2023年06月02日
(聞き手:佐藤巴南 平野昌木 堀祐理)
「世界中の土を自分の目で見てみたい!」とスコップ片手に世界を飛び回ってきた土壌学者の藤井一至さん。人々の貧しさの根底に土の問題があると気づき、研究に向き合う姿勢に変化が。土から世界を救うことはできないか?藤井さんに聞いてみました。
学生
佐藤
ふだん土についてあまり意識していなかったのですが、やはり大切なものでしょうか?
水のようにありがたみは感じないかもしれませんが、土は私たちの社会を支えていますよ。
藤井さん
私たちが食べているものの大体95%は土由来です。お肉も、家畜が食べる草は土からです。
藤井 一至(かずみち)さん 1981年、富山県生まれ。土壌学者。京都大学(博士課程)卒。今は国立研究開発法人 「森林研究・整備機構森林総合研究所」の主任研究員として、スコップ片手に世界を飛び回り、日々、土を掘り、調べている。特技は泥だんご磨き。
食べ物だけではなく、身近ないろんな製品も土由来です。みなさんの持ってるスマホも、ボディーは「アルミニウム」。もとをただせば土ですよ。
アルミニウムは飲料缶から宇宙船までいろんなものに使われていますが、ボーキサイトという岩石から取れます。ボーキサイトは、赤土が化石化したものなんです。
気づいていなかっただけで、いろんなものが土から来ているんですね。
学生
堀
土の研究者として、どういう場所に行くんですか?
日本全国だけでなく、海外ではタイやインドネシア、カナダによく行きます。
世界には12種類の土があるとされているんですが、日本ではその半分も見られません。全部の土を自分の目で見ようと思って、スコップ片手に世界を回りました。
楽しそうですね。
でも、大変なんです。
土って、当たり前ですけれど、誰かの土地なんです。持ち主がいるのに勝手に土を掘るわけにもいきません。
省庁の許可がいる場合もあるし、海外では地元の大学の教授と共同研究の約束をして、その教授に掘りたい場所の許可を取ってもらったりとか。意外と書類三昧です(笑)
学生
平野
そんな苦労もあるんですね。
現地に行ってからも大変で、特に嫌なのが蚊です。土を掘っていると、ひたすら蚊に刺されますね。
熱帯地帯はデング熱とかマラリアのように蚊が怖いのは有名ですが、北極圏の蚊の多さにはびっくりしました。
しっかり防護服を着て手袋もしているのに、その上から刺してきて、ひどいときは100か所以上刺されたこともありました。
場所によって、土も違いますか?
さっき、世界には12種類の土があると言いましたけれど、肥沃な土があるところは偏っています。
カナダのツンドラ地帯は10、20センチも掘れば夏でもシャーベット状の冷たい永久凍土で、農業ができません。そういう地域ではオレンジが1個500円、白菜が1800円とかして、食料が本当に貴重です。
1ヘクタール(100メートル×100メートル)あたり1年間に3トンの穀物が取れる、というのが世界の平均です。
でも、アフリカの畑では1トンに満たないところもあるし、日本の田んぼのように毎年5トンもお米が収穫できる場所もあります。
大きな差がありますね。
もっとも肥沃で「土の皇帝」と呼ばれる黒土「チェルノーゼム」はその3割がウクライナにあります。土の研究者の視点から見ると、肥沃な土地は歴史的にも狙われてきたと感じます。
日本の戦国時代も、肥沃な土をめぐって争っていた側面があります。戦国大名たちは新田開発の土木事業のリーダーでもありました。あの時代は人口に対して土地が足りなくなってきたために、実質的には食糧の生産力を競い、領土を争っていたとも言えます。
土はそれだけ私たちの暮らしに影響するんですね。
藤井さんが見てきた中で、いちばん印象に残っている土はどこですか?
研究者として、いちばん大きなショックを受けたのはインドネシアでした。
日本では土に問題があったとしても、土壌を改良する技術があり、必要な資材や肥料を買う豊かさがあります。
それに比べて、インドネシアは土がよくないのに、肥料を買うお金もない。
土そのものを改良するしかないので、俄然、土の研究者の必要性が高まってくるんです。
インドネシアの東カリマンタン州では、3年くらい作物を育てると、栄養のある黒い表土がなくなって、畑で何もとれなくなってしまいます。
そうすると、土を1メートル、2メートルと掘って、その下に埋まっている石炭を掘り出すんです。
現地に住む人にとっては、お金を稼ぐためにそうするしかない。けれどそれは、私としては敗北なんですよね。
敗北ですか?
石炭を掘ったあとに何が残るかというと、ちょっとしたお金と、それからもう2度と使えなくなった土地だけです。
やっかいなことに質の低い石炭には硫黄(硫化鉄)が含まれていて、それが地面に出てきて酸化すると、硫酸になるんです。
土壌は強酸性になり、アルミニウムイオンが溶け出して、植物が枯れてしまいます。その後には、もう何も生えません。
そして自分の畑で食糧を生産できなくなると、仕方なく隣の熱帯雨林を伐採し始めます。
畑を持続的に使える技術、土を持続的に使う方法を提示できていたなら、そうはならなかっただろうと感じるんです。
土の研究をしているのに、何も貢献できなかったと実感しました。
ショックなことがたくさんありました。
現地で一緒に働いてくれている人が、交通事故にあってもお金がなくて病院に行けず、友人同士で手術していたり。子どもたちが学校にも行けず、硫酸の溶け込んだ湖で泳いでいたり。
貧しいって、そういうことなのかと思い知らされました。特に土壌劣化に責任のない子どもたちは、生まれてきた地域の土が悪かったために、将来が制限されてしまう現状があると気づかされました。
日本だとあまり実感しないのですが、土ってだんだんなくなっていくんです。
なくなる?
畑など耕作地では10年で1センチぐらい簡単になくなります。雨や風に流されてしまう「侵食」や、微生物が有機物を分解してしまうことなどで、畑の表土がなくなっていくんです。
そうなんですか!
けれど、自然に1センチの土ができるにはすごく時間がかかります。日本だと100年、アフリカだと1000年くらいです。火山噴火や土砂崩れの有無などによって違いますが、いずれにせよ土が失われる速さに勝てません。
それに私たちは畑からとれた野菜や果物を食べますよね。そして食べたあとの排泄物はトイレで下水に流す。計算上はその分だけ、畑から栄養が失われていっています。
昔だったら排泄物はたい肥にして使っていましたよね。
たしかに、そんなイメージがあります。
土は再生できない資源なんですが、今のままでは、いわばずっと赤字の状態なので、どこででも土の問題が起こりうるんです。
それを未然に防ぐために、研究が大事だと感じています。
すごく危機感が伝わってきたんですが、研究者としての目標はありますか?
そうですね。世界の人口は今も増えているのに、これ以上肥沃な土が減ってしまうと、世界的な食料危機になりかねない状況だと思っています。
だから、「世界の食料問題を土から何とかしたい」という思いは、研究すればするほど強まります。
最初にインドネシアに行った時は「熱帯の赤土や黄色の土を見たいなぁ、何で日本の土と違うんだろう」ってわくわくする気持ちでした。
でも、現地の人たちの置かれた状況を見て、研究で何ができるんだろうかって考えるようになりました。
作物を育てるのに必要な成分に、窒素、リン、カリウムがあるんですが、これらを現地に生えている植物を活用して補えないかと考えて、調べてみたんです。
チガヤという雑草はカリウムが多いし、外来種で困っていたアカシアの落ち葉からは窒素が得られ、マカランガという植物の落ち葉からはリンを補給できることがわかりました。それらを土の中にすき込んで肥料の代わりにしたら、土壌改良につながったんです。
そんなことができるんですね。
これは一例ですが、地域ごとに土を持続的に使う方法があるはずです。
土のことなんてまだまだ分からないよ、って思うことも正直あります。
でも20年、土を研究者してきた知見を生かして、人を手助けできることがあるかもしれない。
世界中の土の問題をすべて1人で解決することはできませんが、土のナゾにわくわくする研究者としての自分、土の課題の解決に挑む専門家としての自分、私の中に二人いるので、うまく付き合いながら、社会的な責任を果たせたらと思っています。
研究者として地道にやってきたからこそですね。
土の研究者としてのこだわりもあります。
これまで「人間に土は作れない」とされてきましたが、人工的に土が作れないかという実験を新たに始めました。
土…岩石の風化によって生まれた砂や粘土に、腐った動植物の遺体が混ざったもの
土を離れては生きていけない多くの微生物がいる一方で、納豆菌のように土を離れても生きられる微生物もいます。
土に住む1万種類の細菌すべては無理でも、10種類~100種類ぐらいで岩石から土を作ることができれば、インドネシアの荒れ地を再生することや、土のない月や火星で農業をすることもできるかもしれません。
今は、どの岩石を使って、どんな微生物を定着させると、自然のスピードよりもはやく土を作ることができるかを調べています。
観察・分析して良い条件は絞れてきましたが、使い物になるか実証しないといけないので、すぐにとはいきませんが、土で困っている人々に希望を届けられればと思っています。
ありがとうございました!
撮影:豊田俊斗 編集:岡谷宏基
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