停滞する“第2のアラブの春” 民主化がすんなり進まない理由

    アフリカのスーダンで、30年権力を握り続けたバシール大統領が失脚してから1か月余り。市民による反政府デモから軍のクーデターに至った流れは“第2のアラブの春”とも呼ばれます。しかし民主化を求める人々は抗議の座り込みを続けています。何が起きているのでしょうか。

    目次

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      スーダンで何が起きたのか

      スーダンではバシール前大統領が権勢をほしいままにし、欧米諸国からは「独裁者」とも呼ばれてきました。ところが去年、パンや燃料の値上がりをきっかけに、積もりに積もった市民の不満が爆発します。

      バシール大統領は非常事態宣言を出して抗議デモを封じ込めようとしましたがデモは収まりませんでした。そして4月、軍が市民のデモに応える形でクーデターに踏み切り、バシール前大統領は拘束されました。

      バシール前大統領

      民主化を求める市民は歓迎しました。時期を同じくしてアルジェリアでも抗議デモをきっかけにした政変が起きたことから“第2のアラブの春”と評する向きもありました。

      しかしスーダン軍は、民政に移行するまで「暫定軍事評議会」が国を統治すると発表。当初は、選挙が行われるまでの最長2年間、統治するとしていました。これに対し民主化を求める勢力は、速やかに民政に移行すべきだと猛反発しています。

      座り込む人たちの思いは

      首都ハルツームの軍本部前では民主化を求める人たちによる座り込みが続いています。40度を超えるすさまじい暑さ。さらに今はイスラム教の断食月=ラマダンです。

      断食が解かれる日没近くになると座り込みに参加する人の数が増え、互いに「マダニーヤ」(民政を)とあいさつのように声をかけあいます。

      日が沈むと断食明けの食事「イフタール」が始まりました。私たちにも、あちこちから「食べてけ」と親切な声が飛びます。抗議の座り込みのはずですが、この時ばかりはみんなで「イフタール」を楽しむ和やかな空気が覆います。

      デモ行進や小規模な集会が活発になるのはその後。腹が減ってはいくさはできぬ、とはよく言ったものです。“バシール大統領の長期独裁体制を終わらせた革命を軍に横取りされてはならない”そんな思いを人々は共有しています。

      現金求めて炎天下の行列

      首都ハルツームを歩いて目に付いたのは、ATMの前にできた行列です。現金が不足し、1日に引き出せるのは2000スーダンポンド=日本円で5000円足らずに制限されています。炎天下での行列にいらだちも募り、取材中も口げんかが起きていました。

      公共の交通機関にも影響は出ていました。普段は利用客が行き交うハルツーム北駅は閑散としていました。抗議デモによる線路の封鎖で運行の停止が続いているのです。電車のプラットホームにはけん引車両が、ぽつんと止まっていました。

      “我慢してください 私たちの国のためです”

      市場を訪れると店先には新鮮な野菜が並んでいます。しかし経済の混乱で客の購買力は落ち、店員は「以前のような状況じゃない」とさえない表情を浮かべます。

      政治の安定の見通しがたたないなか、経済の混迷にも終わりが見えないようです。

      参加者の中にいたダルフール出身者たち

      スーダンと言えばダルフール紛争を思い出す人も少なくないと思います。ダルフール地方では2003年から民族対立を背景に紛争が起き、30万人以上が死亡。当時は「世界最悪の人道危機」とまで呼ばれました。

      バシール前大統領には、ICC=国際刑事裁判所から逮捕状が出されています。反政府勢力を支持する住民の殺害を、軍や民兵組織に命じたとして大量虐殺などの疑いが持たれているのです。

      ダルフール出身者たちが掲げる横断幕

      抗議デモの参加者の中にはそのダルフールの出身者もいます。こうした人たちからは、「今こそバシール前大統領の身柄をICCに送るべきだ」という声が多く聞かれました。

      一方で、異なる主張をする人もいます。紛争で2人の兄を亡くしたというアルタイ・サーリフさん(38)です。アルタイさんは、紛争を起こしたのは人々の意見を顧みない独裁体制だと考え、それだけに民主化の必要性を強く訴えています。またバシール体制を支えた軍にも責任があると考えています。

      アルタイ・サーリフさん

      「軍は権限の移譲や民主化に本気で取り組んでいない。旧体制の一部だ。民政への移行を達成するまで粘り強く座り込みを続ける」(アルタイさん)

      バシール前大統領の身柄をICCに送らなくとも、スーダンを司法制度が整った民主的な国にし、国内で公正に裁けるようにしたい。そのためにも、民政への移行が最優先課題だ——アルタイさんの言葉には熱がこもっていました。

      選挙は3年後 それまでどうする?

      暫定的に統治を続ける軍は、表向き、民政への移行に前向きな姿勢をとり続け、民主化勢力と協議を続けてきました。これまでに合意をみた項目もあります。

      例えば選挙の実施時期です。実は、民主化勢力は選挙の実施にはかなりの時間が必要だと考えています。性急に選挙を行っても、民主主義の基盤がないスーダンでは公正なものになるか疑問を感じているからです。

      民主化勢力は文民主導の暫定統治を4年続け、制度を整えたうえで選挙を実施するべきだと主張。これに対して軍は2年後の実施を主張しました。結局、間をとったのか、3年後に選挙を実施することで双方は合意しました。

      最も大きな問題は、選挙を行うまでの間をどうするか、という点です。軍と民主化勢力は、いまの軍事評議会に代わって、軍人と民間が合同で作る最高評議会を作ることで一致しています。

      しかし、その構成をめぐって溝が埋まりません。軍は、評議会のメンバーは軍人が過半数を占め、トップも軍人が務めると主張しています。これに対し民主化勢力は、それでは文民主導にならない、と反発しているのです。

      民主化勢力の指導者の1人、ムハンマド・ムスタファ氏は「軍の人間は、いかなる変化も許さない態度だ」と強く批判。「協議の進展にはとても悲観的だ」と率直に認めました。

      ムハンマド・ムスタファ氏

      スーダンの民主化 各国の思惑も

      8年前の“アラブの春”で、私たちは民主化の過程で社会がさらに混乱していく例を目の当たりにしました。

      今回のスーダンの政変では、地域の安定を重視する隣国のエジプトや、イエメンの内戦でスーダン軍と協力関係にあるサウジアラビアなどが軍主導の評議会を支援していると指摘されています。

      一方で、AU=アフリカ連合や欧米諸国は早期の民政への移行を求めています。スーダンは、大きな混乱を避けながら民主化を進めることができるのか。道半ばの民主化の行方は今も先が見えません。(カイロ支局 渡辺常唱)