2021年01月20日
(聞き手:伊藤 七海 勝島 杏奈 )
すべての人に無条件で現金を配る制度「ベーシックインカム」。コロナ禍を機に、いま各国で導入に向けた議論が盛んなんです。なぜ、導入を目指すの?各国の事例を社会保障分野担当の竹田解説委員に聞きました。
ベーシックインカム
国が「無条件」に「国民全員」に現金を配る制度。起源は16世紀にさかのぼるが、コロナ禍で生活を支える手段として議論が再燃。財源の確保が課題。
海外で、ベーシックインカムを導入している国はあるんでしょうか?
その話をする前に、もう一度、ベーシックインカムの課題を整理したいと思います。財源の確保が課題だという話はしたけど、「働かなくなるんじゃないか」という懸念があります。
それは思いました。
実際その懸念はどうなのか、実験してみた国があるんですよ。
北欧のフィンランドです。
2017年から2年間、失業者2000人を対象に月7万円を給付する実験をやりました。その実験を始めた時、当時のフィンランドの駐日大使が日本記者クラブで会見して、「これは貧困対策ではない。みんなに働いてもらうための制度だ」って言ったんです。
働いてもらうためのお金?よくわからないです。
そうだと思います。それで、実際どうなのか調べてみようと、当時、日本記者クラブで取材団を組んでフィンランドに行ってきました。
話を聞いた竹田忠解説委員は、経済・雇用・社会保障が専門。経済部記者時代には通産省(当時)や大手商社などを担当。日本だけでなく、世界10か国以上の雇用現場を取材した経験も。
こちらの男性は、給付を受けたジャーナリストです。新聞社をリストラされました。インターネットの無料ニュースに圧されて新聞は売れなくなっていて、働き盛りの中堅層の人が、記者稼業に見切りをつけて、次々と別の仕事に移っているといいます。
リストラされたんですか・・・厳しいんですね。
彼は記者にこだわり続けたいと、フリージャーナリストになったけど、仕事は不定期で、もらえるお金も多くない。
だけど、ベーシックインカムで月7万円入ってくることで、時間をかけて納得のいく取材ができるようになったそうです。
毎月決まった収入があるって大きいですよね。
そう、低賃金を補填する仕組みが「いい仕事をするのに、いかに必要か」ということを彼は言っていました。
ベーシックインカムの効果があったんですね。
こちらの男性はITエンジニアです。
再就職したけど、低賃金だったそうです。彼にとっての月7万円は、より勉強してレベルの高い仕事をするための「ゆとり」になると言っていました。
(私の)バイト代が7万円ぐらいなので、自分の感覚的に、それで足りるのかなと思ったんですけど、「ゆとり」を生む上では大事なんですね。
フィンランドの実験の結果報告書によるとベーシックインカムを受けた、失業者2000人は、2年間に78日働いたそうです。
一方、ベーシックインカムではない、従来からの失業手当を受けていた人が働いた日数は、73日という結果でした。
ベーシックインカムを受けた人の方が働いていますね。
失業手当は、仕事をして収入があれば、その分、額が減らされます。このため、「低賃金なら働かない方がまし」という人が出てくる。これを「失業の罠」といいます。
これに対して、ベーシックインカムは、仕事をしようがしまいが、支給額は同じ。ひと月、大体7万円くらいだとギリギリなので、もう少し働いて稼ごうということになるだろうと。
つまり、低賃金でも働く意欲を持ってもらうための、事実上の賃金補填の仕組みなんですよ。
働く日数の差が2年間で5日、という結果をどう見るべきなのでしょうか。
フィンランド政府は、「雇用への影響は限定的だけど、給付を受けた人たちの精神的な健康度は増した」と結果をまとめています。
安心できるとか、ゆとりが持てるとか、ストレスが減ったとか、そういう意味では、効果があったということです。
でも、それって、お金をもらっているんだから、当たり前のような…。
いやー、そうなんですよね。問題は、実験が不十分だった。失業者だけでなく、仕事をしている人も対象にしないと、ベーシックインカムの本当の意味や効果はわからないと、多くの研究者から批判が出ているんです。
そもそも、この実験は、連立政権が選挙向けの看板政策として打ち出したんですが、政権内の不一致で、十分な予算が確保できず、計画通りの実験ができなかったといわれています。
フィンランド以外の国では、どうなんですか。
経済が危機的な状況になると、必ずベーシックインカムの議論は再燃します。
前回盛り上がったのは、2008年のリーマンショックの時。
これ以降、ベーシックインカムをめぐる議論が大きな広がりを見せ、ついに2016年のスイスの国民投票へとつながります。ここで目指したのは、完全ベーシックインカムでした。
完全ベーシックインカム?
最大の特徴は給付の額です。推進派が提案していたのは、大人と子供で差をつけるというのはありましたが、額は日本円で約27万円。
27万円ってすごくないですか?
だけど結局、増税が必要になるっていう議論が反対派から出てきて、国民投票の結果、否決されて実現しなかったんです。
実際には、やれなかったんですね。
スイスは、実際にはできなかったけど、世界各地では、すでに行われているケースがあるんです。
スペインでは、去年6月から所得制限をつけた上で、一人暮らしの場合、月に5万円から6万円給付することに。
ただ、収入がこれだけだと厳しいから、もう少し働かないといけないっていう話になりますね。
視察で行かれたフィンランドと同じで賃金への補填ですね。
そうなんです。それからドイツも、ベーシックインカムの実験の準備に入っています。ことし(2021年)の春から、一人月15万円を支給するそうです。
15万円!
額だけ見ると、完全ベーシックインカムに近いですよね。
ただ全員じゃありません。無作為に選んだ集団の中から、偏りが出ないように120人を選んでというかたちですね。
なるほど。フィンランドの2000人も少ないと思ったけど、120人はさらに少ないですね。
ここまで見てきたように、ベーシックインカムは、大きく、2つの種類に分けることができます。
1つはスイスがやろうとした「完全ベーシックインカム」。額も十分で、大人も子供も毎月給付する。
でも国民投票で否決されたから実現はしませんでした。これまで完全ベーシックインカムが実現した国はどこにもないんです。
さすがに”完全„だと、お金が厳しいですよね。
そうなんです。そして、もう一つが「限定的ベーシックインカム」。さきほど紹介したスペインや、ブラジルの都市、マリカでも行われています。
“わずかな額でも給付„という限定的になった途端、ハードルが、ぐっと下がります。
実は、「給付付き税額控除」という仕組みも、その一つなんです。
すいません。給付付き税額控除ってなんですか?
限定的なベーシックインカムには、いろんな種類があって、その1つとされているものです。
ベーシックインカムは、お金を配るだけですが、これは減税と組み合わせることで、より効率的に行おうという仕組みなんです。
簡単に言うと、お金がある人には税額控除、つまり減税をする。
でも、お金がなくて税金を納めてないか、もしくは少しだけという人には、減税に見合うだけのお金を、逆に支給するというものです。
所得の低い人に、恩恵がストレートにいくのが特徴です。
アメリカや韓国など、先進国の多くで、すでにこの仕組みが導入されています。
新型コロナの影響で、個人や一企業の努力を超えたところで生活が脅かされている現状がありますよね。
そういう人や企業を支えるには、ベーシックインカムの仕組みが必要だということで、各国が手探りでやっているわけです。
人生100年、低賃金でも頑張り続けるためにはどうすればいいか。これを機に、社会で真剣に考えなきゃいけないと思うんです。
次回は各国で導入されている「給付付き税額控除」の仕組みを詳しくみていきます。
編集:廣川 智史
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