2022年04月20日
(聞き手:白賀エチエンヌ 田嶋瑞貴 堀祐理)
発射が続く北朝鮮のミサイル。そもそも北朝鮮はなぜ軍事力の強化に走るのか。そして韓国はどう向き合おうとしているのか。気になるギモンについて、朝鮮半島が専門の池畑解説委員に1から聞きました。
お隣の韓国は北朝鮮にどう対応しようとしているんですか?
ことし3月に行われた大統領選挙では、野党のユン・ソンニョル(尹錫悦)氏が勝って、「革新派」から「保守派」に政権が変わることになりました。
革新?保守?
「北風と太陽」の寓話を例に説明しますね。
北風と太陽が、どちらが旅人のコートを脱がすことができるかを競う話ですね。
北風は旅人のコートを吹き飛ばそうと強い風を吹き付け、太陽は旅人を暖かく照らしてコートを脱いでもらおうとします。
池畑修平解説委員。ジュネーブ支局を経て、2008年から3年間、中国総局で北朝鮮を担当。ソウル支局長も経験した朝鮮半島情勢のスペシャリスト。
対北朝鮮でいうと、北風にあたる政策をとるのが「保守派」、太陽にあたる政策をとるのが「革新派」なんです。
もう少し詳しく教えてください。
5月に任期満了を迎えるムン・ジェイン(文在寅)大統領は、革新派ですね。
革新派の人たちは「北朝鮮の人は同胞であり、いずれは友好的に統一を果たす仲間なんだ」という考えを強くもっています。
なのでムン政権は、これまでに北朝鮮とアメリカとのパイプ役を果たそうとしたり、北朝鮮への制裁を緩和の方向に持っていこうとしたりしていました。
北朝鮮との関係を暖めることで上着を脱がそうとしたわけですね。
それに対し、今回、選挙に勝ったユン氏は保守派。北朝鮮は朝鮮戦争を戦った敵で、力で抑えるべきなんだと考えています。
「太陽政策の結果、北朝鮮は核兵器を捨てたんですか?ミサイル開発をやめたんですか?」っていうのが言い分なわけです。
これは、韓国でずっと続いてきた論争で、どっちが正しいのかっていうのはいろいろ議論があるんだけど、それぐらい考えが違うということです。
新しく大統領に就任するユン氏は北朝鮮に対してどんな政策を進めようとしているんですか?
今回の選挙で保守派のユン氏は、選挙公約として、北朝鮮に対する「先制打撃論」という考え方を掲げました。
先制打撃論?
「北朝鮮に攻撃されてから何かするのではなく、韓国へのミサイル攻撃などの兆候をつかんだら発射の前に叩くという能力をちゃんと備えておこう」という考え方です。
国内に配備されているアメリカのミサイル防衛システムをもっと増やす考えも示しています。
このように、ユン氏の考え方には、力によって北朝鮮を抑え込もうという姿勢がはっきりしているんです。
「北風政策」をとっていくということなんですね。
そうですね。北朝鮮が核を放棄しない限りは、先に甘い顔を見せてはだめだという姿勢です。
対北朝鮮の政策においてはアメリカや日本との協力をもっと深めるべきだと言っています。
だから、今よりもかなり日米との協力を深める方向に舵を切っていくんだとみられます。
北朝鮮からみれば、あまりうれしくない話なんでしょうか。
北朝鮮からすれば、自分たちとの協力を重視している革新派の方がやりやすいわけですよ。
だから保守派の政権が出てくることを基本的には嫌っています。
特にユン氏は北朝鮮に対する先制打撃論まで掲げているわけですからね。
北朝鮮からすれば「こっちは、これだけミサイルを持っているんだぞ!」という威嚇の意味で、ミサイルの発射が、今よりも頻繁に行われる可能性もあると思います。
そもそもなぜ、北朝鮮はミサイルの発射を繰り返しているの? 1からわかる!「北朝鮮とミサイル」 改訂版(1) はこちらからご覧ください
一方で、これまでのムン大統領が進めてきた「太陽政策」は、韓国の国内ではどう受け止められているんですか?
年代によってだいぶ違うところがあります。
朝鮮戦争の記憶が残ってる高齢者の間では、北朝鮮は敵だという思いが非常に強い。だから、ムン政権の太陽政策には批判的な人が多いです。
なるほど。
その下の、40代・50代は「やっぱり北朝鮮とは手を取り合うべきだ」と考える人が多い。
今回の大統領選挙でもこの世代では、革新派のイ・ジェミョン(李在明)氏を支持する人の方が明らかに多かったんです。
その下の30代以下になると、南北統一に関心がない世代がどんどん増えていっている感じですね。
若い人たちは、あまり関心がないんですね。
そうなんです。朝鮮戦争で家族が南北に引き離されてしまった「離散家族」と呼ばれる人たちがいます。
一説には1000万人もいると言われているんだけど、この「離散家族」の人たちが、だんだん高齢化して減っていっているんですね。
身近にそういう人がいればやっぱり統一を強く願うし、そうじゃない人はそこまで関心がない。
若い人たちからすると、南北統一が果たされたとしても自分たちにとってあまり得るものがないって思っている人が多いのが現状です。
南北が分かれている状況が当たり前になってしまっているんですね。
それと、韓国の若い世代というのはいま、就職難や住宅価格の高騰にあえぎ、経済格差の問題に直面しています。
北朝鮮との統一によって経済が混乱し、自分たちの生活がさらに悪くなるという事態は望まないですよね。
この先、統一に向けた機運が急激に高まるようなことはないんでしょうか。
韓国ではだいぶ前から「連邦国家」という構想も語られています。
連邦国家?
中央政府を置きつつも、経済や社会制度は南北それぞれの体制を残す、という考え方です。
実現される可能性ってどのくらいあるんですか?
僕は悲観的に見ていますね。相当低いと思います。
どうしてですか?
韓国も北朝鮮も「いつか統一だ」と言いますが、実はほとんどの関係国にとっては、今の現状維持が一番いいんですよ。
そうなんですか?
誰も無理やり統一して混乱が起きることを望んでないというか。
よく朝鮮半島の統一ではドイツの例が引きあいに出されます。
ドイツ?
西ドイツは東ドイツを吸収合併する形で統一しました、だから韓国もそれを目指しましょうと。
西ドイツと東ドイツの人口の違いが大体「西ドイツが4で東ドイツが1」。
つまり4人の西ドイツ人で、1人の資本主義経済を全く分かってなく、生活が苦しかった東ドイツ人の面倒を見ればよかった。
韓国と北朝鮮では?
韓国と北朝鮮の人口は大体2対1。韓国人2人で、北朝鮮の人1人の面倒を見るのは相当きついですよね。韓国の人たちはそれをみんな分かっているんですね。
そうなんですね、知りませんでした。
ところで、この問題のベースにある「南北の分断」ですが、なぜ分断されたか知っていますか?
朝鮮戦争ですか?
実はその少し前なんです。1945年8月に日本が敗戦し、朝鮮半島全体が日本の統治から解放されたんですけど、朝鮮はすぐに独立国として認められませんでした。
どうしてですか?
終戦直後、朝鮮半島にはすでにソ連軍が北から入ってきていました。
当時、ソ連との冷戦状態が始まろうとしていたアメリカは「このままでは朝鮮半島全体がソ連の影響下に入ってしまう」と慌てました。
それでどうしたんですか?
アメリカは「朝鮮の独立をどういう形にするか、期間を設けて話し合いましょう」と提案。
「とりあえず話し合う間は、北緯38度線を境に、北がソ連、南がアメリカで分けて統治しましょう」ということになったんです。
話し合いは進んだんですか?
時間が経てば経つほど冷戦が深まりました。独立に向けた話し合いはまったく進みませんでした。
終戦から3年後の1948年、南側が「単独で選挙をして大統領を決めよう」ということになり、これにアメリカが合意します。
その選挙で選ばれた初代大統領のイ・スンマン(李承晩)氏が、「大韓民国」の建国を宣言したんです。
北側の反応はどうだったんですか?
もちろん、北側は「そんなことをしたら南北が分断されたままになる」と反対します。
それでも結局、北側も満州で日本と戦った軍人、キム・イルソン(金日成)氏を指導者として選んで「朝鮮民主主義人民共和国」の建国を宣言します。
分断はここから固定化の方向に進みます。
日本が朝鮮半島から引き揚げた直後って、南側より北側の方がはるかに豊かだったんですよ。
え~!そうだったんですか?
地図を見ればよくわかります。
北の方が山が多いですよね。
確かにそうですね。
山岳地帯はいろいろな資源が採れます。当時、日本はそこで石炭を掘り、化学工場もつくった。
さらに、そこから物資を運ぶために鉄道もひいたし、山があるのでダムも作りました。
一方、南側は平野が多いので農業ぐらいしかできなかった。だから、分断当時は、北の方がはるかに豊かだったんです。
初めて知りました。
当時、中国で共産党対国民党の内戦があって、共産党が勝つわけですよ。
※中国国民党と中国共産党の内戦…結党以来、両党は協力と対立を繰り返していたが1937年の日中戦争では協力。日本の敗戦後は再び対立し内戦を繰り広げたが、1949年に共産党が勝利。国民党は台湾に逃れた。
共産党が中華人民共和国を建国するという時代の流れもあって、北朝鮮のキム・イルソン氏は、社会主義陣営で朝鮮半島を統一できるんじゃないかと思った。
それで1950年に奇襲的に韓国に攻め込んだんです。
どうなったんですか?
最初は北朝鮮が連戦連勝。韓国はどんどん南側に追い込まれ、プサン(釜山)周辺まで撤退。韓国はあわや滅亡寸前にまでいたりました。
だけど、その時、アメリカを主体とする国連軍が結成されて、インチョン(仁川)という今の国際空港がある所から北朝鮮の裏を突く形で上陸します。
一気に戦局は逆転して今度は国連軍が連戦連勝。北朝鮮が中国との国境まで撤退して、あわや韓国主導の統一の手前までいきました。
しかし、今度は中国の義勇軍が参戦して国連軍を北緯38度線のあたりまで押し戻したんです。
それで今にいたるんですね。
そう。そのあたりで一進一退の攻防になり休戦することになったわけです。
なぜ両国の経済力は逆転したんですか?
北朝鮮は軍事的に統一する事しか頭になかったので、軍事力に多くのお金をつぎ込んだんです。その後、ソ連が崩壊し、社会主義陣営はどんどん崩壊していきます。
世界的な失敗に終わった社会主義経済を北朝鮮はとり続け、気づいたときには経済が破綻。
韓国は、日本と国交を正常化させ、日本からの資金を元手にどんどん工業を開発。70年代終わりには、国力が逆転するんです。
なるほど。そういういきさつだったんですね。
こうして、戦後は南北でどっちが優れているかを競ってきたわけなんですが、その競争はもう決着がついちゃっていて、いまや韓国の方がずっと発展しているわけです。
北朝鮮は南に統一されて吸収されることを非常に怖がってるんだけど。経済力ではもう勝負にならない。
残されたのは軍事力を強めることで自分たちの体制を守ることなんですね。
選択肢がもうそれしかないと…。
北朝鮮指導部はそう考えていると思います。
日本やアメリカは、核を放棄したうえで経済を開放すればどんどん豊かになる道もあるんだということを一生懸命説いています。
でも北朝鮮はやっぱり信じられない。
自分たちの体制を守るのは核・ミサイルしかないと信じ込んでしまっているんですね…。
軍事力の強化を図ることで現在の体制を維持しようとしている北朝鮮。その頂点に立つキム・ジョンウン総書記の狙いは?そしてミサイル開発の資金はいったいどこから出ているの?次回の改訂版で詳しく解説します。
編集:梶田昌孝 撮影:梶原龍
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