トランプ大統領「究極のディール」の正体は

    中東紛争の根源にあるとされてきたイスラエルとパレスチナの問題。ビジネスマン出身のトランプ大統領は就任直後から、双方の和平を「究極のディール」と呼んで意欲を見せてきました。徐々に見えてきた「ディール」はどのような内容なのでしょうか。

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      「世界一難しい」中東和平とは

      中東和平問題は、70年あまり前のイスラエル建国にともない、もともと住んでいたパレスチナの人たちが住み慣れた土地を追い出されて、難民になったことに始まります。これがきっかけとなり、イスラエルは周辺のアラブの国々と4度の戦争を戦いました。

      この戦争でイスラエルが占領したヨルダン川西岸、ガザ地区、ゴラン高原をパレスチナ人を含むアラブ側に返還する代わりに、和平を結ぶことを、まとめて「中東和平」といいます。狭い意味では、イスラエルとパレスチナの間の和平のみを指してきました。

      就任前は「中立なヤツっていう感じで」

      トランプ大統領は、なぜ中東和平を実現させたいのでしょうか。実はトランプ大統領は当選する前、この問題についての知識があまりないようでした。今となってはイスラエルの応援団ですが、2016年の2月、共和党の大統領候補になる前のトランプ氏は「中立なヤツっていう感じでいたい」と発言し、イスラエルから批判の声が上がっています。

      しかし大統領に当選した直後には、アメリカの経済紙ウォールストリート・ジャーナルの取材に対して次のように述べています。「イスラエルとパレスチナの和平は究極のディールだ。 私は・・・不可能だとされてきたディールを実現したい。人類のために」

      そして、就任したら直ちにイスラエルのネタニヤフ首相と会談する意向を示したのです。

      巨額の経済支援プラン

      それから2年半。6月25日、ペルシャ湾の島国バーレーンで、トランプ政権はパレスチナの経済支援を話し合う会合を開催しました。「究極のディール」に向けた事実上のキックオフ・イベントです。

      この会議にあわせて発表されたのが、パレスチナとその近隣国に対する経済支援プラン「繁栄に向けた和平」です。インフラ整備や観光振興など179のプロジェクトから構成されています。パレスチナからすれば、暫定自治政府の年間予算の8倍以上にあたる500億ドル(日本円で5兆円以上)にのぼる、10年間にわたるメガ支援プロジェクトです。

      でもアメリカは一銭もお金を出しません。代わりにお金を出すのは、対イランでアメリカと協力関係にあるサウジアラビアなどの湾岸産油国の国々ということになっています。

      支援プランは“ぶら下げたニンジン”か

      トランプ大統領は就任当初から、娘婿のクシュナー上級顧問を担当に指名し、和平案の作成にあたらせてきました。トランプ大統領はこの和平案を「究極のディール」とも「世紀のディール」とも呼びます。

      ジャレッド・クシュナー上級顧問

      クシュナー氏はロイター通信の取材に対し、今回の経済支援プランを実行に移せば、パレスチナのGDPを2倍以上に拡大し、失業率は1桁台にまで下げることができるはずだと胸を張ります。そして「関係者を同じテーブルにつかせて、問題の解決に向けた議論を始めるためのきっかけにしたい」と話しています。

      パレスチナを支援する、というと素晴らしいことをしているように聞こえますが、忘れてならないのはトランプ政権がこの2年間で、パレスチナへのあらゆる経済支援を打ち切る「兵糧攻め」を続けてきたという事実です。

      今回の支援策は、未発表のトランプ政権の“和平案”とコインの表と裏の関係です。パレスチナは和平案を受け入れないと、経済支援は手にすることはできず、メガ支援は、「ぶら下げたニンジン」なのではないかという疑念はどうしても拭えません。

      その“和平案”、「究極のディール」はどのような内容なのでしょうか。

      トランプ和平案は重要議題を“素通り”

      イスラエルの有力紙「イスラエル・ハヨーム」はことし5月、「イスラエル外務省で出回っている資料」としてトランプ政権の“和平案”の内容を報じました。

      報じられた内容が真実だとすれば、“和平案”はアメリカの歴代政権が仲介してきた過去の交渉議題を素通りし、イスラエルによるパレスチナの占領を追認する内容です。

      岩のドーム

      例えば、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地があるエルサレムの帰属問題。これは宗教が関わるだけに最も難しい問題だとされてきました。

      “和平案”では、エルサレムは形式的にはイスラエル・パレスチナ双方の首都とする一方で、イスラエルはこれまで通り、占領地である東エルサレムも含め、全ての行政・治安サービスを担うとしています。

      ケーキをどう分ける

      次に、イスラエル・パレスチナの国境の画定問題です。ヨルダン川西岸にあるユダヤ人入植地(国際法違反)はイスラエルの支配下に置く。ヨルダン渓谷(イスラエルが安全保障上、重要視するヨルダンとの間にある広い地域)もイスラエルの支配下に置く、としています。

      入植地を守るフェンス

      イスラエルによる占領地への入植は、国際社会やオバマ前政権からは「和平の最大の障害」と指摘されてきました。例えるならば「ケーキの分け方について話し合っているさなかに、ケーキを食べ始めてしまう行為」で、話し合いが長引くほど、パレスチナ側の取り分が少なくなってしまうからです。

      伝えられた“和平案”は、パレスチナ側に「食べちゃったケーキはもう返さない。でも残りはちゃんとあげるから文句は言わないでね」という内容です。

      パレスチナ難民はどうなる

      そしてパレスチナ難民の問題です。パレスチナ暫定自治区の内外には500万人以上のパレスチナ難民がいて、今はイスラエルとなったふるさとに帰る権利、帰還権を主張し、国連が支援にあたってきました。

      難民キャンプにある鍵のオブジェ

      難民たちは、70年前のイスラエルの建国にともなう紛争から逃げ出す際、家の「鍵」だけは持ち出して大切に保管し、親から子へ、孫へと引き継いでいます。「いつか故郷に帰る」という希望をつなぐためです。しかし“和平案”では帰還権や補償について、一切触れていません。

      経済会合は当事者不在に

      経済会合を主催したクシュナー氏は、前述のロイター通信の取材に「和平案の政治パートと、経済パートはいずれも骨の折れる作業で、同時に進めるのは難しい。まずは物議を醸さない経済パートから提示したほうがよいと考えた」と話しています。

      でも本音は、パレスチナに巨額の経済支援の枠組みを提示することで、トランプ政権の和平案に応じさせる狙いがあるのでしょう。

      “トランプ和平案は欠陥だ”

      これに対し、パレスチナ側は猛反発。「金でパレスチナ問題を消滅させようとする陰謀だ」とボイコット。アメリカも仕方なく「公平性を担保するためだ」としてイスラエルも招待せず、当事者不在の会合となりました。

      海図を持たずに船出か

      トランプ政権の今回の動きを見ていると見切り発車の感は否めません。あるベテラン外交官は「海図を持たずに船出したかのようだ」と話します。

      「トランプ政権が本気で中東和平を実現したいとは思えず、理解に苦しむ。巨額の経済支援プランを示してパレスチナに秋波を送っているが、無視されているだけだ。外堀を埋めようとアラブ諸国にアプローチしても、アラブ諸国がイスラエル寄り過ぎる和平案に賛成することは無いだろう」

      だったら、何のための和平案なのでしょうか。ひとつの懸念があります。「究極のディール」がトランプ大統領の再選に向けた「究極の選挙対策」であるという考え方です。

      ヨルダン川西岸の聖地

      ヨルダン川西岸には、トランプ大統領を支持するキリスト教福音派が“聖地”とあがめる場所が多数あります。このままパレスチナ側がアメリカの呼びかけに応じなかった場合、ネタニヤフ首相が“和平案”を盾にヨルダン川西岸の部分的な併合に踏み切る可能性も否定できません。それはトランプ大統領にとって「究極の選挙対策」となり得るのです。

      ネタニヤフ首相

      “和平案”が発表されるのはイスラエルの出直し総選挙が終わった後の、ことし11月以降とみられています。振り返れば、イラン核合意もパリ協定でも、トランプ大統領は“ディール・メーカー”では なく、長年の国際社会が尽力してきた枠組みを破壊する“ディール・ブレーカー”でした。今回は例外、ということはあるのでしょうか。(エルサレム支局 澤畑剛)