安倍総理のイラン訪問 仲介は実現するのか

写真:アフロ

    日本の総理大臣としては41年ぶりに、安倍総理大臣がイランを訪問します。1979年にイスラム革命が起きて、今の政治体制になってからは初めてです。

    なぜ、安倍総理大臣はいまイランを訪問しようとしているのか。その背景には、アメリカとイランの対立を軸に、中東地域全体に緊張が走っていることがあります。

    日本は、仲介役として緊張の緩和に道筋をつけることができるのでしょうか。

    目次

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      なぜ中東で緊張が高まったのか

      「軍事的な対抗措置をとる準備ができている。作戦は、我々が直接手を下すこともあれば、域内の仲間たちが仕掛けることもあるだろう」

      イランの精鋭部隊、革命防衛隊の元幹部で、現在は軍の戦略などを提言する研究機関の、サードゥラ・ザレイ所長が先月、NHKのインタビューで語った言葉です。アメリカがイラン産原油を全面的に禁輸とする措置をとったことに対し、イランはどう出るのか―――私の質問に対して返ってきたのは、報復を示唆する内容でした。

      サードゥラ・ザレイ所長

      そのおよそ1週間後、サウジアラビアの石油タンカーや、石油パイプラインが攻撃される事件が起きました。イランは関与を否定していますが、アメリカは、イランやその支配勢力が関わったと非難し、中東地域に軍を増派する計画です。

      原油の全面的な禁輸はイランにとってかつてなく厳しい措置です。原油は、イランの国家収入の3割を占め、国民に必要な食料などの補助金にあてられています。過去にも、原油をターゲットにした制裁は発動されたことがありますが、日本や中国など一部の国には例外的に輸出が認められていました。

      これによって5月以降、いっそうの窮地に追い込まれたイラン経済。イランはアメリカの制裁に同調するサウジアラビアなど湾岸諸国にも不満を募らせ、地域全体で緊張を高める結果となってきました。

      イランにとって日本はどんな国?

      このタイミングで現地を訪問する安倍総理大臣。日本とイランはそもそもどのような関係にあるのでしょうか

      私はイランに赴任して2年近くになりますが、外国人への警戒心が強いイランのなかで、日本ほど、地元の人たちが親近感を持つ国はないと感じます。

      イラン・イラク戦争で国が荒廃した80年代、イラン国内ではNHKの連続テレビ小説「おしん」が放送されましたが、なんと視聴率は90%に達したとされます。私も、中年のイラン人男性に「おしん」と叫ばれ抱きしめられたことがあります。このほか「キャプテン翼」など、日本のアニメも大ヒットしてきました。

      また、日本の自動車や家電製品は高く評価され、日本人が勤勉で正確な仕事をするというイメージを形づくってきました。

      アメリカとの関係が対イラン外交に影響

      資源の大半を外国に依存する日本は、欧米とは一線を画した形でイランから多くの原油を輸入し、友好関係を築いてきました。こうした関係を、日本の外交官は“外交的資産”と表現し、評価します。

      とはいえ、日本が日米同盟を外交の基軸とすることから、イラン外交は常に配慮も必要とされてきました。イスラム革命以後、一度も総理大臣の訪問は実現せず、イランに強硬なトランプ政権が誕生してからは、日本からイランへの閣僚の訪問もありません。

      経済制裁が発動されてからは、大半の日本企業が自動車部品や機械製品などの輸出を停止させました。そして、イランが反米国家に転じる中でも続いていた原油の輸入も、ことしに入ってついに、停止せざるをえない状況に追い込まれました。

      アメリカの制裁に、日本とイランの関係は大きな影響を受けてきました。中東地域全体で緊張が走る今、日本の言う“外交的資産”の真価が試されることになったのです。

      “日本に期待”その本音は

      今回の安倍総理大臣の訪問に、イラン側はどれくらいの期待感を持っているのでしょうか。

      イラン外務省のキーマンともいわれ、かつて駐日大使も務めたことがあるアラグチ外務次官は取材に対し、「安倍総理大臣の訪問が、緊張緩和につながることを願っている。アメリカの同盟国である日本なら、アメリカに現状を理解させられるだろう」と話していました。

      アラグチ外務次官

      国家元首であってもすべてとは面会しない、最高指導者ハメネイ師との会談が予定されているところからも、「日本が期待されている」という受け止めができます。

      市民からも歓迎の声が聞かれます。テヘランの大学生の男性(22)は、「日本の仲介でアメリカとの関係が改善され、国民が望んできた経済状況がもたらされることを願っている」と話し、イラン・アメリカの双方と友好関係を築く日本の外交を歓迎していました。

      ただ期待の声ばかりかと言えば、中には厳しい意見もあります。イランの政治経済に詳しいテヘラン大学のモハマド・マランディ教授は「日本は原油の輸入を停止し、トランプ政権に従った行動をとっている。日本にできることは、アメリカに対して核合意に復帰し、約束を守るよう説得することだ」と話し、このタイミングでの訪問を疑問視していました。

      モハマド・マランディ教授

      こうした期待と警戒、双方に共通しているのは、イランが直面している経済的な苦難が和らいでこそ、訪問に意味があるということです。

      この1年、アメリカの一方的な核合意からの離脱と経済制裁の発動に、国際社会の圧倒的多数は否定的な反応を示してきました。しかし、各国の企業は原油を含めた制裁に従わざるをえず、イランを取り巻く環境は厳しさを増しています。政治的なメッセージよりも制裁を緩和する具体的な措置を、というところにイランの本音があると思います。

      “ゲーム・チェンジャー”はあるのか

      イラン国営メディアの記者は「安倍総理大臣には、“ゲーム・チェンジャー”となるような提案が必要だ」と話します。アメリカ側から制裁の緩和を含めた、何かしらの譲歩を引き出すことが重要だという意味です。

      イランで取材をしていて感じるのは、アメリカの対イラン政策の目的や狙いが非常に見えにくいということです。トランプ大統領は最近になってイランとの対話を盛んに呼びかけていますが、側近のボルトン大統領補佐官は強硬な発言を繰り返しています。

      一方的に強化されてきた圧力に加えて、一貫性のないメッセージは、イランのトランプ政権に対する不信感をいっそう高めています。イランをアメリカとの対話に導くには、こうした不信感を取り除く、アメリカの具体的な行動が必要だと感じます。

      アメリカの強硬な対イラン政策と距離を置きながらイランとの友好関係を維持してきた日本が、双方との関係をいかして事態の打開につなげられるのか。

      日本の外交に世界の目が注がれることになります。(テヘラン支局 薮英季)