兄は傭兵となって、命を落とした 18歳の死が問いかけるもの

    「妹たちの結婚を見届けるのが夢なんだ」
    それが、妹思いだった兄の口癖でした。
    そう語る時の兄は、決まって優しい笑顔でした。
    しかし、その夢はかなうことはなく、18歳の誕生日の2日後、兄は、ふるさとから遠く離れた戦地で命を落としました。

    目次

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      自動車整備士になりたかった少年

      若者がふるさとに戻ったのはことし1月のこと。シリア北西部の町の郊外にある墓地に埋葬されました。

      若者の名前は、バセル・トラバゾンリーさん。2002年、シリア第2の都市アレッポに生まれました。父と同じ自動車整備士になりたいと考えていた普通の少年でしたが、9歳の時に始まった混乱と内戦で、人生は一変しました。10代半ばで反政府勢力の戦闘員となったバセルさん。去年、シリアを離れ、内戦状態にあるリビアの首都トリポリに向かい、傭兵となりました。それから1か月後、スナイパーに狙撃され、短い一生を終えました。

      妹のため傭兵に

      なぜバセルさんは傭兵になったのか。それは、双子の妹のためでした。

      15歳のロアーさんとラワンさん。7年前、アサド政権によるとみられる空爆で大けがを負い、今も後遺症に悩まされています。治療には少なくとも2万ドル、日本円で210万円あまり必要です。しかし、空爆を逃れて何度も避難を繰り返してきた一家に収入はなく、費用を工面できずにいます。バセルさんは、2人のことをいつも気にかけていたといいます。

      妹のラワンさん 「なぜリビアへ行ったのかたずねたら、私たちの手術費用を稼ぐためだと言っていました。私たちは、お金がほしい訳じゃない、兄の身に万が一のことがある方が嫌だからシリアに戻ってきて、と何度もお願いしましたが、戻ってきてくれませんでした」

      少年が銃を取った理由

      兄のユセフさんは、いまだにバセルさんの死を受け止められずにいます。

      ユセフさん 「本当にショックでした。現実を、直視することができません。心が焼けるように痛みます。弟は、まだ若かった。とても若かったんです」

      バセルさんが銃を取る決意をしたのは、妹たちが空爆でけがをした瞬間を目撃した時のことでした。「大きくなったら、反政府勢力に入る。妹たちを空爆したアサド政権と戦うんだ」と、兄のユセフさんに話したといいます。その数年後、バセルさんは軍事訓練を受け、反政府勢力に加わりました。そして、去年12月。突然、リビアへ向かいました。「傭兵になれば高額の報酬が得られると聞いた。僕が戻るまで、妹たちの面倒をみてほしい。手術ができるようになるはずだから」と、ユセフさんに言い残して。

      内戦が生み出した貧困と傭兵

      自由を求めて戦っていたはずのシリアの反政府勢力の戦闘員たちが、なぜ傭兵としてリビアで戦っているのか。背景にあるのが、シリアにはびこる貧困です。

      混乱と内戦が10年目に突入したシリアでは、国民の半数にあたる1200万人が家を追われ、このうちおよそ610万人は避難民として国内にとどまっています。内戦で経済が疲弊したシリアでは貧困率が80パーセントを超え、皆、仕事も貯金もなく、その日の食事にさえ困る苦しい生活を強いられています。こうした苦境につけ込む形で、高額の報酬を提示して勧誘が行われ、シリアの人たちがリビアに送り込まれているのです。

      大国の思惑

      バセルさんが傭兵として向かったリビアは、国が東西に分裂し、西の暫定政府と東の軍事組織との間で内戦状態が続いています。この戦闘で存在感を示したのが、シリア人の傭兵たちでした。

      シリア人傭兵の勧誘には、シリア、そしてリビアの紛争に影響力を持つ、トルコとロシアが関与しているとみられています。両国は、公にはこれを否定しています。しかし人権団体は、実態調査をもとに、それぞれ対立する勢力を支援する両国が、民間軍事会社などを通じてシリア人傭兵を勧誘し、リビアに送り込んでいるとする報告書を出しています。
      人権団体は、国際社会にも責任があると指摘します。

      「真実と正義のためのシリア人」バッサム・アフマド代表「国際社会や中東諸国のシリアへの干渉と、内戦を続けるシリアの双方の勢力が、いまのシリアの悲惨な状況を生み出しました。そして、貧困に苦しむシリアの人たちが利用されているのです」

      シリア人が銃を向け合う

      報復を恐れて口を閉ざす傭兵が多い中、あるシリア人ジャーナリストの協力で、今もリビアにいるという1人のシリア人傭兵に電話で話を聞くことができました。

      シリアでは反政府勢力の戦闘員だったこの男性。数か月前にリビアへ渡り、トルコが支援する暫定政府側の勢力に合流しました。高額な報酬を提示され、断る選択肢はなかったといいます。

      シリア人傭兵 「報酬は月2000ドル。戦死したら6万5000ドル、けがをしたら最大5000ドルもらえます。シリアでは、50日間の報酬がおよそ30ドルでした。妻と子どもをどうやって養っていけというのでしょうか。シリアで飢え死にするか、リビアで戦うか。ほかに選択肢はありませんでした」

      また、リビアでは、シリア人どうしが敵味方に分かれ、銃を向け合っているとも証言しました。

      シリア人傭兵 「軍事組織側で戦っていたアレッポ出身のシリア人2人を捕虜にしました。味方の暫定政府側に引き渡しましたが、その後、彼らがどうなったのかはわかりません」

      2万2000人

      リビアに送り込まれたシリア人傭兵はどれくらいいるのか。
      シリア内戦の情報を集めている「シリア人権監視団」は、シリア人傭兵の数は、トルコ側で1万8000人、ロシア側でおよそ4000人の、合わせて2万2000人にのぼるとしています。

      シリア人傭兵は、いま、別の紛争地に送り込まれています。旧ソビエトのアゼルバイジャンとアルメニアの係争地、ナゴルノカラバフ自治州です。双方の勢力に参加したシリア人傭兵は、2000人を超えるとみられています。今回、取材に応じたシリア人傭兵も、月1800ドルの報酬を示されたとして、リビアのあと、アゼルバイジャンに向かうと話しました。

      「シリア人権監視団」は、バセルさんのように命を落としたシリア人傭兵は、リビアで481人、ナゴルノカラバフで126人にのぼると指摘しています。

      墓標のない墓に眠る

      祖国シリアに眠るバセルさん。兄のユセフさんは、弟のための墓標をたてることすら、できずにいます。

      兄のユセフさん 「弟が祖国シリアの人たちの自由のために戦い、シリアの地で戦死したのなら、まだ彼の死を受け止められたかもしれません。でも、バセルは傭兵となってリビアで命を落としました。国際社会が私たちシリア人を見捨てたから、バセルは妹たちを助けようと、リビアへ行ったのです。様々な国が、アサド政権や反政府勢力を支援してシリア内戦を激化させました。シリア人たちが互いを殺し合い、破壊し合う状況を作り出したんです」

      傭兵の死が問いかけるもの

      カネで雇われ、紛争地で戦う傭兵たち。取材を通じて見えたのは、傭兵1人ひとりの素顔と、リビアに渡らざるを得ないそれぞれの事情でした。

      バセルさんを戦場に向かわせたのは、妹たちに治療を受けさせたいという強い思いとシリア内戦が招いた厳しい現状でした。彼らは「シリア人傭兵」として、今も紛争地に送り込まれ、新たな戦闘が生まれ続けています。

      なぜ、シリアの人たちが、異国の地で殺し合わなければならないのか。
      なぜ、シリアの人たちが、苦しみ続けなければならないのか。

      傭兵だったひとりの若者の死が、重い問いを投げかけています。
      (カイロ支局・柳澤あゆみ)