UAEとイスラエル 衝撃の国交樹立へ その先にみえるものは

    アメリカの首都ワシントンのホワイトハウス。トランプ大統領は得意げな様子で報道陣の取材を受けていた。その数時間前、ホワイトハウスが「歴史的な外交の成果」と自画自賛したディール(合意)は突然発表され、ニュースは世界を駆け巡った。8月13日、イスラエルとUAE=アラブ首長国連邦がトランプ政権の仲介で国交を正常化することで合意したのだ。

    「イスラエルとUAEってそんなに仲が悪かったの?」そうなんです。実はこのディールは単に2つの国の関係にとどまらず、中東の政治や外交、経済のパワーバランスを変える地殻変動を起こす可能性をはらんでいるのです。

    目次

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      アラブvsイスラエル 対立の歴史

      UAEとイスラエルの国交の正常化をアメリカがなぜ「歴史的な外交の成果」と自慢するのか。それは中東のアラブ諸国にとって「憎まれっ子」であるイスラエルとUAEが手を結ぶ一歩を踏み出したからなのです。
      アラブ諸国からみると、イスラエルは1948年に建国した際、当時住んでいたアラブ系のパレスチナ人を追放した宿敵です。このためアラブとイスラエルは4度の中東戦争など、たびたび戦火を交えてきました。以来、アラブ諸国はパレスチナ問題を解決させることが「アラブの大義」であると錦の御旗のもとに集まり、イスラエルと対立してきました。

      この対立の構図は1993年、これまたアメリカの仲介でイスラエルがPLO=パレスチナ解放機構の暫定自治を認めるいわゆる「オスロ合意」で和平交渉が始まり、雪どけに向かうかに見えましたが、その後とん挫。「パレスチナ問題の解決なくしてイスラエルとの国交樹立なし」とするアラブの大義から隣国のエジプトとヨルダンを除き、四半世紀にわたってイスラエルとの国交を結ぶ国はありませんでした。

      アラブvsイラン 高まる緊張

      なぜ、長年対立してきたイスラエルとアラブ諸国が接近し始めているのか。それは中東の地域大国、イランの存在です。イスラム教のスンニ派が多数を占めるアラブ諸国に対し、イランはシーア派で、宗派の近いシリアのアサド政権やイエメンの武装勢力を支援して、地域での影響力を拡大してきました。
      そのイランの影響力を警戒してきたのは、イスラム教の聖地メッカを抱え、ペルシャ湾を隔てて対峙するもう一つの地域大国サウジアラビアです。4年前、サウジアラビアは国内のシーア派の宗教指導者の死刑を執行したことを機に、国交を断絶しています。そして去年9月にはサウジアラビア東部の石油関連施設が攻撃され炎上した事件でサウジアラビアは欧米諸国とともにイランを非難。これに対し、イランは関与を否定し、緊張が高まりました。こうしたことからイランを脅威と感じているサウジアラビアやUAEにとって、イランの封じ込めを目指すイスラエルやアメリカと手を組みやすい状況が生まれています。

      水面下で接近していたUAEとイスラエル

      アラブ諸国とイスラエルの接近は実は今に始まったことではありませんでした。おととし10月、UAEの首都アブダビで開かれた柔道の国際大会ではイスラエルの選手が優勝し、当時国交のなかったイスラエルの国歌が会場に流れました。UAEにとってイスラエルに接近するメリットは「ビジネス」と「安全保障」です。実権を握るアブダビのムハンマド皇太子は技術立国を目指す中、ハイテク国家イスラエルとの連携がプラスになると判断したものとみられていて、中東和平という政治問題を脇に置いてでも、経済での実利を取りに行ったという指摘も出ています。また、アメリカ軍が駐留するUAEにとってアメリカとイスラエルが共同開発している軍事技術を導入できれば、イランへの備えにもつながります。これまで「中東和平が実現するまでイスラエルとの国交正常化には応じない」とする立場を取ってきましたが、理想と現実を天秤にかけたともみられています。

      様子見の地域大国サウジアラビア

      UAEとイスラエルの動きをサウジアラビアは静観しています。対イランでイスラエルと一定の共通項はあるものの、パレスチナを擁護する立場として、イスラエルへの接近は国内の保守派の批判の矢面に立つことになり、政治的リスクを伴います。このため、サウジアラビアはUAEとイスラエルの合意から6日間は沈黙を押し通し、7日目に外相を通じて初めてサウジアラビアがイスラエルと国交を正常化することには慎重な姿勢を示しました。

      トランプ政権の実績

      今回の合意はあくまで中東の2つの国の国交正常化ですが、なぜアメリカが仲介し、発表がホワイトハウスだったのでしょうか。それはことし11月に大統領選挙を控えたトランプ大統領の「実績づくり」という面もあります。トランプ大統領は3年前、就任後初の外国訪問先にサウジアラビアを選びました。そして、パレスチナとイスラエルの間で長年対立してきたエルサレムの帰属について、トランプ大統領はイスラエルの首都と認め、おととし大使館をエルサレムに移転。去年にはアメリカを含めた各国が国際法違反と批判してきたヨルダン川西岸でイスラエルが行う入植活動を国際法違反とみなさないと表明するなど、40年にわたってぶれることのなかったアメリカの外交政策を次々と覆してきました。

      トランプ大統領のいわば「中東ちゃぶ台返し」の背後にいるのは、娘のイバンカ氏の夫、クシュナー上級顧問の存在です。敬けんなユダヤ教徒としても知られ、中東和平ではイスラエルを支援する姿勢を示してきました。今回の合意の会見でも姿を現し、その意義を強調しました。

      はしご外されたパレスチナと警戒強めるイラン

      今回の合意で蚊帳の外に置かれたのはパレスチナでした。パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長は「UAEは合意を交わしたことでイスラエルによるパレスチナの占領地の併合を止めたと言っているが、それは欺まんだ。パレスチナ問題を背後から襲ったようなものだ」としてUAEを激しく非難しました。

      しかし、UAEと同じ湾岸諸国のバーレーンやオマーンも合意に歓迎や支持を表明していて、アラブ各国の足並みが乱れる中でパレスチナの孤立が一層浮き彫りとなっています。

      一方、合意の大きな要因となっているイランは反発を強め、ロウハニ大統領は「この地域にイスラエルの足がかりを与えてはならない」と述べて警戒感をあらわにしています。

      中東はどこへ向かうのか

      今後、アラブ諸国とイスラエル、そしてイランの関係はどこへ向かうのか。中東情勢に詳しい放送大学の高橋和夫名誉教授はどの国もアメリカ大統領選挙の結果が出るまで大きく動くことはないと分析しています。

      「長期的にはイランもイスラエルもみんな11月のアメリカ大統領選挙を待っている。それで今のところはみんなトランプがいなくなるだろうという前提で動いているわけで、イランとしてはなるべくそれまでじっと我慢して圧力をかわしたい。イスラエルはトランプ大統領がいる間に動きたい。湾岸諸国はイランに対する抑止力をイスラエルに期待している。アメリカの同盟国、イスラエルとの関係を良くするということが我が身を守ると湾岸各国が考えているのかもしれない」

      UAEとイスラエルによる合意が中東地域のパワーバランスに変化をもたらすのか。すべてはアメリカ大統領選挙でイスラエルを支援するトランプ大統領が勝つかどうかでその行方は左右されそうです。

      (国際部:佐野圭崇)