助けたいけど助けられない?日本のシリア支援

    シリアは8年続く混乱と内戦で国土が荒廃し、そこに暮らす人々は厳しい環境に置かれています。国際社会の支援がなければ復興はおぼつきません。しかしシリアを統治するのは、民主化運動を弾圧し、多数の国民を死に至らしめた(そして今も攻撃を続けている)アサド政権。日本や各国はシリアの人々の支援にどのように関わっていけばいいのでしょうか。

    目次

    ※クリックすると各見出しに移動します

      かつての激戦の地を訪ねる

      首都ダマスカスの中心部から車でわずか10分。東グータ地区に入ると、幹線道路沿いに破壊された建物が続きます。ここはかつて反政府勢力が拠点を置き、アサド政権にとっては首都を脅かす存在でした。

      1年前、この地区の制圧は、政権側の内戦での軍事的な勝利を決定づけました。しかし破壊で埋め尽くされた状況を見て思い出すのは「この内戦には勝者はいない、シリア人はみんな敗者だ」という難民の言葉です。

      東グータ地区のハラスタ市に取材に入るには、通常、お目付役につく情報省の職員に加えて軍の担当者も同行します。制約の多い取材という前提です。

      軍の検問所を通過し、まず目に入るのはがれきの山です。道路をふさいでいたがれきなどを除去し、1か所に集めたものでした。国連機関によると市内のおよそ40%の建物が完全にもしくは部分的に破壊されているということでした。

      とはいえ、商売を始めている店もあれば、人や車の行き来もあります。人口も一時はかつての人口の20%まで減ったものの徐々に戻り、今では60%の2万5千人に回復したそうです。

      日本の支援の重点地域

      日本とUNDP=国連開発計画は、このハラスタ市をシリア国内支援の重点地域としています。荒廃した街は多数ありますが、首都に近いハラスタ市に集中することで復旧のモデルを作ろうというのです。

      ハラスタ市では様々な施設が動かなくなっています。例えば学校です。かつて市内には小中高あわせて18校ありましたが、現在、授業を行っているのは5校だけです。その1つの小学校を訪ねると、教室に子どもたちが詰め込まれていました。生徒数は以前の1.5倍の50人から60人。午前と午後の2部制にしてなんとか対応している状況です。

      ハラスタ市には地域の中核医療を担う国立の総合病院もありました。しかしここも建物が壊され、医療機器もすべて使えなくなり、機能していません。室内の壁が黒くすすけ、鉄筋の柱がぐにゃりと曲がった部屋もありました。こうした状況をふまえ、日本は、国連の人道支援の枠組みで、学校と病院という基礎インフラの「早期復旧」の支援に取り組んでいます。

      「復旧」支援であり、「復興」支援ではない——日本やUNDPはこの点を強調します。「復旧」は、一部壊れたものの、修理をすれば使える範囲のものを直すこと。「復興」に比べれば、予算の規模は少なくなります。

      シリアの政治的な状況から、復興支援はしない。しかし現に困っているシリアの人々を支援するために、修理すれば直せる範囲で、教育と医療という人道的な性格の強い分野で支援をしているのです。

      男性は日本に感謝の言葉を繰り返した

      日本は雇用の支援もしています。避難生活を終えて戻ってきた人たちがまず直面するのが、仕事が見つからないという問題。そこで、がれきを撤去したり、清掃したりする仕事を地元の人たちにしてもらい、最長半年にわたって雇用するというしくみです。期間は限定的ですが、暮らしを建て直すきっかけにするのと同時に、市内の環境の改善に役立ててもらうのが目的です。

      この仕事に就いた、アリー・カトクートさん(38)を取材しました。アリーさんは去年6月、戦闘の終結に伴い、妻と2人の子供を避難先から呼び戻しました。しかし4か月前にこの仕事を得るまでは、収入を得るすべがなかったといいます。アリーさんは「この仕事で暮らしが楽になり、街をきれいにすることにやりがいも感じている」と話し、日本と国連に対して感謝の言葉を繰り返しました。

      アリーさんの妻のホルードさんは、砲撃で右手に大けがをして、いまもほとんど力が入らない状態です。いま期待しているのは、日本が支援する国立病院の修復。病院が復旧したら診てもらいたいと話していました。

      他の国よりも踏み込んだ日本の支援

      実はこうした日本の支援は、主要な先進国G7のほかの国より踏み込んだものです。人道的な性格が強いといっても、アサド政権が管轄する国立病院や学校の復旧は、やはり政権の支援になりかねない、そのように映りかねないことからG7の多くの国は行っていません。

      例えば、現在も運営されている学校では教室にアサド大統領の写真が飾られていました。公教育の現場は政治の体制と無関係ではいられないという現実です。

      反政府のイスラム過激派系のメディアが、「犯罪者であるアサド政権に褒賞を与えるのか」と日本を批判する記事を掲載したこともあります。

      日本の支援の考え方は

      アサド政権の支援になるのではないかという批判に、日本はどう答えるのでしょうか。隣国レバノンにある在シリア大使館臨時事務所の松本太臨時代理大使は「日本は特定の地域にいるシリア人にのみ支援をしているわけではない。日本は中立的な立場を維持し、あらゆるところにいるシリア人に人道支援が届くべきだという考え方に基づいて支援を続けたいと思っている」と話します。

      日本はシリア支援で世界で8番目の額を拠出し、そのうち3分の2はシリアの周辺国にいる難民の支援に充てられています。シリア国内への支援は残りの3分の1です。またシリア国内での支援は、アサド政権側の統治が及ばない地域でも行っているとしています。

      アサド政権のシリア 困窮する人々への支援は

      シリアの復興には、経済力のある主要な先進国の支援が欠かせません。復興には数十兆円が必要だとみられています。

      アサド政権の存続が確実な状況となるなか、シリアの復興についてはどう考えればいいのでしょうか。必要なのは復興支援が可能な状況が整うことです。すなわち内戦を政治的に解決すること、政治プロセスを進展させることです。

      アサド政権をめぐってアメリカとロシアなど国連安保理の常任理事国の立場は大きく異なりますが、それでも、政治解決の道すじを定めた決議を採択しています。アサド政権、反政府勢力が共同で新しい憲法を作り、それに基づいて選挙を行い、本格政権を樹立するというものです。

      アサド政権は、こうしたプロセスに消極的な姿勢を示しています。しかしこれが進まない限り、日本もG7のほかの国々も、「復興」支援をするわけにはいかないというのが基本的な立場です。

      松本臨時代理大使は「軍事的な解決はありえないことは、あらゆる当事者が理解している。したがって政治的な解決以外にない。いくら政治プロセスが遅々として進まないとしても、日本はそれをサポートする必要がある」と強調しました。

      人々の暮らしぶりを目の当たりにすると、政治的な事情からシリアの復興が遅れることには歯がゆさも感じます。シリア国内の和解、融和なしには復興は進まない。アサド政権には国民のために、このことを真剣に受け止めてほしいと思います。(カイロ支局・渡辺常唱)