“シリアに帰った方がまし” 終わりなき難民の苦境

    めったにスポットライトが当たることのない中東の小国に、日本のテレビクルーや記者たちが押し寄せたのは年明けのこと。日産自動車の元会長、カルロス・ゴーン被告が逃亡した国、レバノンがこれほど注目されたのはおそらくこの10年では初めてです。

    しかし一連の報道の中で、レバノンで続く反政府デモや経済危機、あるいはレバノンの人口の6人に1人を占めるシリア難民の現状に正面から光があたることはありませんでした。この国で、シリア難民の暮らしぶりが今、厳しさを増しているのです。

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      シリアからやってきたバス

      レバノンの首都ベイルートは、かつて“中東のパリ”とも呼ばれた海沿いの美しい町並みで知られます。第1次世界大戦後、フランスの統治下に置かれた名残が残っています。

      去年12月、その町にあるスポーツ施設では、早朝の時間帯にも関わらず、大きな荷物を持った人たちが次々に観光バスに乗り込んでいました。祖国シリアに戻る難民たちです。

      バスのフロントガラスには、シリアのアサド大統領の写真が貼られていました。バスがシリアからやってきたことがわかります。

      ただ、人々の顔には祖国に帰る喜びはほとんど見られず、疲弊した表情が目立ちます。子どもを抱いた母親に話を聞くと、レバノンではもはや暮らしていけないと、すすり泣きながら答えました。

      「仕事もなく物価も高くなり、家賃も払えず家も追い出されました。子どもたちに食事を与えることもできなくなり飢えています。シリアに帰った方がましです」

      破壊された銀行のATM

      レバノンでは去年10月以降、政府の経済政策や汚職に抗議する反政府デモが続いています。混乱を受けて当時の首相が辞任し、新内閣が発足しましたが、その後もデモはむしろ激しさを増しています。

      長引く混乱で経済はさらに悪化し、デフォルト(債務不履行)の危機さえ、ささやかれています。通貨の実質的な価値が下がるなか、銀行がアメリカドルの引き出しを制限。給与や家賃の支払いにも影響が出て銀行への襲撃も相次ぎ、ベイルート中心部では至る所でATMが破壊されています。

      主要産業である観光の落ち込みも深刻です。繁華街を歩くと、閉鎖されたレストランや商店も目立ちます。さらに物価の高騰は、人々の生活を直撃しています。

      ゆっくりと死に近づいているよう

      悪化する経済は、レバノン社会でとりわけ弱い立場にある人たち=シリア難民をいっそう苦しめています。シリアに帰る人は徐々に増えていますが、およそ100万人にのぼる難民全体から見ればまだひと握り。ほとんどの人は、民主化デモを弾圧し、大勢の自国民を殺害したアサド政権のもとへの帰国をためらっています。

      レバノン東部の町で難民生活を送るアハマド・マフムードさん(35)。内戦前はシリアの首都ダマスカス郊外に暮らす塗装工でした。

      アハマド・マフムードさん

      シリア国境までは車で30分ほどです。いつでも帰れるようにと考えていましたが、8年近くが経過しました。母国に帰ったところで家は破壊されています。政権に拘束されたり、徴兵されたりするかもしれない。帰ることはできない。アハマドさんはそう話します。

      レバノンで暮らす部屋は借りた空き店舗の一室。ともに逃げてきた両親や姉の家族、それにおととし結婚した同じくシリア難民の妻の生活を一身で支えてきました。

      しかし去年11月には、働いていた段ボール工場の経営が悪化し職を失いました。新たな仕事は見つかっておらず、蓄えもなくなりました。

      食事を切り詰めたり、知り合いから借金をしたりする生活は長くは続けられません。この数か月は、家賃も払えていないそうです。

      この春には、妻のゴーナイさんとの間に初めての子どもが産まれる予定です。アハマドさんは思い詰めた表情で話します。

      「父親になれることを喜んでいたのに、子供の将来を思うと悲しくつらいです。いまの状況は、私たちをとても苦しめていますが、私たちにはどうすることもできません。まるで、ゆっくりと死に近づいているようで、このままでは生きていけません」

      追いつかない支援

      アハマドさんは、難民を支援する国連機関に現金支給や第三国への移住を願い出ています。しかし、支援が受けられる見通しは立っていません。

      特に生活の厳しい家庭は、UNHCRから日本円にして月2万円ほどの支援を受けられますが、難民全体の2割弱と枠は限られています。

      住んでいた場所から立ち退きを求められ、厳しい寒さのなかでのテント暮らしを強いられる人も増えています。支援は追いついていません。

      「数々の危機的な状況やニーズがさまざまにある中で、何を優先づけていくのか、非常に厳しい選択をしているという状況です。必要最低限、生活を送っていくために必要な支援を続けるという事で、日本を含めた国際社会に訴えているところです」(UNHCRレバノン事務所上席開発官 吉波佐希子さん)

      吉波佐希子さん

      私たちの最後の希望なのに

      シリア難民の状況が改善されるには、経済の安定が欠かせません。そのためにはレバノン政府がデモの混乱を収拾させる必要があります。

      しかし、宗派や党派の利害が複雑に絡み合い、「モザイク国家」と呼ばれるレバノンでは、政治や経済の改革は一筋縄ではいきません。

      経済の停滞は、シリア難民と地元の人たちとのいさかいも生んでいます。国の負担になっているとして、難民への嫌がらせや、一部では排斥を訴えるデモが起きているのです。

      アハマドさんたちはいまのレバノンの状況を、母国シリアと重ねるように見ています。

      「この国が破壊の道に進まないことを願っているよ。私たちの最後の希望なのに」

      (カイロ支局長 藤吉智紀)