2020年04月06日
(聞き手:伊藤七海 鈴木マクシミリアン貴大 )
働き方改革の一環で4月から大企業で始まった「同一労働同一賃金」。文字通りだと、同じ労働には同じ賃金を支払うということ?当たり前のような気がするけど、どういうことなの?何が変わるの?私たちにも関係あるの?ギモンを1から聞きました。
竹田忠解説委員は経済、雇用、社会保障が専門。経済部記者時代には通産省(当時)や大手商社を担当。日本だけでなく、世界10か国以上の雇用現場を取材した経験も。
日本では働く人の4割が非正規というお話でしたが、どういう年代の人が多いんですか?若い人は大学を出たら正社員を目指す人が多いと思うんですけど。
今、新入社員は3年で3割が辞めると言われているよね。
日本の企業では、新卒のタイミングを逃すと正社員になるのが難しくなる場合が多い。
いったん辞めた人が、別のところで中途採用で働こうとすると、非正規になる場合が出てくるんだよね。
非正規の割合は、25歳~34歳で男性が15.3%、女性が38.9%。若い世代でも非正規の人ってこれだけいる。
同一労働同一賃金について「自分は正社員になるつもりだからあまり関係ない」と若い人たちは思っているかもしれない。
ただ、本人はそのつもりでもいろんな事情があって、辞めざるを得ない場合もある。非正規の立場になることは誰にでもありうることだと思います。
同一労働というのが、何をもって同じ仕事とするのかが難しいなと感じるのですが、具体的にどんなことがダメなんですか?
法律が求めている一番重要なことは、正規と非正規の間の「不合理な格差の禁止」。
不合理な格差?
そう、不合理な格差はダメ。
たとえば?
たとえばですよ、同じような仕事をしているのに、正社員にはちゃんと手当が出る。
1日も休みなく仕事に出たら正社員には皆勤手当が出るんだけど、非正規の人にはありませんとか。
あと、派遣の人たちでいまだにあるんだけど、交通費がもらえない。
えー。交通費がもらえないケースがあるんですか。
そう、ありえないでしょう。
もちろんIT系などの競争力のある派遣会社は、引く手あまたなので派遣料金も高くて、交通費もちゃんと出すし、人材教育もやっている。
でも、一般の事務員や作業員を出しているような派遣会社の中には、交通費が自腹とか、時給に少し上乗せしているだけというところもある。
他にも正社員にしか認められない手当や制度って結構あって、合理的に説明がつかないような格差はなくすよう改善することが求められます。
手当だけでなく、賃金の本体である基本給についても、仕事の内容が同じなら同じにしてください、違うならその違いに応じて出してくださいねと。
違いというのは具体的には?
たとえば普段の仕事は同じような感じだけど、シフトで誰かが急に欠員になった時。
非正規の人は自分のシフトだけやっていればいいけど、正社員は欠員の穴埋めをするために休日出勤で臨時の対応をしたり残業したりする必要があるとしたら、全く同じ給料というのはおかしいでしょうと。
不合理な格差かどうかを見極めるためには、正社員に求められているのはこういう仕事で、非正規はこういう仕事と、それぞれの仕事内容をまずきちんと明確化する必要があるんです。
格差を是正していくと、正規も非正規も同じような仕事をすることになりませんか?残業とかも非正規に求めていくとか。
非正規で働いている人たちの中には、介護や子育てがあって、残業も含めて長い時間は働けないので、あえて非正規を選んで働いている人もいるよね。
賃金を同じにするために非正規も残業してよというのは無理があるので、ある程度の格差があるのはしょうがないよねということになる。
たとえば正社員は転勤があるけど非正規にはないので、非正規の人が転勤に伴う住宅手当をもらえなくても不合理な格差ではないよね。
説明がつけばいいということなんですかね。格差があっても合理的なものであれば。
そういうことです。ここが今回の法律で非常に重要なポイント。
労働者側から、なぜ待遇の差があるのか説明するよう求められたらちゃんと説明する義務を、企業側は課せられているんです。透明性が求められているんです。
あとはボーナスもね、出ているのか出ていないのか。たとえば出ていても、正社員は6か月分とか8か月分とかもらっているのに、非正規は一律5万円ぽっきりみたいなこともある。
突然のシフト変更に対応するとか、残業、転勤があるとか、いろんなことを勘案すると同じ水準というのはおかしいと…。
でも一方は8か月分、一方は5万円というのはないんじゃないですか、じゃあ何か月分でいきましょうかというのを労使で話していかないといけない。
細かいことが色々あるんですね。
そう。厚生労働省のガイドラインには、合理的な格差として認められるケースと、認められないケースの具体例がたくさん書かれています。
判断が難しいグレーなケースもいっぱいあるので、労使でちゃんと話し合う必要があるんです。
労使というのは…?
労使というのは労働者とそれを使う使用者、経営側ね。労働者側は労働組合があれば労働組合が経営側と話し合うんです。
でも「同じような仕事をしているけどこういうのがあるから正社員の方が…」とやっていったら、結局格差は見直されない…ということになったりはしないんですか?
鋭いね!つまりね、政府は、まあ絶対こういうことは言わないけど、これをやることによって正規だろうが非正規だろうが、人を雇うコストは同じようにかかるんですよということに気づかせたいというかね。
日本でずっと続いてきた雇用格差。正社員のほうが給料が高くて当たり前、いろんな手当があって当たり前と、勝手に決めて勝手にみんな了解していませんかと。
それぞれの仕事内容を比較しながら、本当にその格差って説明のつくものなのか、ちゃんと職場ごとに再点検してくださいよということなんだよね。
これまでなあなあでやってきたかもしれない正規、非正規の処遇を見直すことで、人材をどう育てて、戦力化するのか、企業が改めて戦略を練ることにもつながりますよね。
うまくいかない可能性はないんですか?同一労働同一賃金をやろうとしたけど、企業側がまわらなくてとか…?
非常にいいポイントをついていると思います。それは本質的なポイント。つまり会社が倒れたらどうするんだと。金を出せなくなったら。
賃金原資と言うんだけど、会社のお金の中で賃金にさけるお金は決まっているので、非正規の人の賃金を上げようとすると正社員の賃金に手をつけざるを得ませんとなることもあり得る。
非正規の待遇改善は、正社員の既得権益との摩擦を生むおそれもあるんです。
そうですよね。
そうなると問題になってくるのが労働組合。というのも組合員の多くは当然、正社員なんだよね。
いまだに非正規の人は加入できないという組合もあるんだけど、非正規の人も含めたもっと大きな存在を目指すべきだという考え方もあって。
そういう風にしていかないと、労働組合の加入者は年々減っていて、今や組織率が17%をきる深刻な状態なんです。
もうひとつ、さっきの「会社がまわらなくなったら?」という質問に関連して参考になる話をしたいんだけど、2年前、同一労働同一賃金の本場ともいえる国、北欧のスウェーデンに取材に行った時にね。
日本の経団連にあたる産業連盟の副会長に「同一賃金は経営者にとって重荷なのではないですか?」と聞いてみたことがあって。そしたら返ってきた答えは「ダメな経営者は退場すべきだ」と。
経営者を代表する立場の人が「同一賃金を払えないのはダメな経営者で、退場してもらう」ときっぱり断言したんです。これにはびっくりしました。
同一賃金には、正規だろうが非正規だろうが、働く人ができるだけ高い賃金をもらえるようにする、それによって国民の暮らしを少しでも良くする、そもそもそういう狙いがあるからなんです。
でも、その結果、企業が倒産すれば雇用がなくなるのではないかと日本の人たちは不安に思いますよね。
そうですね。
そこで現地の労働組合にも話を聞いてみたんだけど。
ホワイトカラーの労働組合、ユニオネンの委員長、いわく「赤字企業は倒産させて、労働力を成長分野に移すべきだ」と。これもびっくりしました。
労働力を移すというのは、つまり労働者が大量に失業して転職するということです。そうなってもいいと労働組合の代表が言っているわけで、日本の組合では考えられない発言だよね。
なんでそんなことを言うんですかね?
スウェーデンの労働組合というのは産業別に組織されていて、賃金水準も産業別に相場が決まっている。これが払えない企業は退場させて、雇用は別の企業が受け皿になるという仕組み。
企業別組合の日本とは全く違います。
へえ~。そうなんですね。
企業は何のためにあるのか?労働組合とは何か?同一労働同一賃金というこれまで日本の職場にはなかった考え方を突き詰めていくと、いろんな問いかけにつながる可能性もあるんです。
もっと詳しく知りたい!
「人生100年時代 働く支援策は?」(くらし☆解説)もご覧ください
日本でも同一労働同一賃金が導入されて、正規と非正規の格差が解消されたら非正規の人のモチベーションは上がると思うんですけど、正社員のモチベーションも上がるんですか?
また鋭いことを聞くね。職場全体の雰囲気は明るくなるだろうし、正社員にとっても望ましいことですよね。
みんなが生き生き働いて高い賃金を稼げるようになれば、生活が豊かになって消費も増える。好循環だよね。
労働政策であると同時に、経済政策としても同一労働同一賃金は重要な側面を持っていると思います。