2019年04月05日
(聞き手:勝島杏奈)
4月から順次施行されている「働き方改革関連法」。
「働き方改革」は人事担当者が選ぶニュースのコーナーでも登場回数が多く、言葉はよく聞きますが…何が変わるのか、きちんとわかりますか?学生リポーターが、いまさら聞けない「働き方改革」の疑問をぶつけます。
教えてくれるのは、竹田忠解説委員です。
よろしくお願いします。
働き方改革で何が変わるんですか?
そこがまずわからなくて、自分たちにどう影響があるのかもわからないんです。
日本で長時間労働が問題になってきたことは知っていますか?
知っています。過労死も社会問題になっていますよね。
ではなぜ日本で長時間労働に歯止めがかかってこなかったのか。その背景に何があるのか、考えたことはありますか?
そこまでは考えていませんでした…
4月から適用される働き方改革関連法、残業時間の上限規制とか有給休暇を必ず5日取るとか、制度変更の中身はいろいろあるのだけど、そもそものところがわかっていないと本当の意味で理解はできないと思います。
その根本のところをきょうは考えてもらいたいと思います。
中でもこれまで一番問題だったのが、残業時間の部分。日本の企業では労使が36(サブロク)協定というものさえ結べば、事実上いくらでも残業できたんです。
そうなんですか。
労働基準法では「1日8時間、週40時間を超えて働かせてはいけない」と法律上の労働時間の上限を定めているけど、それでは現場がまわらないということで、労使が労働基準法36条に基づく36協定を結べば、もっと長時間残業してもいいという仕組みになっていた。
厚生労働省の調査では、大企業では9割以上で、36協定が結ばれています。法律で労働時間の上限が決まっているにもかかわらず、36協定さえ結べばいくらでも残業させていいという非常に不可思議な状態がずっと続いてきたんです。その中でたくさんの過労死が起きた。
そうだったんですね。
この現状を改めようと、今回の働き方改革関連法では初めて「残業時間の上限規制」が導入されることになった。36協定を結んでも残業は月100時間未満にしましょう、守らないと罰則もありますよと。
働き方改革というのは、2つ大きな意味があって、ひとつは政府の看板政策としての働き方改革。上で説明した制度的にこう変えますというものですね。
もうひとつは?
もうひとつは、日本の経済が今、転換期に来ていて、猛烈な働き方ではもうだめだよね、変えていかなければいけないよねという考え方の部分。
つまり、日本型雇用社会の中で築きあげてきた独特の働き方をどう変えていくかということ。制度も大事だけど、こっちもしっかり押さえておいてほしいな。
働き方改革を本当の意味で理解するためには、海外と比べると、日本は特殊な働き方をしているということを知らないといけない。それを知って初めて「どう変えればいいか」ということがわかってくると思うんです。
どういう部分が日本独特の働き方なのですか?
ここからは、必ずしも全ての国や企業に当てはまるわけじゃないけど、構造を理解するためには大事なので。
日本独特の働き方、一番はやる仕事が決まっていないこと。特に事務系の場合ね。
え?仕事が決まっていないんですか?
配置転換って、聞いたことありますよね?たとえば営業をやっていて、ようやく人脈もできた、営業がわかってきたと思ったら、次は総務行ってください。その次は地方行ってください、日本の企業ではこういうことが起こりうる。つまりずっとたらい回しなんです。
色んな部署をまわると。
どの会社で働くかは就職するときに決まるけど、どんな仕事をするかは会社が決めているんです、人事異動で。
海外は違うんですか?
日本のように大卒を毎年春に一括採用したりはしないところが多いよね。同期という言葉も日本企業独特の言葉だと思います。海外で人を雇うというのは、基本的には欠員補充の場合が多くて、このポストがあいたから誰か来ませんかと。
なるほど。
でもこれは一長一短あって、日本の場合は若い人の失業率がすごく低い。仕事のことを何も知らない若い人を採って、1から会社で育てるというのが伝統的な日本の採用の仕方でしょ。
学生からしたら、その方がありがたいような気がしますが。
そうだね。でもだから日本は大学生が勉強しないと言われる。専門知識がなくても、就職面接の時に「頑張ります」と言って採ってもらって、その後は一生懸命、会社の色に染まっていく。ずっと続く同期競争から脱落しないように頑張っていけばそこそこの立場になれるというのが日本企業の基本的なあり方。
海外は欠員補充の場合が多くて、まずポストありきなので事情が違う。
海外は、日本よりも競争が厳しいということですよね?
そうです。だから海外では、若い人の失業率が日本の2倍も3倍もある国もある。
日本では就職イコール人生を決める、みたいな意味合いが少なからずありますよね。私は就職したらバリバリ働いてみたいなとは思っています。
「バリバリ働きたい」って言っても、会社からしょっちゅう「今年はこれやって」「来年はこれやって」とたらい回しにされたらどうですか?
欧米では「この人はこの仕事」とポストで決まっていることが多いので、それ以外の仕事をさせるわけにはいかず、契約違反になるケースもあるんですよ。
雇用契約書などの書類を交わして、そこにあなたのポストでやる仕事はこれとこれとこれって全部書かれている。だから自分の仕事が終わったら、すぐ帰れると。
日本は違うんですか?
日本は担当する仕事の範囲があいまいなので、自分の仕事が終わっても、他の仕事もやって、結果、長時間労働になりやすい構造があるよね。
お話を聞いていて、なんとなく構造の違いが見えてきました。
もうひとつ言うと、欧米ではポストに値札がついていて、例えば、営業2課の課長補佐は年収600万円、30代の人でも40代の人でも誰がそこに座ろうが600万円のポスト。
でも、日本の場合は、30代の人と40代の人が同じ年収ってありえませんよね。
同じ仕事でもですか?
同じ仕事というのがまずありえない。日本はそのポストにつく人が誰かによって、仕事を変えてしまうから。つまり人中心なんです、日本の場合。ということは、何に対して給料を払うと思いますか?
その人がやった仕事ですよね?成果?
欧米ではそういうケースが多いです。でも日本の場合は、人に対してお金を払っているんです。
ただ、この日本独特の働き方、会社のあり方に、ひずみが生じてきているんだよね。
ひずみですか。
日本の特殊な働き方が確立されたのは高度経済成長の時代。どう安く大量にモノをつくっていくかという時代だった。
でも、今はそうじゃない。どれだけ独創的な仕組みや今ないものを発想勝負でつくっていくか。
時代の変化とともに企業も変わらないといけないということですね?
そう。長時間労働ではいいアイデアは出てこない、是正していかなければ今後立ち行かなくなるということに企業も気づいている。
それを変えられるかどうかが、真の意味での働き方改革だと思う。
でも企業が気づいたとしても、日本独特の「仕事が決まっていない」働かせ方を、すぐに海外のように変えることは難しいですよね?
根本的な部分は変わらないまま、制度だけ変えると無理が生じるような気がするのですが…
そうだよね。だから、今、摩擦が起き始めているんです。
働く人が、働き方を変えることが働き方改革だ、と誤解されがちなんだけど、それは全く違っているんだ。働き方改革というのは本来、経営改革なんだよね。
本当に長時間労働を是正しようとするなら答えはひとつ。
仕事を減らすか、人を増やすか。
そうですよね。
でも、そのどちらもせずに、「働き方改革、みんな頑張ってね」と働く人に押し付けていたらどうなるか。「残業はだめ」と急に言われても、仕事量が変わらなかったら短い時間で終わるはずがない。
だけど企業は法律違反をしたくないから、「残業をやめろ、残業をやめろ」と言うわけ。こういうのをなんて言うか知ってる?「なんとかハラスメント」。
なんとかハラスメント?何ですか?
時短ハラスメント。ジタハラということばがあるんです。
ジタハラ…初めて聞きました。
「早く帰れ」、でも仕事は減っていない、人も増えていない。結果どうなりますか?持ち帰り残業ですよ。家で残りの仕事をやる。それがいちばん最悪で、残業してもお金さえもらえない。
えー!そんなことになるのですか。
働き方改革は、これから社会に出る私にとっては、あまり期待できないということですか?
会社が、経営改革をきちんとやっていないと、働く側にどんどんしわよせがくるよね。仕事を家に持って帰ったり、近くのファミレスにこっそり集まってやったりということになりかねない。
就職活動で企業を見ていくときには、どこに気をつけたらいいでしょうか?
そうだね。あまり正直に聞きすぎると、採用面接で不利になるかもしれないから、参考程度に聞いてほしいんだけど、本当に確かめようと思ったら「残業時間を減らすために、具体的にどのようなことをされていますか?」と人事担当者に聞くのが一番ですよ。
でもそう聞くと、何時になったら自動で消灯するとかPCの電源を落とすとか言われると思うんです。強制的に社員に帰宅を促すそういう取り組みは、あまり意味がないのかなと思うんですけど。経営の部分が変わらないと。
確かにそうだね。
それなら「賃金はどうなりますか?」と聞いてみるのはどうでしょう。
賃金ですか?
長時間労働が当たり前だったこれまでは残業代込みで生活が成り立ってきたんですよ。そういう中で「残業をやめる」となったら当然賃金は減りますよね。
それに対して御社は何か取り組まれていますか?と聞くのもひとつの手だと思うな。
なるほど。
ホワイト企業はどうしているのかというと、ボーナスでちゃんと返しますとか。あとは、残業をやってもやらなくても20時間分までは残業代を払いますという企業もあるよね。
やっても、やらなくても残業代がもらえるんですか。
そう。残業時間が5時間でも20時間分もらえるし10時間でも20時間分もらえる。
早く仕事を終わらせたほうがもうかる。そうすると、みんな、ものすごく効率的に仕事をするんですよ。
確かに。それいいですね。
会社に入った後も、自分たちの働かされ方を当たり前だとは思わないことだよね。
あとはやっぱり労働組合が頑張らないといけないんですよ。ところが日本の場合、労働組合の組織率は17%しかなくて、労働組合がない会社のほうが多い。そこも非常に大きな問題だと思っています。
日本の特殊な働き方を根本のところから変えていくためにはどうしたらいいのでしょうか?
本当にわかっている企業は、さっき言った残業しなくても残業代を払うみたいな方法で、社員が自主的に効率的な働き方ができるように変えていっている。
そういう企業が少しずつ増えることで「うちも変えないといけないよね」と見直す企業が増えていって、社会全体が変わらないとね。
そもそもですけど、人手不足が叫ばれる中、働き方改革で労働時間を減らすというのは、逆行している気もするのですが…。その先にどんな社会があるのでしょうか?
人口が減る中で、働く人を増やさないといけない、定年延長も今やろうとしていますよね。あとは、女性も子どもがいても働いてください、テレワークで家でも働けますよと、とにかく今、総動員しているわけです。だから実は今、就業者数は増えているんですよ。みんな勘違いしているけど。
人口は減っていてもですか?
そうそう。生産年齢人口は確実に減っているけど、働く人、就業者数は増えている。
あと、人手不足に対応するにはやっぱり生産性をあげることだよね。今までは残業しないとできなかった仕事が通常の勤務時間内で終わるようになったら、働く人が減ってもなんとかなるんじゃないかと。
ほんとにそんなことできるのかな…。
そう、疑問ですよね。だからそのためにもまさしく経営改革が必要なわけですよ。無駄な仕事はやめる。仕事に優先順位をつけて、優先順位の低い仕事に人員を多く割いていないかチェックするとかね。
働き方改革は、私たち働く側が変わらないといけないのかなと思っていたので、そうじゃない、会社が変わるんだっていう、そこの発想の転換が発見でした。
その認識はしっかり持っておいてほしいな。日本のこの根深い問題は、すでに、働く側だけの努力や創意工夫でなんとかなるものではないということは、はっきりしていると思います。