色彩を取り戻すまで シリアから戻ったIS戦闘員の家族の今

    荷台に機関銃が据え付けられたトラックや、手りゅう弾が黒い単調な細い線で描かれていた。

    絵のタイトルは僕の人生―。

    8歳のルスタム君がシリアからウズベキスタンへ帰国して間もなく描いた。

    母国に戻った時、その目には、どのような風景が見えていただろうか。
    庭いっぱいに広がるぶどうの葉陰から漏れる暖かい日差しや初夏を迎えて透き通る青い空。その美しい季節に色彩はついていなかったのかもしれない。

    目次

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      お父さんはIS戦闘員

      ルスタム君の父親はIS=イスラミックステートの戦闘員になるため、シリアに向かった。出稼ぎ先のロシアで親しくなった男性に感化され、過激思想に傾倒した。ルスタム君の母親は当初シリア行きをためらったが「家族は常に共にあるもの」というウズベキスタンの伝統的な慣習に従い、ルスタム君や妹を連れてシリアに渡った。

      しかし母親は到着してすぐにだまされたことに気づいたという。
      荒涼とした戦場が広がっているだけでそこにイスラム教の理想の国はなかった。

      まもなく、ルスタム君の父親は戦死した。
      どこでどう死んだのかさえわからなかった。

      プロジェクト「善」

      その後、ルスタム君と母親たちは戦火を逃れイラクとの国境沿いをさまよい、シリア北部のキャンプで保護された。シリアやイラクではISに4万人の外国人戦闘員が加わったとされ、このうちおよそ1000人がウズベキスタン人だったといわれている。そうした戦闘員の多くがルスタム君たちのように家族を伴って渡ったという。

      路頭に迷っていた戦闘員の家族に手をさしのべたのはウズベキスタン政府だった。
      プロジェクト名は「善」。
      2019年5月、政府専用機をシリアに派遣し、ルスタム君ら156人の帰国が実現した。
      国民の9割がイスラム教徒のウズベキスタンで、このプロジェクトが徳を施すラマダンの時期と重なったのも単なる偶然ではないかもしれない。

      一見、善意に満ちあふれるこのプロジェクトには政治的意図が見え隠れしていた。政権交代して改革を進めるミルジヨエフ大統領が、中央アジアでリーダーシップをとり、プレゼンスを高めたいというねらいもあったとみられている。

      観察と監視

      家族のウズベキスタンへの帰還はもろ手を挙げて迎え入れられたわけではなかった。治安機関は事前にシリアに渡り、家族と接触。経緯や思想などを徹底的に調査した。その上で対象者を選別して帰国させた。

      帰国後、それぞれの家族には担当の相談員が配置され、日常のあらゆる相談に応じ、経過を細かく観察している。相談員はその過程を通じて、過激思想に染まっていないかどうか、治安を脅かす存在にならないかどうかなど監視し続けている。

      色彩戻り夢を語る

      帰国から半年―。
      当初は心を閉ざしていたルスタム君に変化がみられるようになった。学校生活にも慣れ、友達もできた。成績も優秀だという。

      将来の夢を聞くとルスタム君は「学校の先生」と小さな声で答えた。
      それを聞いた母親は目を細め、息子が語る夢の続きに耳を傾けていた。

      変化は絵にも現れていた。
      ウズベキスタンの風景がカラフルに描かれていた。
      「これは家で、これは木、これは太陽だよ」。
      色彩に満ちあふれたウズベキスタンの生活が、ルスタム君の目に映るようになっていた。

      IS家族とどう向き合うか

      ルスタム君の家族を取材するなかで気になることがあった。
      母親の腕の中で静かに眠る小さなルスタム君の弟の存在だった。帰国した時は生後2か月。その3年前に戦死したルスタム君の父親の子ではないことはあきらかだった。

      戦場に取り残された女性が子どもと生き延びるには、筆舌に尽くしがたい苦労をしてきたに違いなかった。自分の投げかけた質問で平穏を取り戻しつつあるルスタム君の母親の心を乱したくないと思い、結局、ルスタム君の弟について詳しく聞くことができなかった。

      シリアから積極的に家族を帰国させ、心の変化を寄り添いながら観察し、軟着陸を目指すウズベキスタン。しかしその中にはシリアに戻りたいと話す人や、将来への不安を口にする人もいるという。

      家族が今後、経済的に立ちゆかなくなったり、地域で孤立感を深めたりすれば、また過激思想により所を求める可能性は否定できず、治安の悪化に繋がるのではないかという懸念も指摘されている。
      IS戦闘員本人ではなく、その家族であっても国籍を剥奪するなどして帰国を拒んでいる欧米をはじめ各国からこのプロジェクトの行方は注目されている。(国際部 髙塚奈緒)