2019年12月20日
(聞き手:工藤菜摘 鈴木マクシミリアン貴大)
ここ最近、ずっとぎくしゃくしている日韓関係。
背景には韓国国内の北朝鮮に対する路線の対立(保守派Vs進歩派)だけでなく、大統領制もあるというのです。いったいどういうこと?元ソウル支局長で「国際報道2019」の池畑修平キャスターに1から聞きました。
韓国の保守派と進歩派の深刻な分断が、日本との関係にも影響を及ぼすという話でしたね。
そう、もう分断は深い。進歩派と保守派はお互い折り合えないんですよ。
とにかく北朝鮮とどう向き合うかという国の根本の考え方が違うので、歩み寄らずに、お互いを全否定することになる。
なので、誰が大統領になるかで、国の方針が本当に変わる。
いまのムン大統領は進歩派でしたよね。
そう。韓国は、日本と比較すると政権交代が多い国なんだ。どっちかと言えば共和党と民主党で激しい選挙戦になるアメリカに近いかもね。
保守→進歩→保守→進歩って、めまぐるしく政権交代しているんですね。
そうだね。だから、「保守派から進歩派」「進歩派から保守派」に政権交代すると全ての前任の政策がガラガラポンになる。国内の政策だけでなく、外交面も変えることがあってね。
そんなに変わるんですか?
例えばアメリカのトランプ大統領は、オバマ政権がやった事をことごとく否定して温暖化対策のパリ協定から抜けることになりましたよね。
韓国もそれと一緒で、前の政権のやり方を全否定する傾向にある。
例えば慰安婦の問題。前のパク・クネ政権の時に日本とはこの問題の最終的な解決で合意しました。
ムン大統領はその合意を取り消しはしないんだけど、その合意によってつくられた元慰安婦を支援する財団を解散させちゃうとかね。
日本側としては約束が守られていないと。
日本としては、外交は継続すべきって話なんだけど、韓国では前の政権がした国と国との約束が、次の政権では通じないことがあるんだ。
それを日本から見ると「また約束破って韓国は!」ってうつるよね。
政権交代すると、どうして政策を180度変えることができるんですか?
それは、韓国では大統領にすごい権限が集まっているからなんです。選挙で勝って大統領になると圧倒的な権力者になるので、「大統領は帝王」「帝王的大統領」って言います。
帝王ってすごいネーミングですね。
なぜ、そんなに権力を持てるんですか?
それは、「予算」と「人事」をぎゅっと一手に握っているからなんです。特に強いのは「人事権」ですね。
自分と同じ考え方のひとたちを重要なポストにばーっとおくんです。大統領によって決まるポストは、1万もあるとも言われています。
1万!?すごいですね。
さらに企業もそんなことする必要はないのに、社長を突然変えたりするんです。
民間企業にまで影響が及ぶんですか?
いわゆる「忖度」ですね。さすがに民間企業の人事権を大統領はもっていませんが、民間企業側が「忖度」するんです。
今の社長はバリバリの保守派だからムン大統領とはあわないと社内で協議して、ムン大統領にあいそうな人を社長にするとか、大統領と同じ出身地の人を社長にするとか。
そこまでするんですね。
メディアもそうですよ。韓国って保守派か進歩派どっちかに所属しないと、何だろうな、上に上がるチャンスがないっていうふうに思っているような…。
だから、政権交代が行われると、韓国社会全体で、人事の一大シャッフルが繰り広げられます。どーんと、ドミノ倒しみたいに。
「帝王的」と言われるのも分かる気がします。
そもそも韓国の大統領の任期は何年ですか?
5年で再選なし。なので5年1期だけなんです。
え、再選できないんですか?
1回限りです。
じゃあ、大統領が変わって、政権交代すると、また政策がガラガラポンになってしまうんですか?
そうなるかもしれないので、ムン大統領はもう次の大統領のことをとにかく考えています。絶対に保守派に権力を渡してはいけないという思いがすごい強い。
だから、ムン大統領もいま前の政権の政策を大きく変えているんですね。
そうです。いま、ムン大統領はパク・クネ氏、イ・ミョンバク氏と2代続いた保守派政権がやってきた政策を全否定しているんです。
ここで、ムン政権を理解するキーワードを説明したいんだけど、これは重要です。
「積弊清算(せきへいせいさん)」ムン大統領がずっと言っている、キャッチフレーズです。
「積弊清算」?初めて聞きましたが、どういう意味ですか?
なかなか聞きなれませんよね。「積弊」というのは日本語の辞書にもあるにはあるんだけど積もりに積もった弊害ということ。これをきれいに「清算」しましょう、と。
つまり、積もりに積もった弊害を清算すると?
そうですね。保守派政権が残してきた負の遺産を清算しましょうと。
ムン大統領は、保守派政権が続いた間に、韓国社会はすごい間違った方向に進んだっていうのをくり返し言ってるんです。
もう一度あるべき正しい路線、ひと言で言うともっとフェアな社会に戻さなくちゃいけないっていう思いが強いんです。
ムン大統領は、「積弊清算」でどんなことをしようとしているんですか?
まずは日本への向き合い方ですよね。ムン大統領は反日だって言われるひとつのポイントもこの流れにあって、「親日既得権益」の清算という風にもいうんだよね。
親日が既得権益をもっていると?
そう。日本統治から解放された後、韓国の政治経済の重要なポストにいる人はね、実は日本の統治下で日本の統治に協力した人物が多くて。
なるほど。
だから進歩派のムン大統領は財閥に厳しいんだよね。親日の人たちやその子孫がいつまでも既得権益層になっていて、おかしいという考え。
日本からすると、この時代に「親日既得権益」って、ちょっと時代錯誤にも思えちゃうんだけど、やっぱりそういう思いは非常に強いよね。
具体的には何をするんですか?
僕が支局長でソウルにいた2年半ほど前に本格的に始まったんだけど、たとえば軍、情報機関、検察とかが、それぞれの「積弊清算」委員会という特別委員会をつくって、自分たちの過去を検証して、やりすぎましたとか謝罪して。
過去を反省しろと…
そう。いろんな政府機関が委員会をつくらされて、過去を顧みて、反省させられて「すいません」「謝罪します」ってほんとにやってたんだよ。
そうなんですね。
そういう、前政権の「保守政権を否定する」文脈が、ムン政権の行動原理になっているところがあって。
日韓の関係悪化のきっかけにもなった「徴用」をめぐる問題にも関係しているんです。
「徴用」…太平洋戦争中、労働力が不足していたことから、日本政府は統治下にあった朝鮮半島にも国民徴用令を適用し、現地の人々を徴用。韓国政府は少なくとも約15万人にのぼるとしている。
「徴用」をめぐる問題って、そもそもどんな問題なんですか?
本当に全部話すとなると、すごく長くなるし、微妙な部分もあるので、アウトラインだけ説明するね。
日本と韓国が国交正常化した時に、いろんなもろもろの歴史的な問題をどう処理するかすごく難航したんですよ。
そしてそのとき、「徴用された人たちに個別補償をしてもいいんですよ」と日本が提案もしたんだけど韓国側が「いや、いいです。韓国政府で補償します」というやり取りがあるんです。
だから日本政府はこのときに「解決した」という立場だったんです。
そんなやりとりまであったんですね。
ところが、ムン政権だった去年、韓国の最高裁判所が出した判決はこのときの約束の根底を覆すような内容だったんです。
で、判決は司法が出した判断だけど、その後の対応には「積弊清算」の話が絡んできます。日本と韓国が国交正常化をしたときの韓国の大統領は、パク・チョンヒ氏。
で、パク・チョンヒ元大統領というのは、パク・クネ前大統領の父で、まさに保守政権の象徴的存在。
ムン大統領から見るとね、敵対する保守政権が日本とした約束だと。「積弊清算」を掲げるムン政権は、保守政権を否定する政策だから、国と国との合意でも軽くみちゃうところがあるんですよ。
背景には、保守の否定があると。
あとね、ムン大統領はもともと人権派の弁護士だったって話したよね。司法に身を置いてきた人なので、三権分立、すなわち司法の判断は否定できないって強く思っているはずなんだ。
さらに、人権派弁護士として弱者救済の活動をしてきただけに、「十分な補償をもらえてない元徴用工の人たちを救済する」という今回の判決を否定することもできなかったと思うんだよね。
ムン大統領の個人的な背景もあると。
ムン大統領は、保守派を否定すれば、韓国という国がよくなるっていう信念が強いんだ。そういう部分もあると思うけど、保守政権の実績をすべて否定するのはさすがに無理がある。
無理があるのはわかるはずなんだけど、ムン大統領は結構そこはかたくなで、頑固な人だから、なかなか変わらないですね。
影響は大きいのに…。
保守派否定に重きが置かれていて、日本への外交的な配慮が足りないところはありますね。理解がやっぱり浅かったと思うな。
あといつもそうなんだけど、どうしても日本と摩擦が起きると過去の歴史とからめて語られるようになるんですよ。過去の歴史に絡めて政府もメディアも国民をあおるようなところがあってね。
冷静になれない環境になってしまうと。
日本からすると、もう過去にさかのぼって、もう1回、国交正常化の交渉するって話にはならないしね。「いまさら、韓国は何を言っているの?」というのが日本政府の受け止めなんです。
なるほど。
ただね、日本国内に正確に伝わっていないなと思うのは、「韓国政府はこういう判決を望んで出させた」とか「ムン大統領がこういう判決を出させた」っていう見方も多いんだけど、決してそうじゃなくて。
韓国政府も本音ではこんな判決は別に望んでなかったと僕はみているんだ。
そうなんですか。
判決が出たあと、ムン政権は「対応策を考えます」と、すぐ言ったんだ。本当にあの判決は素晴らしい判決だと思っていたらその対応策を考えると言わないよ。
ただ、肝心の対応は非常に鈍くて、まあどんどん事態を悪化させているよね。
1からわかる!ムン・ジェイン(文在寅)大統領と韓国政治
編集:吉川那奈