“武器としての飢餓”に立ち向かう
「あいつらを飢え死にさせてやる」。
食べられるのに捨てられる食品ロスが問題となっている日本では思いもつかないことですが、今、中東やアフリカの紛争地で横行している”新たな武器”があります。爆弾でも銃弾でもなく、確実に敵の命を奪う方法-。それは「飢餓」を引き起こすことです。世界では、近年、飢餓に苦しむ人の数が増加していますが、その最大の理由が紛争地での飢餓の広がりです。
(ヨハネスブルク支局・別府正一郎支局長 ドバイ支局・山尾和宏支局長)
目次
※クリックすると各見出しに移動します
6億9000万人
これは世界で十分な食事を取ることができず飢餓に苦しむ人の数で、世界人口の9%近くです。中でも深刻なのが、南スーダンやシリアなど紛争や混乱が続く国々です。
この状況に立ち向かっているのが国連機関、WFP=世界食糧計画です。80を超える国や地域で飢餓に苦しむ人々に食糧を届ける人道支援活動を行っています。
12月10日、ノーベル平和賞を受賞しました。「飢餓が戦場の武器となるのを防ぐために行動してきた」ことが高く評価されたからです。
飢餓を引き起こす武装勢力
そのWFPが活動に力を入れている国の1つ、中央アフリカ共和国。政府軍と14の反政府勢力が入り乱れて泥沼化した内戦は去年和平が合意されました。
しかし、政府は依然、国土の30%しか統治できておらず、残りの地域では、敵対する勢力を疲弊させるため、地区を封鎖して、食糧の供給を断つ「兵糧攻め」が横行しています。2年間、封鎖された地域にいた32歳の男性は、「外にも出られず、外から食糧も入ってこないような状況で、いつもお腹を空かしていた」と当時を振り返りました。中央アフリカでは今、国民の6割近い280万人が食糧などの人道支援を必要としています。
命がけの活動
WFPの活動はまさに命がけです。治安が安定していない地域では武装勢力と交渉することも余儀なくされます。また、武装勢力に食糧をよこすよう脅されたり、トラックが襲撃され食糧を奪われたりすることもあります。
首都バンギにある事務所の敷地には高いアンテナが設置されて、国内で食糧を運ぶ120台あまりのトラックなどの車両をモニターしていました。WFPバンギ事務所のピーター・シャレー所長。以前勤務していた南スーダンではスタッフが襲撃され犠牲となりました。シャレー所長は「スタッフの安全を守るため、気が抜けない毎日です。それでも、必要とする人々に食糧を届けるため、全力で取り組んでいます」と活動の意義を強調していました。
世界最悪の人道危機
飢餓は紛争で家を追われた人たちの間にも広がっています。
中東のイエメンの内戦は長期化し、「世界最悪の人道危機」とも呼ばれています。そのイエメンではWFPの食糧支援によって、1300万人が命をつないでいます。
中部のマリブ県にあるジュファイナ・キャンプに身を寄せるイブラヒム・ジャドゥルさんです(68歳)。10人の家族は260キロ離れた西部の町からたどりつきました。イブラヒムさんはふるさとでは農場で働き、裕福ではなかったものの、満ち足りた生活を送っていましたが、戦闘が激化し、避難を決めました。
栄養不足
キャンプでWFPの食糧が配られるのは月に1回。イブラヒムさん一家が受け取ったのは小麦75キロ、豆5キロ、砂糖2.5キロ、オイル8リットル、そして塩500グラム。しかし、野菜や果物、乳製品など生鮮品の支給はありません。
避難生活を続けて1年余り。イブラヒムさんはみるみる痩せ、幼い孫たちも栄養が足りず、WFPが提供する栄養剤で、補っています。イブラヒムさんは「WFPの支援は本当にありがたいが、これだけでは足りません。幸せな生活を送ってきたのに、内戦ですべてを失いました」とWFPに感謝しながらも、それだけでは十分ではない現実を語りました。
1600万人が飢えている
そのイエメンについて、国連は12月3日、新たな試算を公表。深刻な食糧難の状態にある人は、人口の半分に相当する1600万人あまりにまで増え、このうち4万7000人は、特に危機的な状態にあると指摘しています。
WFPイエメン事務所のアナベル・シミントンさんは「イエメンの人たちの栄養状態はさらに悪化している。国際社会は、ノーベル平和賞を機に、厳しい現実にもっと目を向けてほしい」と訴えています。
誰もが安心して食べることができる世界へ
国連は10年後の2030年までに世界から飢餓を一掃する目標を掲げています。
その目標の達成に立ちふさがっているのが、紛争地での飢餓です。
平和で、誰もが安心して食べることができる世界へ。
目標達成にWFPへの支援が欠かせないことを、今回のノーベル平和賞は示しています。