どう向き合う?レイプで生まれた命

    「生まれた子どもが連れてこられた時、思わず背を向けました」 娘を出産した女性は、淡々と、こう語りました。過激派組織IS=イスラミックステートの戦闘員による性暴力のすえに、生まれた子どもだったからです。

    ISはイラク北部の少数派ヤジディ教徒の女性を“奴隷”として売り買いの対象とし、凄惨な性暴力を加え続けました。心と体に深い傷を負っただけでなく、望まぬ妊娠をして、子どもを産んだ女性も多くいます。取材で見えてきたのは、世代を超えて続く性暴力の残忍さでした。

    目次

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      娘を残し、逃げた

      私が訪ねたのはイラク北部で暮らす、ヤジディ教徒のアズハールさん(仮名・35)。
      5年前に故郷の村が過激派組織ISに襲われ、ほかの多くの女性たちとともに誘拐されました。連れて行かれた先で戦闘員から繰り返しレイプされたのです。

      「あまりにひどく、残酷な経験で、思い出したくもありません。拘束後、すぐに死んだ方が楽でした。初めて性暴力を受けた時から、この先、どんな男性があらわれても、結婚なんてしないと心に決めたんです」

      心と体に深い傷を負ったアズハールさん。数か月後、妊娠していることに気付きます。性暴力の末の妊娠でした。戦闘員の男に中絶を求めましたが、許されず、娘を出産しました。

      「産後、娘が部屋に連れてこられた時、彼女に背を向けました。ISの戦闘員の子どもを、どう育てろというのかと。二度と顔を見たくない、と考えていました」

      それでも、母乳を与えて世話をするうちに、少しずつ、感情が変化します。何もできない小さな娘を、愛しいと感じ、守りたいと思うようになりました。娘が、1歳を迎える少し前に撮影した写真には、穏やかな笑顔で娘を抱くアズハールさんがうつっています。

      しかし、娘と一緒の時間は、長くは続きませんでした。アズハールさんがISの戦闘員のもとを逃げ出すことができたからです。娘は残したまま。この写真を撮影した10日後のことでした。

      娘を“置き去り”にしたのには理由がありました。故郷に連れて帰れば、ISの子どもは殺されると家族に言われたためです。苦渋の決断でした。

      「昼間、娘が庭でハイハイしている時は、逃げることを考えました。でも、夜になって隣で眠る娘を見ると、決心が鈍るのです。もし、故郷の人たちが許してくれたなら、娘を残してくることはありませんでした」

      “野獣の子は野獣”

      背景にあるのは、ヤジディ教徒の社会による強い拒絶です。少数派であるヤジディ教徒は、自分たちの宗教や文化を守るため、異教徒との結婚や性交渉を厳しく禁止してきました。まして、ISは、ヤジディ教徒を虐殺し、女性たちに凄惨な性暴力を加えた集団。街頭でのインタビューでは、その血を引く子どもを受け入れることなど、ありえないという声が圧倒的でした。

      「ISの子どもを連れ帰ることは、私たちの宗教が許しません。“野獣”の子どもは“野獣”ですから」

      “奴隷の子”と呼ばれて

      社会から拒絶された子どもたちは、いま、どこにいるのか。イラク北部の都市、モスルの孤児院で会うことができました。イラク政府が運営するこの孤児院では、ISによる性暴力で生まれた子ども4人が生活しています。

      1歳半を過ぎたばかりのこの女の子。ISに拘束されて性暴力を受けていた女性がISのもとから逃げ出す際、一緒に連れて帰ったものの、わずか10日後に孤児院に預けられました。地域の人に、ISの子どもは殺す、と脅迫されたからでした。

      母親の女性は、車から降りることすらできず、「私の代わりに娘を育てて下さい」とだけ言い残して孤児院を後にしました。連絡は、途絶えたままです。

      子どもたちは“奴隷の子”と呼ばれ、孤児院自体が嫌がらせを受けることも少なくありません。それでも、子どもたちには何の罪もない。孤児院の院長を務めるサキーナ・ユーニスさんは、これから先、幸せな人生を送ってほしいという願いを込め、女の子に、アラビア語で「幸せ」という意味を持つ名前をつけました。
      ISによる性暴力のすえに生まれた子どもについては、その人数も、居場所も、置かれた状況も全体像は詳しくわかっていません。

      “ひと目、会いたい” 今も続く苦しみ

      娘をISのもとに置き去りにせざるを得なかったアズハールさん。果たしてそれが正しかったのか、今も、苦しみ続けています。

      「いつも娘のことを考えているんです。ドアが開くたび、ハイハイしていた娘が入ってくるのではと思い、ハッとします。ひと目でいいから、会いたい。娘に服を買ってあげて、一緒に、十分な時間を過ごしたいと思っています」

      苦しみは母親にとどまらない

      「レイプのすえに生まれた子どもを、愛せるのだろうか」
      ISによる性暴力の取材を始めた5年前から、私はこの疑問を持ち続けてきました。

      取材を通じて感じたのは、こうした形で生まれた子どもであってもその命を守り、幸せになってほしいという母親たちの愛情でした。その一方で、排除しようとする社会の現実も目にしました。ただ、共通していたのは性暴力が、被害を受けた女性はもちろん、親と離され、偏見にさらされる子どもまで世代を超えて苦しみを与え続ける残酷さです。

      去年のノーベル平和賞を受賞したのは、自らもISによる性暴力の被害者であるナディア・ムラドさんでした。

      ナディアさんがISによる性暴力の実態を克明に記した著書のタイトルは、“Last Girl”、「最後の少女」。「このような経験をする少女は、私で最後にしたい」という思いが込められています。ノーベル賞の授賞式で「同情ではなく行動を」と呼びかけたナディアさん。性暴力の根絶のために私に何ができるのか、自問自答しながら取材を続けたいと思います。(カイロ支局 柳澤あゆみ)