数字で語るトランプ大統領と中東

    2017年5月20日、就任から4か月のトランプ大統領は初めての外国訪問先として中東のサウジアラビアを訪れ「トランプ外交」の幕があがりました。
    それからおよそ3年半。イスラエル寄りの中東和平案の提示や、イランへの厳しい制裁、そして自らが仲介したアラブ諸国とイスラエルの電撃的な国交正常化など、トランプ流の中東政策を推進してきました。
    大統領選挙を前に、トランプ大統領の中東政策をさまざまな数字をもとに振り返ります。

    目次

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      0→2か国 聖地に大使館 慣例破った対イスラエル外交

      ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教の聖地とされる、エルサレム。その帰属を巡る争いは、イスラエルとパレスチナの領土問題における最大の課題となってきました。トランプ大統領はここに大使館を設置し、さらにこれに続く国も現れました。

      エルサレムは、1948年のイスラエル建国後東西に分かれ、それぞれイスラエルと隣国ヨルダンが統治していました。しかしイスラエルは、ヨルダンを含むアラブ諸国と戦った1967年の第3次中東戦争で勝利すると、東エルサレムを併合しました。現在は、西エルサレムと合わせて、自国の首都だと主張しています。一方のパレスチナ側は東エルサレムを、将来の首都にしたいとしています。このため日本など国際社会は、エルサレムをイスラエルの首都と認定したと受け止められないよう、商業都市テルアビブに大使館を置いてきました。

      しかしトランプ大統領は、この慣例を破る判断をします。4年前の大統領選挙で打ち出した公約を実現に移し、エルサレムを首都と認定。2018年5月には、大使館をエルサレムに移転したのです。トランプ大統領の支持基盤で、イスラエルとつながりの深いキリスト教福音派に配慮した判断でした。
      また、中米のグアテマラも、やはりキリスト教福音派のモラレス前大統領がアメリカに続く判断をし、エルサレムに大使館を持つ2つ目の国となりました。
      このほかにもホンジュラス、ウクライナ、セルビアなどがエルサレムへの大使館移転を表明しています。一方で、イスラエルの伝統的な友好国パラグアイは、一度は移転したものの、その後政権が交代すると、大使館を再びテルアビブに戻す決定をしました。またオーストラリアは、領土問題が決着した後に、大使館を「西エルサレム」に移すと表明しています。
      国際的な慣例を破る決定を下したトランプ大統領ですが、国際社会の多くは、慎重な立場を維持しているようです。

      2000→500人 シリア駐留米軍 撤退は道半ばに

      中東での軍事的な関与を縮小させることを目指してきたトランプ大統領。10年にわたる混乱と内戦が続くシリアでも出口戦略を模索してきましたが、この4年での完全な撤退とはなりませんでした。
      オバマ政権時代、アメリカはシリアのアサド政権と敵対する反政府勢力を支援し、内戦に乗じて過激派組織IS=イスラミックステートが勢いを増すと、軍を派遣して掃討作戦に乗り出しました。トランプ政権下でもアメリカ軍は、ISと戦う勢力を後方支援し、一時は2000人ほどが駐留しました。ところが2018年には「ISを打倒した」として、撤退させる方針を表明。翌年10月には、ISの掃討作戦で協力してきたシリア北部のクルド人勢力を見捨てる形で撤退を進めました。

      しかしこれは結果として、クルド人勢力を敵視するトルコによる、シリアへの軍事介入を招く形となり、アメリカへの反発を招きました。現在もアメリカ軍は、ISからシリア東部の油田地帯を守るため部隊を展開させていて、中東への関与を減らしたいトランプ大統領の思惑通りには進んでいません。
      一方、隣国イラクではことし初め、世界があっと驚く出来事がありました。トランプ政権が、現地を訪れていたイランの大物司令官、ソレイマニ氏を殺害したのです。

      イラク ソレイマニ氏葬儀

      これによって、イラク国内ではアメリカ軍の撤退を求める声が高まり、皮肉にも、トランプ大統領が望む部隊の縮小を後押しする形となりました。実際、アメリカ政府はことし9月、イラク駐留部隊を5200人から3000人規模に削減すると発表しました。
      ただ、イラクでの関与を弱めると、敵対するイランが影響力を拡大させかねず、アメリカはジレンマに陥っています。影響力を維持しながら、軍事的なプレゼンスをどう縮小させるか、難しい判断に直面しています。

      258万→16万バレル/日量 市場から消えたイラン産原油

      原油の生産量で世界第5位のイラン(2019年時点)。日本などに輸出され、国の歳入の約3割を占めるなど、財政の柱となってきました。しかし、この4年で世界の市場からほぼ姿を消しました。
      イランに強硬なトランプ政権はあの手この手でイラン経済の息の根を止めにかかり、その中心ともいえるのが、イラン産原油の禁輸措置でした。アメリカは、2018年5月にイラン核合意から離脱し、11月からイラン産原油の輸出に制裁を科しました。当初は一部の国に少しだけ輸出することを認めましたが、翌年5月以降は、全面的な禁輸となっています。
      イランは抵抗を続け、シリアや中国といったアメリカと対立する国に細々と輸出を続けていますが、大半の国はアメリカの制裁を恐れ、取り引きを停止させています。

      イラン南部 油田地帯

      その結果、イラン産原油の輸出量は、アメリカが核合意から離脱する直前、2018年4月の258万バレルから、ことし8月には16万バレルと、実に95%近くまで減少しました。
      市場から消えた200万バレルあまりという量は、世界で一日に消費される原油のおよそ2%。市場に大きな影響を与えるのではないか?そんな不安もよぎりますが、米中関係の悪化や、新型コロナウイルスの感染拡大による世界経済の減速で、産油国が減産をしても、価格が低迷する状況となっています。激減した輸出量に、先の見えない原油安、イランにとっては、試練の日々が続いています。
      ※出典:スイスの調査会社「ペトロ・ロジスティクス」より

      1ドル=3.7万→32万イランリアル 制裁で進んだ通貨安

      アメリカが敵視政策を続けるイランでは、通貨の暴落が深刻化しています。トランプ大統領が就任した2017年1月のイランリアルの価値は、1ドル=3.7万リアルあまりでしたが、ことし10月中旬は32万リアルと、その価値は8分の1ほどにまで減少。わずか3年半ほどの間に、1ドル100円がおよそ800円になってしまうのと同じ計算です。

      テヘラン両替所

      トランプ政権が、イランに対する金融制裁などを強化したことでイランでは、外国とのビジネスが大幅に制限されています。輸入品を中心にあらゆるものの価格が高騰。首都テヘランで地元の人と話すと「卵の値段が短い間に2倍になりました」「3年前と比べて家賃が4倍になりました」など、物価に関する話題が尽きません。
      ことしに入って、新型コロナウイルスの感染が拡大すると、すでに停滞していたカネの流れは一層悪くなり、暴落が加速しています。

      物価高が続く中で、1つだけ上がらないものがあると首都テヘランの市民に言われ「なに?」と尋ねると「俺の給料だよ」という答えが返ってきました。
      イランの人々は、アメリカ大統領選挙の行方を、固唾を飲んで見守っています。
      ※出典:イランリアルの為替レート:Bonbastより

      イランほどではありませんが、アメリカからやはり制裁を受けたトルコでも、通貨安は深刻です。トランプ大統領の就任後、通貨トルコリラの価値は、半減しました。
      トランプ政権は2018年8月、クーデター未遂事件に関わったとしてトルコがアメリカ人牧師の拘束を続けていることへの報復として、トルコからの輸入品に追加の関税をかける制裁措置に踏み切りました。するとリラ安が一気に加速したのです。「リラ・ショック」と呼ばれる事態です。一時は、新興国で同時通貨安を招き、世界経済に混乱を招きました。
      通貨の下落でトルコ国内では、物価高が続いているほか、中央銀行が市場介入を続けているため、外貨準備高も大幅に減っています。
      トルコは、ロシア製のミサイルシステムの導入計画を巡っても、アメリカとの間であつれきが生じています。大統領選挙の結果にかかわらず、対立点の解消は容易ではなさそうです。
      ※為替はいずれも10月中旬時点

      12億4291万(2016年)→9億7243万ドル(2019年) パレスチナ難民支援 資金不足に

      1949年にパレスチナ難民を支援する国際機関として発足した、UNRWA=国連パレスチナ難民救済事業機関。難民支援といえば、UNHCR=国連難民高等弁務官事務所が有名ですが、実は設立はUNRWAが先。いまでは500万人あまりのパレスチナ難民に対して医療や教育を提供しています。運営費は欧米や日本、アラブ諸国などによる拠出金で賄われ、アメリカは全体の3分の1を拠出する、最大の支援国となってきました。
      トランプ政権は2018年1月、この拠出金を凍結すると表明。翌年には、拠出金がゼロになりました。その理由について「UNRWAの予算の使い方など組織運営の見直しが必要なため」としています。ただ、トランプ大統領はパレスチナに対し「アメリカの支援にもかかわらず感謝がない」と不満を漏らしていて、アメリカが仲介するイスラエルとの和平交渉に後ろ向きなことから、圧力をかける狙いもあったのではないかという見方が出ています。

      撮影:Ain Media

      これによりUNRWAの運営費は、2016年の12億ドルあまりから去年、およそ2億7000万ドル、日本円で280億円ほど減少しました。このため各国は急遽、拠出金を増額し、UNRWAを支えようとしています。
      それでも、以前の水準にはほど遠く、慢性的な資金不足に陥り、一部の活動を停止せざるをえなくなりました。新型コロナウイルスの感染拡大もあり、難民の生活環境が悪化する中、さらなる国際社会の支援が必要になっています。

      2→5か国 イスラエルと国交を 接近するアラブ諸国

      「アラブの大義」を掲げ、イスラエルと対立してきたアラブ諸国。以前から水面下では、関係改善に向けた動きが出ていましたが、大統領選を前に外交成果をアピールしたいトランプ大統領の仲介のもと、 国交正常化の動きが一気に進みました。

      これまで、イスラエルと国交を持つアラブ諸国は1979年に結んだエジプト、1994年に結んだヨルダンの2か国のみでしたが、8月以降、以下の3か国が加わることになりました。
      ▼中東の経済ハブとして知られるドバイを抱え、国交正常化によりイスラエルからの投資が期待できるUAE=アラブ首長国連邦。
      ▼アメリカと安全保障分野で協力関係があるバーレーン。
      ▼そして、アメリカによる「テロ支援国家」の指定解除と引き換えに国交正常化の合意に応じたスーダン。
      イスラエルと戦った戦争から長い年月がたち記憶が薄れる中で、アラブ諸国の間では、パレスチナ人国家を樹立するという大義よりも自国の経済発展や、イランが影響力を強める新しい安全保障環境に対応することのほうが重要になっています。
      トランプ大統領は、ほかのアラブ諸国もこうした動きに続くとしているほか、民主党のバイデン候補もイスラエルとアラブ諸国の関係改善を評価しています。
      動向が特に注目される地域大国のサウジアラビアは慎重な立場を維持していますが、アメリカの仲介のもと、両者の接近が進むという大きな流れは続くことになりそうです。

      39万9300(2016年)→44万1600人(2019年)増加する ユダヤ人入植者

      イスラエルが、パレスチナ人の住むヨルダン川西岸や東エルサレムで進めているのが、ユダヤ人の入植活動です。パレスチナ問題の解決に向けて、大きな障壁となってきました。イスラエルの地にユダヤ人国家の建設を目指すという考えのもと進められ、イスラエル国内では右派を中心に支持されています。政府も、住宅の建設費を補助するなど、活動を後押ししてきました。

      このうち、ヨルダン川西岸の入植者は2016年から去年までの間に、およそ4万人増えました。しかし、その増え方はオバマ政権時代やそれ以前の政権と比べて大きくは変わりません。アメリカの大統領にかかわらず、入植者は一定の割合で増え続けているようです。
      ただ、入植活動に対するアメリカの見方は変わりました。入植活動について、日本を含めた国際社会は、国際法に違反するという立場で、国連決議も採択されています。これに沿った形で、オバマ前大統領も入植活動の停止を求めていました。

      一方のトランプ大統領は2019年11月、ヨルダン川西岸での入植活動を「国際法違反と見なさない」と表明。前政権がとっていた立場を覆しました。
      このようにイスラエルにとってみれば、トランプ大統領はいわば強力な支援者です。アメリカ大統領選挙に向けてイスラエルのネタニヤフ首相はやはり、トランプ大統領の再選を望んでいるのでしょうか。
      その心中をはかる上で、こんなやりとりがありました。
      今月、アラブ諸国のスーダンとの国交正常化について、米―イスラエルの電話会談が行われた際のこと。「寝ぼけたジョー(バイデン候補)にはこんなことはできないだろう」とトランプ大統領にふられたネタニヤフ首相。「大統領、あー、私が言えるのは、この平和を支持してくれたすべてのアメリカ人に感謝しているということです」と答え、絶妙にかわしました。
      ネタニヤフ首相はその後、地元メディアに対して「大統領選挙の結果は予想したくない」と答えていました。イスラエルにとって誰が大統領を務めようが、アメリカは最大の後ろ盾です。結果に関わらず、良好な関係を維持したいと考えているようです。

      専門家「親米と反米 分断深まったトランプ時代の中東」

      専門家はトランプ時代の中東をどう見ているのでしょうか。慶應義塾大学の田中浩一郎教授に話を聞きました。

      ▼後戻りできない 聖地の首都認定 田中教授が、トランプ大統領の中東政策で最も衝撃を受けたのは、聖地エルサレムをイスラエルの首都だと宣言したことでした。バイデン候補は、この首都認定を批判していますが「再び大使館をもとに戻すことはしない」とも述べていて、後戻りが難しい重大な判断が下されたと考えています。

      「バイデン政権になったとしても、あるいは何代かあとに民主党政権になったとしても、首都認定は不可逆的な合意になってしまった。ある意味で取り返しがつかないことをやってしまった。本来は、パレスチナとの和平が実現したときのイスラエルへの報奨として、エルサレムの首都認定と大使館移転があったはず。アメリカとイスラエルの利益があわないときに、イスラエルの首に鈴をつけることが極めて難しくなった」

      大統領選挙後、対イスラエルの政策はどうなっていくのでしょうか?

      「トランプ氏が再選すれば、中東和平問題でパレスチナが完全に無視されることになる。仲介には時間も金もかかるため、メリットがなく、やる気を失うということも考えられる」
      「バイデン氏が当選すれば、もう少しバランスをとらないといけないという外交にはなる。だからといって、イスラエルに強く出ることはできないだろう。そうなると、パレスチナ側からいまと変わらないじゃないかということで、失望感が広がることになるのではないか」

      ▼イラン核合意 復帰はあるのか トランプ大統領が離脱するという判断を下したイラン核合意についてはどうでしょうか。田中教授は、トランプ氏が再選すれば、アメリカの復帰はおろか、この問題でイラン側と話し合う可能性も極めて低くなると考えています。
      一方のバイデン候補は、核合意の復帰に前向きな発言をしています。ただ、アメリカの制裁への対抗措置として合意の制限を破る行動をとっているイラン側に対し、条件もつけています。

      「核合意についてバイデン氏は“イランが核合意を順守すればアメリカが復帰する”としているが、前提条件を間違えている。アメリカが核合意に戻ることで、イランに圧力をかけられるということを理解していないのだと思う。イランは、アメリカの出方をうかがっている。イランの順守を求めて核合意に復帰しなければ、イランはサジを投げるはずだ」

      仮に政権交代となった場合も、トランプ時代に色濃く現れた、親イスラエル・反イランの政策を大きく修正することは容易ではなさそうです。

      ▼中東の分断 かつてない規模で 中東ではいま、アメリカの仲介のもと、アラブ諸国とイスラエルとの間で関係改善が急速に進んでいます。田中教授は、トランプ政権下でアメリカとのつながりを太くしたイスラエルやアラブ諸国のサウジアラビアなどと、反米国家のイランを含むそれ以外の国との間で、分断が深まった4年間だったと分析します。

      「イランやシリアといった国と、親米国家の溝が一層拡大してしまった。ここまで中東諸国が分かれてしまったのは、いまだかつてないこと」

      中東の分断は、この地域に何をもたらしていくことになるのでしょうか?

      「親米同盟に入っていない、そこからはじき出されている国々は何らかの対抗手段を考えるようになる。それは軍拡競争ということかもしれないし、極端な言い方をすれば核開発の競争みたいなものになるかもしれない。だから刺激だけはたくさん残してきた。いつ炸裂するかわからない地雷を、そこらへんに撒いていった。それはトランプ氏の立場からすれば、アメリカの兵器が売れて軍需産業が潤い、アメリカのためになっているということだ」

      (担当:エルサレム=曽我太一、カイロ=藤吉智紀、テヘラン=戸川武、イスタンブール=濱西栄二、ドバイ=山尾和宏、国際部=佐野圭崇)