内戦とパンデミック コーヒー産地に迫る危機

    「モカ」

    芳醇な香りが特徴でコーヒー好きであれば一度は聞いたことがあるのではないだろうか。さらに大手コーヒーチェーンのメニューで名前を覚えている人もいるだろう。しかし、産地はどこなのか、知る人は少ない。

    その代表的な産地があるのはアラビア半島の先端に位置するイエメンだ。この国では、5年前から続く内戦が泥沼化。そうした中でもコーヒー豆の輸出が細々と続いてきた。

    しかし、ここに来て新型コロナウイルスの感染拡大による影響が深刻となっている。

    目次

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      天空の村に広がるコーヒー畑

      紅海に面したイエメンの古い港「モカ」。

      各地から集められたコーヒー豆がモカの港から輸出されたことから、その名が世界に広まった。

      産地は、港から遠く離れた山岳地帯に点在している。
      その一つが、ハラズ地方だ。イエメン北西部に位置し、首都サヌアから車で4時間のところにある。標高2500メートル級の山々が連なる山岳地帯に段々畑が広がっている。12世紀ごろの要塞も残る風光明媚な土地では、伝統的に朝晩の寒暖差を利用してコーヒー栽培が続けられてきた。

      農園に迫る内戦の影

      そのイエメンでは5年前から内戦が続いている。

      石油や鉱山など富をもたらす天然資源がすくないことから、国際社会の関心は低く「忘れられた内戦」ともいわれている。多くの民間人が戦闘に巻き込まれ、国土が疲弊している。コーヒーの産地は、戦地から遠く一見すると平穏でゆっくりとした時間が流れているようにみえるが、村人から話を聞くと若者たちが戦闘にかり出され、戦死した人も少なくないという。

      戦場には行きたくない

      コーヒー栽培を学ぶアブドルマリク・リズクさん(19)の家族にとって内戦は他人事ではなかった。
      親戚3人が戦地に赴き、このうち1人は26歳で戦死した。家には遺影が掲げられていた。案内された村の墓地には戦死した200人の村人が眠っているという。

      「僕は戦場には行きたくない。コーヒーは神から与えられた宝物。僕たちは大地の恵みに生かされているのです」

      武器を取らず、代々続く農家を受け継ぐ覚悟だというアブドルマリクさん。しかし、戦火が故郷に迫る事態となれば、否応にも戦闘に巻き込まれることになる。村人の不安は、内戦が続く限りつきることはない。

      「平和と安定が訪れてほしい」

      アブドルマリクさんは、遠くの山の尾根にかかる雲を見つめながら、つぶやいた。

      輸出で産地を支えたい

      内戦への不安が広がるコーヒー産地を渡り歩く女性バイヤーがいる。

      輸出業者のサミハ・ムタワッキルさんは伝統的な価値観から女性の社会進出が進んでいないイエメンではめずらしい存在だ。内戦のさなかであってもコーヒー豆を輸出し続けることで産地を支えたいと考えている。

      ことし2月、収穫シーズンを迎えた農園にサミハさんの姿があった。収穫されたコーヒー豆を乾燥させる日当たりのよい斜面に立ち、豆を試食して今年の出来栄えを確かめていた。

      「味は濃くて強いけど、もう少し乾燥させる必要があるわね」

      サミハさんは農家にためらうことなく思ったことを伝える。それもよい品質のコーヒー豆に出会うためだ。

      「イエメンのコーヒーはフルーティーな香りがするのが特徴。その魅力を多くの人たちに知ってもらい、国際的な地位を高めたい。それが産地のためにもなるのです」とサミハさん。イエメンのコーヒーの価値を世界に認めてもらいたいという気持ちが彼女を突き動かしている。

      戦火くぐり抜ける独自ルートを開拓

      サミハさんがこだわるイエメンからのコーヒー豆の輸出。しかし、内戦で大きな困難に直面している。

      サミハさんの事務所のある首都サヌアやハラズ地方などの産地の多くは、反政府勢力が掌握し、輸出できる港は政権が押さえている。このため、出荷するには双方の検問を通過しなければならない。サミハさんは輸送業者とのネットワークを築き、独自のルートを開拓して輸出をなんとか続けてきた。

      「問題は検問でコーヒー豆の袋を開けられること。豆が酸素と湿気に触れることで品質が落ちてしまう。品質にこだわる豆を輸出するには苦労が絶えない」とサミハさんは話す。

      感染予防で輸出できず

      「ことしは去年以上に輸出できるかもしれない」

      ことし3月の取材で、サミハさんは期待を口にしていた。
      しかし、4月に入り電話すると「新型コロナウイルスの影響で輸出ができなくなった」と暗い声で話した。感染の予防対策として政権は反政府勢力の支配地域から来た荷物を「検疫」を理由に14日間留め置く措置を始め、鮮度が全てのコーヒー豆を輸送できなくなっているという。人とモノの流れに一層制限がかけられているようだった。

      しかし、内戦の停戦に向けた動きは進んでいない。
      国連は「今は戦闘している場合ではなく、ウイルスとの闘いを優先するべき」だと何度も停戦を呼びかけている。その背景にあるのは、イエメンでは内戦によって医療体制がすでに崩壊状態であることへ危機感だ。先進国であれば直るはずの感染症で死亡するケースが後を絶たない。
      内戦による衛生状況の悪化で「コレラ」の感染が全土に拡大し、感染の疑いのある人は200万人以上、これまでに4000人近くが死亡したとみられている。

      ICRC=赤十字国際委員会の担当者は「イエメンでは内戦で全体の半数の医療施設が機能しておらず、新型コロナウイルスが流入すれば状況がさらに悪化する」と警鐘を鳴らしていた。

      それでも戦闘は止まらない

      4月10日、恐れていたことが現実となった。イエメンで初めて新型コロナウイルスの感染者が確認された。

      「この国で内戦とパンデミックという2つの戦いに同時に立ち向かうのは無理だ」

      イエメン問題を担当する国連特使は、感染者が出たことを受けて、政権と反政府勢力に対し、全土での停戦の受け入れを強く迫っている。軍事介入するサウジアラビア主導の連合軍は一方的に2週間停戦すると表明し、戦闘は小康状態になってきたが、依然として政権と反政府勢力との間での戦闘は続いている。

      私のかすかな希望は、イスラム教の聖なる月「ラマダン」の到来だ。現地ではまもなく町が一年で最も華やぐ時期を迎える。イスラム圏の紛争では、過去にラマダンにあわせて停戦が実現したこともある。

      戦いが終わり、コーヒー農家を目指すアブドルマリクさんとイエメンからコーヒー豆の輸出に力を注ぐサミハさんの不安が少しでも和らぐことを願ってやまない。
      (ドバイ支局長 吉永智哉)