空爆の街

    幸せな家庭を築いていくはずでした。
    透き通るような目で、彼はそんな未来を思い描いていました。
    でも、期待した未来は訪れませんでした。

    (ドバイ支局 山尾和宏支局長)

    目次

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      人生最良の日となるはずだった

      せん光のあと、大きな衝撃がありました。爆風に吹き飛ばされ、目を開けると目の前に広がっていたのは、バラバラになったたくさんの遺体でした。

      多くの人たちが子どもや親戚を探し回っていました。けが人を病院に運ぶ人の姿も見えました。

      ほんの直前まで、その日は彼にとって人生の中で最高の瞬間でした。

      3年前(2018年)の4月、中東イエメンで結婚式の会場が爆撃され20人以上が亡くなりました。彼の名前は、ヤヒヤ・ムサビさん(20歳)。その結婚式の新郎でした。

      あの日を思い出すたび…

      ヤヒヤさんが暮らす、イエメン北部ハッジャ県のラキヤ村。
      岩肌の見える土地に、石造りの家が並ぶ小さな集落です。

      イエメン北部ハッジャ県

      養蜂で生計を立て、いまはあの日、式を挙げた妻と息子2人で暮らしています。右の耳には、爆発で負った傷痕がありました。ヤヒヤさんは結婚式を開いた会場を案内してくれました。

      「ここで23人が死亡しました。あちこち崩れています。両親の家も破壊されました」

      結婚式が開かれている間、幸せと喜びに包まれていたそうです。親戚をはじめ、集落の人たちおよそ200人が集まり、多くの人たちが笑顔で会話を楽しんでいました。音楽が演奏され、曲に合わせて踊る人もいました。

      楽しそうに笑うみんなに囲まれ、ヤヒヤさんは最愛の女性とともに、幸せな家庭を築くことを夢見ていました。しかし、爆撃によって、夢は絶たれてしまいました。

      「あの日を思い出すたび、悲しみに暮れ、不快な圧迫感を覚えます」

      何もできなくなった妻

      ヤヒヤさんは時々、突然、家を飛び出し、どこかへいなくなってしまうといいます。
      ヤヒヤさんのおじは、空爆が原因だと説明します。

      「ヤヒヤは当時を思い出すのがつらいんだよ。いまも飛行機の音を聞くだけで走り出すんだ」

      ヤヒヤさんの家には、ヤヒヤさんの母親と妻のファティマさんの姿があります。ファティマさんは、部屋の片隅で座っていましたが、話そうとしません。ヤヒヤさんの母親が代わりに、事情を説明します。

      「彼女は爆撃で気を失いました。そしてあの日以降、うまく話ができなくなりました。精神的にも不安定です。外出することもできません。何もすることができないんです」

      イエメンの内戦

      なぜ、ヤヒヤさんの結婚式が爆撃されたのか。
      理由はイエメンで2015年から続いている、外国が関与する内戦にあります。

      イエメンでは、サウジアラビアに近い政権が統治を行っていましたが2014年、イランに近い反政府武装勢力「フーシ派」が武力で政府機関を占拠。翌年には、首都サヌアを制圧しました。これに危機感を持った隣国サウジアラビアなどのアラブ諸国は軍事介入し、空爆を開始しました。一方のイランも、武器などの提供でフーシ派を支援し、地域のライバル国同士を巻き込んだ内戦が6年にわたって続いているのです。

      サウジアラビア主導の連合軍による空爆で標的となっているのは、軍事施設だけではありません。子どもたちが乗ったバスや結婚式場にも命中し、人権団体は少なくとも市民1000人以上が犠牲になっていると指摘します。

      爆弾はアメリカ製?

      結婚式場に被害をもたらした爆弾について、ヤヒヤさんの集落の住人は次のように話します。

      「私たちに投下されたのは、アメリカの爆弾だ」

      空爆現場で見つかったアメリカ製爆弾の破片

      いったいどういうことなのか。
      イエメンで民間人への爆撃を調査している人権団体「ムワータナ」は、ヤヒヤさんの結婚式会場に落とされた爆弾の破片の解析を専門家に依頼。爆弾はアメリカ製だと結論付けられました。

      人権団体のムタワキル代表は、サウジアラビア主導の連合軍が使用する爆弾について、次のように説明します。

      人権団体「ムワータナ」代表 ムタワキル氏

      「連合軍が使用している爆弾には、アメリカやイギリス、それにフランス製のものが見つかっている。その中でも最大の爆弾供給国がアメリカだ」

      バイデン政権の方針転換 内戦はどうなる

      アメリカ製の爆弾が使われているのはなぜか。湾岸情勢に詳しい日本エネルギー経済研究所の保坂修司理事に話を聞きました。保坂氏は背景には、アメリカの対中東政策が深く関係していると説明します。

      「アメリカはオバマ政権時代から、テロとの戦いを進める目的でイエメンを拠点とするテロ組織と対じしてきました。このため、こうした勢力と戦うサウジアラビアなどの軍事介入を支援してきたのです。トランプ政権では敵対関係にあるイランとの対立がより鮮明となり、イランを抑え込む意味合いでも、武器の売却は続けられてきました」

      こうしたなか、アメリカで新しい政権が発足したことで、その方針に変化も現れています。
      バイデン政権は2月、イエメン内戦が人道危機をもたらしているとして、軍事作戦への支援を停止すると発表したのです。

      ただアメリカの軍事支援が止まったからといって、サウジアラビアやイランが関与をやめ、内戦が終息に向かうかは分かりません。国連が仲介する和平協議は度々行われていますが、戦闘は依然として続き、内戦終結の見通せないままです。

      内戦長期化で食糧難にも直面

      終わらない内戦は、爆撃による犠牲だけでなく深刻な食糧不足という形でも、人々に大きな影響を与えています。

      国連は去年12月に発表した試算で、国民の半数にあたる1600万人あまりが飢え、このうち4万7000人が、特に危機的な状況にあると警鐘を鳴らしています。内戦の長期化によって農作物の生産力が落ち込み、物流も寸断されるなどして「世界最悪の人道危機」といわれる状況に直面しています。

      いま、この瞬間も、命を奪われ、あるいは命を失いそうになり、幸せな暮らしを送ることができない多くの人たちがいます。決して目を背けてはいけない現実が、そこにあります。