2021年03月30日
(聞き手:伊藤七海 佐々木快)
トランプ前大統領との大接戦の末、アメリカの第46代大統領に最高齢78歳で就任したジョー・バイデン氏。そもそも、どんな人なの?どうして選挙に勝てたの?アメリカは、世界はどう変わる?学生リポーターが1から聞きました。
学生
佐々木
バイデン政権が誕生して、現地のアメリカの人たちの率直な反応って、どうですか?
逆に質問したいんだけど、政権発足後、バイデン大統領の支持率ってどれくらいだと思う?
髙橋
解説委員
アメリカ担当の髙橋祐介解説委員。ワシントン特派員などを歴任。特派員時代にはブッシュ、クリントン両大統領経験者に単独インタビューも。学生時代から今まで、アメリカの動きをつぶさに追ってきた“アメリカウオッチャー”です。
想像がつきません…
ちなみに、トランプ前大統領は45%。戦後の大統領の中では最も低かった。
バイデン大統領はというと…57%でした。
学生
伊藤
57%って高いんですか?低いんですか?
大体平均。平均が約60%だから、やや下回るくらいかな。
党派別にみると、民主党支持層の98%は「バイデン大統領を支持します」と答えた。
98%!ほとんどですね。共和党の支持層はどうでしたか?
それが…11%、民主党支持層との差は87ポイント。これって戦後の大統領の中で最もギャップが激しい。
つまり、全体としては、まずまずだけど、一番の不安材料は、共和党支持層から全く支持されていないということ。
そこに大きな課題を抱えて船出をしたのがバイデン大統領なんです。
「分断」が深まったと言われているけど、バイデンさん、厳しい船出ですね。
大統領選挙って普通、負けたほうが「まいりました、これから新しいアメリカのために協力しましょう」と言ってくれるけど、今回、トランプさんは最後まで負けを認めなかった。
今も一定数の人がトランプさんを支持していて、1月6日には支持者らが連邦議会に乱入する事件もあった。
その弾劾裁判が開かれたけど、共和党議員の大半は「トランプ前大統領は罪に問えない」として、無罪の評決が下された。
依然としてトランプさんの影響力が根強いことが裏付けられた形です。
さきほどの世論調査でバイデンさんを支持している人は、どうして支持しているんですか。
なかなかいい質問だね。それはおそらく、トランプさんじゃないから。
えっ?そんな理由?
バイデン政権の最大の功績は、「トランプさんを破ったことだ」と言われるくらい、実は期待値のハードルが低い大統領だったりするんだ。
そうなんですか。そもそもバイデンさんってどんな人なんですか?
アメリカの大統領になる人ってどんな人?どういう経歴の人がなると思う?
超エリート?
勝ち続けた人。
そうだよね、例えばビル・クリントンさんは、全米で一握りのエリートしかなれない「ローズ奨学生」として、奨学金をもらってイギリスのオックスフォード大学に留学した。
すごいですね。
ジョージ・H・W・ブッシュさん「パパブッシュ」だって、”アメリカの貴族”と言われるぐらい恵まれた育ちだった。
オバマさんも優秀じゃない?しかも黒人初の大統領。そしてトランプさんは、大金持ち、不動産王。
じゃあバイデンさんはどうだろうかっていうと、政界に入る前は凡庸な経歴なんだ。
意外です。
家柄、学歴、出身階層、必ずしも恵まれた人ではなかった。でも、それでも大統領になれるっていうのは、やっぱりアメリカです。
従来のエリート政治エスタブリッシュメントにノーと言ったトランプさんのおかげで、バイデンさんは大統領になれたとも言われている。
バイデンさんが、子どものころ、きつ音に悩んでいて、鏡を見て話し方の練習をして克服したという話は有名ですよね。
弁護士や地元の郡議会議員を経て、29歳で、いきなりデラウェア州から上院議員に当選してね。当時としては史上5番目に若い上院議員で、結構注目された。
バイデンさんは、どうして若くしていきなり上院議員に?
当時、デラウェア州選出の現職議員は、高齢の共和党議員で多選批判があって。郡議会議員の若いバイデンさんが世代交代ということで、番狂わせで勝利を収めた。
それから36年も上院議員を務め、その後さらに8年オバマ政権で副大統領も務めて。
半世紀近くも常にワシントン政治の中枢にいた人ってほかにいないんです。
ただ、じゃあバイデンさんの実績って何?というと、答えられる人が少ない。
それだけ長くいたのに…
女性に対する暴力をなくすための法案とか、彼がアピールしていることはあるけど、自他ともに認める話ではないんです。
彼は、上院議員時代、投票行動に首尾一貫性がないとも言われていて。
どういうことですか?
上院議員って、各州から2人ずつ選ばれる。州の代表としての意味合いが強いし、任期も長いから、党派色を出しにくいと言われている。
バイデンさんも、そうだったんですか?
まさにその典型で、例えば、湾岸戦争のときに多国籍軍を編成して大統領に開戦権限を与える決議に反対票を投じた。
一方でイラク戦争のときには賛成で、アフガニスタンに増派するというときには反対している。
確かに一貫していない…
その首尾一貫性のなさというのは、党派色の薄さともとれる。
だから今、両極化した、分断されたアメリカの中で、誰に大統領を任せられるかと言ったら、おそらくバイデンさんだろうということになる。
言い方が悪いかもしれないけど、彼のことを「妥協の政治家」と言う人もいます。
人柄はどうですか?
一言で言えば人たらし。
アンクル・ジョー「ジョーおじさん」と呼ばれているくらいで。現在のアメリカには珍しい人情政治家なんですよね。
へ~そうなんですね!
人の心に寄り添う、心の琴線に触れるタイプ。それは、つらい経験をしているから。
上院議員当選からわずか1か月後、クリスマスツリーを買いに出かけた当時の妻と1歳の娘を交通事故で亡くした。息子2人も重傷を負って。
そうでしたよね…
議員を辞めようとしたけど、周囲の説得もあって入院中だった息子たちの病室で上院議員になる宣誓をしたんだ。
その後も、彼は、息子たちのいる地元デラウェア州から首都ワシントンまで、片道1時間半、アムトラックという鉄道で通勤しながら議員を続けた。
それがきっかけでアムトラックの職員たちとは家族同然の付き合いで、バーベキューパーティーに招くこともあるんだって。
バイデンさんの人柄がわかりますね。
そう、交友関係がすごく広い。党派の垣根を越えて友人も多いしね。
2018年に亡くなった共和党の重鎮ジョン・マケインさんとは親友だった。
一緒にハワイに行ったときに、マケインさんと後に再婚する妻と引き合わせたのは、バイデン夫妻だった。
ライバルでも仲良しだったんですね。
こうした友人たちの支えもあって、つらい経験を乗り越えてきたんだと思うんだよね。
2015年、大統領選挙に立候補するか検討しているとき、将来を嘱望されていた長男が脳腫瘍で46歳の若さで亡くなった。
またしても家族を…
バイデンさんって大統領選挙への挑戦は、今回が初めてではなかったんですね?
過去に少なくとも2回大統領選挙に挑戦していて。1回目、1987年に立候補したときは、演説の盗用を指摘されて撤退。
2回目は2008年、オバマさんと争ったときには予備選挙の緒戦で支持を伸ばせず撤退した。
そして、2015年に長男も亡くして、誰もが無理だと思っていたのに、不死鳥のようによみがえって今回、3度目の正直で大統領になった。
家族の不幸や逆境に立ち向かってきた方なんですね。
故人を偲ぶ会で、バイデンさんのスピーチを聞いたことがあって。
イラクで戦死した人の家族の悲しみを癒す集いだったんだけど、やっぱり引き込まれちゃって、もう涙ボロボロ。泣けちゃってね。
痛みのわかる人、「癒しの政治家」なんだよね。
ここまで出てきたバイデンさんのキーワードって、凡庸、妥協、癒し…
一見、大統領を語るうえでは、ネガティブワードだけど、それがバイデンさんの武器。
分断と新型コロナに疲れ切った今のアメリカに求められていることなのかもしれません。
ところで私、1年前の取材でトランプさんの再選確率が「60%」と髙橋さんから伺ったのですが、実際はバイデンさんが勝ちました…。
「嘘をつかれた」とおっしゃるのですね?笑
いえいえ、そんなことは…バイデンさんが勝った理由を知りたくて。
やっぱり一番は、新型コロナでしょうね。
トランプさんが、新型コロナ対策を誤った。最後まで根拠のない楽観論を崩さなかった。
アメリカで新型コロナに感染して死亡した人って、50万人を超えてるんです。
50万人!?
都市の人口レベルですね…
第2次世界大戦でアメリカ軍の死者が約30万人、それを軽く超えてしまった。
アメリカ史上最も戦死者を出したのが南北戦争で、約60万人が亡くなったと言われていて、このままのペースだと、匹敵するレベルになってしまう。
この重みって、全部トランプさんのせいにはできないけど、大きな誤算というか、過失だよね。
言い方はあれですけど、コロナがあったから、バイデンさんは勝てたということですか?
「歴史に『たられば』は禁物」というけど、新型コロナの感染者と死者がこれほど多くならなければ、トランプさんが再選された確率のほうが大きいと私は思っています。
「再選確率60%」というのは、決して間違った数字だったとは思わないんだけど…(汗)
ほかにバイデンさんの勝因として考えられることはありますか。
1つは、若い世代ですね。
21世紀になって成人した人たちのことをミレニアル世代、その次の世代のことをジェネレーションZと言うんだけど、2人はジェネレーションZだよね。
Z世代。最近聞きますね。
ミレニアル世代とZ世代は、有権者で最も大きい割合を占めていて、この人たちの多くがバイデンさんに投票した。
若い人たちは、民主党支持者が多いんですか?
まぁ今回はそうでした。
逆に共和党は、極端に言うと高齢化した白人男性の党になってしまった。もちろん例外はあるけど、主にトランプさんを支持していた人たちっていうのは、中高年の保守的な白人男性だから。
もう1つの勝因が、人口動態の変化。
人口動態?
確か、アメリカでは南部に移住する動きがあると…?
そう。1年前にも話したけど、ロサンゼルスやニューヨークといった大都市って家賃も税金も高いし住みにくい。
そう感じている人たちが、南西部の地域「サンベルト」に移住していると言われている。ほかの地域に比べて税金が安くて、企業の進出も相次いでいるしね。
南部は黒人の公民権運動をきっかけに60年代後半以降は共和党支持者が多いんだけど、そこに、大都市に多いリベラルな人たちが移住してくると…
民主党の支持層が増える。
今まで共和党の支持基盤だった州が、民主党の支持基盤になることもある。
今回、私が唯一読み違えたのが、共和党の牙城「ジョージア州」。
アメリカの選挙って日本のように役所から投票案内状が届いて行くんじゃなくて、事前に有権者登録をしないといけないんです。
知りませんでした。
この有権者登録って結構面倒で「長年この場所に住んでいる」とか「有権者です」ってことを証明しなければいけないんだけど
ジョージア州やバージニア州などは、2016年から運転免許証があれば有権者登録をしなくていいですという制度に変わった。
すると、黒人やヒスパニック、アジア系の人などマイノリティーの人たちが選挙に行きやすくなって、投票率がドンと跳ね上がったんです。
環境が激変したってことですね。
そう、こうした要因もあって、長年共和党の候補者が勝ち続けてきたジョージア州で、今回は僅差でバイデンさんが勝った。
これって歴史的なことで、人口の変化「地殻変動」も、バイデンさんが勝った理由ですね。
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