに替わっていくターニングポイントだったのかなと思うんですが。
僕が子供の頃は、「週刊少年ジャンプ」が600万部とか発行していたような時代で。「DRAGON BALL」が連載されていましたけど、それを友達とか兄弟で回し読みして、1000万とか、2000万人の人たちが毎週読んでいたんじゃないかと思うんです。
クラスの男子のほぼ全員が「週刊少年ジャンプ」を読んでいて、今でもその世代の人は同じ漫画の話が通じる。さらに海外でもジャンプのキャラクタ―がとても人気になっている。それってすごいことだと思うんですよ。
まさにそんな感じでした。
そういうカルチャーって他にあまりないと思うんですよね。
それくらい漫画は世の中に大きな影響力を持つと思っていたので、紙媒体を救うかどうかっていうよりも、才能を持っているクリエーターの方とエンタテインメントを待ち望んでいる世界中の読者のために、少しでも仕事ができればという思いで当初からやっていました。
立ち上げ当時、どこまでデジタル展開できると考えていたのですか?
実現できるかはやってみなくちゃわからないと思っていましたが、1000万人ぐらいの人が、毎回連載を追ってくれるような、そんな新しい漫画がたくさん集まる場所を作りたいなっていうのが目標でしたね。
いま当初の目標のどのくらいまで来ていますか?ご自身の評価をうかがいたいです。
私と今の編集長の細野修平の二人が中心になって立ち上げて6年ですが、山でいうと3合目ですかね。残り7割くらい。別に上手くいっていないという意味ではなくて、着実に登っているんです。
具体的なデータはありますか?
今「少年ジャンプ+」の人気作品「SPY×FAMILY」「怪獣8号」など、100~150万人が毎回連載を追うような漫画が生まれてきてるんですよね。
始まったころから比べると、どんどん成長しているという意味では山を登っている感じはあると思います。
当初の目標からいうと……?
目標1000万人の150万人だと、まだ先は長いかなと思いますが、海外で最新話を日本と同時に公開している漫画アプリサービスも、昨年から始めたんですが、その読者もあわせるともう少し目標に近づいているかな。
「少年ジャンプ+」
アプリは現在1,600万ダウンロード、月間アクティブユーザーは、アプリとブラウザを足して700万人いるという。
雑誌にはなかったデータを活かすことで、ファンの反応などは「少年ジャンプ+」のほうが分かりやすくなっていますか?
そうですね。読者の数もわかりますし、完読率なども取っています。
あと、紙の雑誌では主に読者のはがきアンケートで反応を見ていましたが、今はSNSで、その作品の話題がリアルタイムにどんどん出てきますね。
僕たちが最も重要視しているのは読者数です。読者数によって毎日のランキングは上下して、「週刊少年ジャンプ」のような激しい競争が連載作品の中で生まれています。
コメント欄にも読者の人たちがたくさん書き込んでいるのを見ます。
完読率はどう活かしているんですか?
編集者によっても違うと思いますが、もし低かったとしたら、どこに原因があったのか考えて対策しますよね。
人気ランキングもそうですが、雑誌の時代からあったもので「少年ジャンプ」の伝統を引き継いでいる部分もあるように思いました。デジタル化しても失ってはいけないものと、逆に思い切って変えたものは何でしょうか?
変わらないのは、読者と漫画家さんに寄り添うこと。それから、国民的な作品や世界的な作品を生み出すっていう志です。
変えたことは?
一つ大きく変えたのは、連載が無料で読めるっていうことですね。今、漫画を無料で読むって一般的だと思うんですけど、始めたときは「無料で漫画読ませちゃうの??それってやっちゃいけないんじゃないの?」っていう人が結構多くて。
なぜそうしたんですか?
例えば、民放のテレビは無料でみんな見ていて、大きな影響力がある。1000万人を超える人に読んでもらいたいというのを目指そうと思った時に、思い切ってデジタルでは無料で連載を届けるというふうにしました。
一人でも多くの読者に連載を追ってもらうことには価値があると考えたからです。
編集方針は変えましたか?
基本は変わらないです。が、細かいことをいうと、読者の読み方は違います。
紙は一冊の雑誌に掲載されているマンガの多くを読む読者が多いと思いますが、デジタルだと載っているものを全部読もうという感じではなく、好きな連載だけ読むとか、SNSで話題になった1作品だけを読んでみる読者もいるとか、少し異なります。
なので、ターゲットとなる年齢や性別などに少し幅を持たせたり、好みに合わせてパーソナライズしたりすることもあります。
僕は「おいしいコーヒーのいれ方」という漫画が好きなんですが、こういう恋愛ものは従来の少年ジャンプの作品にはないなって思います。
そうですね。女性のキャラクターを視点にした恋愛ストーリーみたいなものもありますし。読者の対象やジャンルは少し広く考えています。
最初は紙雑誌の漫画編集者からキャリアをスタートされたそうですが、そもそも漫画の編集者ってどういう仕事ですか?
読者と作家さんを結ぶ架け橋的な仕事だと思っています。作家さんの才能や個性、描きたいものを読者に広く届けるため、面白くするためのサポートをなんでもします。
今はデジタル媒体で編集者をされていますが、紙とデジタルで違いはありますか?
根本的には変わらないと思っています。ただ、少し違うところは、紙媒体は何十年も昔の先輩編集者たちが作ってきた仕組みみたいなものがあって。
作家さんと純粋に作品の打ち合わせをして、より面白くし、それがヒットすることで新しい作家さんも集まるという循環ができています。
デジタルの方は、色々なことが未開拓すぎて、漫画家さんとの打ち合わせだけに集中できるわけじゃない。
その作家さんをどう集めていくか、どう成長させていくか、ヒットさせて作家さんにお金を還元できるか、そういうことがまだみんな模索中なので、仕組みづくりのところも同時にやっていく必要があるという点が違います。
デジタル媒体の編集者になって、新しく加わった業務ってどんなものがありますか?
どんなウェブサービスを作るか、みたいな部分は新しい仕事でしたね。
具体的にどんなふうにお仕事をされているんですか?
えっと、僕自身デジタルの方に詳しいかというと実は全然詳しくなかったんです。
えー⁉︎
(紙媒体の)漫画編集部の後に、2010年にデジタル事業部に異動したんですが、その当時、スマホも持っていなくて……。
意外です……。
パソコンにもすごく弱くて、今も苦手なんですけど、でもそういうのに詳しい人とたくさん知り合う。そして、読者やアプリのユーザーの気持ちを考えて、詳しい人たちとコミュニケーションする。
自分がこういうことをしたい!って思ったら、信頼できる人と繋がって、相談して力を借りながらやっていくっていうことが多いです。
世の中でデジタル化が進んで、集英社の中でもデジタル業務にシフトする人が多くなってきた印象はありますか?
デジタルの部署に行った2010年は、日本で初めてiPadが発売された年。ガラケーを持っている人が多くて、アンドロイド携帯なんてほぼ誰も持っていなかった、そんな年だったんですけど。
へぇー。
当時はデジタル系の仕事が珍しくて、社内でデジタル技術を使って「こんな企画をやりたい」というのがあっても、あまり注目が集まらない。デジタルの世の中への影響力というのはまだ始まったばかりという段階でした。
今はどうですか?
今は、たとえ紙媒体の編集部であっても、どうスマートフォンで試し読みしてもらうかとか、SNSで話題にしてもらうかとか、デジタル上での宣伝策を考えます。
アニメ化した時も、テレビだけではなく、いろんなインターネット上のポータルサイトで見られるので、デジタルがあらゆることに関わってきているという風に感じます。
これから漫画の編集者になる人というのは、デジタル分野に視野を広く持つ必要がありそうですね。
そうですね。先ほど言った「読者と作家を結ぶ」という意味では、読者がデジタルデバイスでたくさんの時間を使い、作家さんもデジタル技術を使って作品を作ったり活動されたりしている方が多いので、結果的に2者をつなぐとなると、やっぱりデジタルがポイントになると思いますね。
自称”デジタルに詳しくない”籾山さんですが、2010年以降、漫画で数多くのデジタル事業を立ち上げます。詳しくは、教えて先輩!「少年ジャンプ+」副編集長 籾山悠太さん【後編】をご覧下さい。
編集 吉岡真衣子
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