「注文をまちがえる料理店」の仕掛け人 小国士朗さん【後編】

「番組を作らない」宣言した元NHKディレクターが人の心を動かすまで

2020年10月16日
(聞き手:高橋薫 白賀エチエンヌ)

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多くの方に読んでいただいた小国士朗さんのインタビュー前編に続いて後編です。病気をきっかけに「番組を作らないディレクター」を宣言し、その後、独立。活躍のフィールドをテレビ以外へと広げていきます。多くの人の心を動かすアイデアをどう生み出してきたのか、聞きました。

アイデアをどう生み出しているのですか?

学生
高橋

小国さんは、どうやってアイデアを生み出しているのですか?

僕は「素人の感覚」をすごく大事にしたいと思っているんです。

小国さん

例えば、「delete C」というプロジェクトなんですが・・・。

【deleteCプロジェクト】

プロジェクトに参加する企業や団体が、ロゴからがん=Cancerの「C」の文字を消した商品などを作り、売り上げの一部をがん研究支援金に充てようという取り組み。2019年2月スタート。

がんのステージ4になって2年経つ友人から、がんを本当に治せる病気にしたいと言っていたんです。何かアイデアが欲しいと。

その友人の願いはもともと知っていたんですけど、僕は別に医者でもないし、製薬会社の社員でもないですし、ずっと避けてきたんですね。

でも、本気で言っているのが分かったから考えようと。

なるほど。

そのあともなかなか思いつかなかったんですけど、たまたま友人に見せてもらったのがこの名刺でした。

Cancerの文字が消された名刺

MDアンダーソンがんセンターの上野先生の名刺なんですが、がんを消すという意味で「Cancer」の文字が消してある

その名刺を見て「ハッ」と思いついたんです。

Cを消せばいいじゃんって

CCレモンとか身近なモノでできますし。

Delete CラベルのCCレモン

面白いアイデアですね。

そこで「delete C」というプロジェクトを立ち上げました。商品を買うと、売り上げの一部ががんの治療研究に寄付されるという仕組みで。

去年、NPO法人化して、今、参画している企業は50社くらいかな。

学生
白賀

50社も広がったんですか。

僕はがんの治療研究もそうですし、認知症のことも素人です。大多数は僕のような素人で、もともとは、ほとんど興味がない人が多いと思うんですよ。

でも、こんな僕でも「何これ?」って思うってことは、多くの素人、一般の人が同じように思う可能性があると思っていて。

だから素人の状態の時の違和感みたいなのをすごく大事にしています。

なるほど。

「注文をまちがえる料理店」のイベントにて

【小国士朗さん】

元NHKディレクター。
2003年にNHKに入局し、クローズアップ現代、プロフェッショナルなどの番組を手がける。その後、新規事業担当としてプロフェッショナルのアプリを開発し、200万ダウンロードを達成。個人でも「注文をまちがえる料理店」のプロジェクトなどを手がける。2018年に独立し、ラグビー日本代表の盛り上げなどにも貢献した。

番組を作らないディレクターが人の心を動かすまで

NHK時代は、番組づくりをするディレクターをされていましたよね。

クローズアップ現代班の後、僕は念願がかなってプロフェッショナル班にいきました。

本当に憧れていた番組を作らせてもらったんでけど・・・心臓病になってしまったんです。

えっ。

ロケで中国に1か月半くらいロケに行って、戻ってきて1か月くらい編集して放送を出したら、その1週間後くらいに心臓の発作が出て。

大丈夫だったんですか?

お医者さんに言われたのが、もし中国に行っている間になっていたら死んでいたよ、みたいな。

たまたま救急病院が近くにあればいいけど、そういう環境ばかりでもないので、番組づくりを諦めざるを得ないなと。

「番組を作らない」決断の裏には病気があったのです

それは大変でしたね。

絶望しましたね、本当に。

番組が作れないディレクターってなんやねん。存在意義がないなって

落ち込みますよね。

でも3か月ぐらい悩むと、変わったんです。
ある意味、めっちゃおいしいかもって思えたんですよ。

番組を作らなくてもいいんだと。

どういうことですか?番組作り大好きでしたよね?

僕は番組作りが大好きだった一方で、自分が作って愛してやまない番組が見られていないということがつらかったんです。

プロフェッショナルだって、若者向けに作っている番組なのに、見てくれているのは年配の視聴者が多くて

できるだけ広く多くの人に届けたいと思って作っていたんだけれども、本当に届けたい人には届いてない

届いていないものは、存在しないのと一緒だなと思って、それを変えよう、若い人に知ってもらえるようチャレンジしてみようと思ったんです。

代理店に行って気づいたこと

そのタイミングでちょうど、大手広告代理店の電通さんとの間で交換留学みたいな研修制度があったので、手を上げて、9か月参加してきました。

外から見て、どんなことを感じましたか?

初めて自分のいる組織や場所の価値を客観的に見ることができましたね。

どんなところですか?

良いところとして気づいたのは、公共放送というのはすごく最高な武器だなと思いました。

いろんな人たちとフラットに握手できるし、社会のために手をつなぐこともできる。

しかも、時間をかけた仕事もできる。
例えば「ダイオウイカを撮る」って、何年もかけて撮ったり。

撮れるかどうか分からないけど、撮れたらすごいよね、やろうぜみたいな。スケール感がすごいし、作り手としては最高ですよ。

そうなんですね。

一方で、自分が作った番組を届けきる執念が足りないというのもすごく思いました。

NHKのディレクターって、番組を「作品」という言い方をしていたんですよね。作ってそれで終わっちゃう。

代理店は違ったんですか?

代理店だと例えばクライアントである企業さんと「このお茶をどうやって人々に買ってもらうか」をすごく真剣に考えていて。

やっぱり本気で届けないと潰れるかもしれないから。それと比べると、NHKはそこが足りないと思いました。

受信料をもらっているわけだから、番の貢献ってNHKの価値を使い倒して、多くの人に届けきることだと思ったんです。

なので、番組を一切作らない代わりに、番組の情報とか価値を、番組以外の方法で届けるような活動をしようと。

就活生のためにプロフェッショナルアプリ

「番組を作らない」で、どんなことをしたんですか?

そのひとつが、「プロフェッショナル私の流儀」というアプリですね。

アプリ「プロフェッショナル私の流儀」 ※配信はすでに終了しています。

番組の10周年に合わせて誰でもプロフェッショナルになれるというコンセプトのアプリを作ろうと。

オープニング映像を作れる動画ジェネレーターなんですが、200万ダウンロードぐらいされたんです。

あ、そのアプリ。僕も実際に使いました。高校1年生の時の文化祭で。

そうですか!それは、めちゃめちゃうれしいですね。実際、ユーザーの6、7割が10代、20代でした。

どうやって思いついたんですか?

(プロフェッショナルは)民放でたくさんパロディされていたんです。

ということは、めちゃくちゃニーズがある、みんなマネしたいと思ってる、と

たしかに。

結婚式のビデオとかでもよく見ましたし、公式が利用を認めたら、すごく広がるなと思っていました。

ちなみにこのアプリ。どんなジャンルのアプリで出したと思いますか?

エンタメですか?

いや「教育」なんです。

実は、就活生に一番使って欲しいと思って作ったんですよ。

そうだったんですか!

自己理解を深めるツールが必要だなと思って、実際に大学の就職課を訪ねて、就職支援課の人たちと一緒にアプリを作ったんです。

意外です。

就活で「私の流儀」ってめっちゃ難しいんですよ。

もっと難しいのは「私の肩書き」ってなんですかっていうこと。

自分にしかないレッテルというか、ラベルというか。それって何?と聞かれても、なかなかないじゃないですか。

ぱっと思いつかないですね。

そうですよね。輝いている瞬間を聞かれたときに、サークルやバイトみたいになってくる。

すると「あれ、俺の強みって本当にそれしかないのかな」と考えざるを得ないでしょう。

わかります・・・、その気持ち。

「肩書き」って何だろう。
「本当に輝いている瞬間」って何だろう。

「俺のポリシー」って何だろうって

逆に言うと、この3つがはまったら、エントリーシートなんて簡単に書けるんですよ。

遊びながらでもいいから就活前の大学生に使ってもらいたいなと思って、アプリを作り上げました。

『その後、「注文をまちがえる料理店」などの成功を経て、小国さんはNHKを退職。独立して個人事務所・小国士朗事務所を立ち上げます。』

独立してどんなところが変わりましたか?

社内調整がいらなくなったことですかね。

組織でイノベーションを起こそうと思うと、実感値としては95%社内調整って感じなんです。

そんなに・・・

やっぱり新しいことをやる時には必ずリスクがあるから、それって当たり前なんですけど。

そうなると、残りの5%でクリエイティブに注がなきゃいけなくて・・・、体力が残っていないんです。

でも、独立したら1人だから、100%クリエイティブに集中できるんですよね。使える力や時間が圧倒的に広がった気がしますね。

名刺は名前だけ

これが今の僕の名刺です。

名刺を見せる小国さん

名前だけなんですね。

そうなんですよ、肩書きがないんですよ。

例えばプロデューサーって入れてもいいんですけれども、名刺に肩書きがあることで、縛られると思ったんですね。

ディレクターとして振る舞うとか。プロデューサーとして振る舞うとか。僕はそれがすごい嫌だったんです。

なるほど。

だから僕、自己紹介がめっちゃ長いんです。名刺交換しても誰も何も分からないから、15分くださいと言って。

今までやってきたこととか、大事にしてることとか話させていただいて、そこで相性がよかったら仕事しましょうとなるんです。

だから、コピーライターとして発注されることもあるし、全然違うこともあるし、もう本当にバラバラなんですよね。僕はそれを大事にしています。

丸の内ラグビー神社
パブリック・ビューイングの様子

ラグビーワールドカップの時は、三菱地所の依頼で「丸の内15丁目プロジェクト」と題して、ラグビーを通じた街づくりに貢献。ラグビー選手のビジネストークイベントや、レストランでのラガー麺企画など。ラグビー神社も作り、丸の内がラグビーの聖地に。

就活生にメッセージ「ご縁」

最後に就活生に向けたメッセージをお願いします。

「ご縁」です。

僕自身NHKに入るなんて思ってもいなかったし。心臓病になるとも、独立するとも、認知症の仕事をやるとも思っていなかった。

自分の思いとか思惑とかねらいとかを超えたところで、物事がすすんでいたりとか、決まっていたりすることも多い。

そうですよね。

就活でも、例えば、今年は航空会社が新卒採用やらないところも出ていて、企業の事情としては仕方がないかもしれないが、すごくつらいですよね。

でも、それは自分の力だけではないし、自分が何か遅れていたり劣っていたりするわけでもないんです。

たしかに、そうなんですけど、なかなか思えないですよね。

いろいろやろうとすると思うんですけど、本当に自分でいることの方がご縁を引き寄せられると思うんです。

無理したり嘘をついたりそういうことよりは、本当に100%の自分で挑めば、いいご縁はどこかにあると思います。

そのご縁を逃がさないことの方が、大事なんじゃないかなと思います。

なるほど。たしかにそうかもしれませんね。
きょうは、ありがとうございました。

編集 成田大輔

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