一触即発 東地中海で何が起こっているのか

    東地中海。
    さんさんと降り注ぐ陽光の下に広がるエメラルド色の海を連想する人も多いだろう。しかし、インターネットで検索すると「軍事演習」や「衝突」といった何やらきな臭いキーワードが目につくようになってきた。この海でいったい何が起きているのか。実は海底に眠る天然ガス資源を巡って、トルコとギリシャが他国も巻きこみパワーゲームを繰り広げているのだ。

    目次

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      一触即発の夏

      ことし8月、東地中海は一触即発の危機を迎えていた。トルコ軍とギリシャ軍が、海では艦船が接触し、空では戦闘機がドッグファイトさながらの接近飛行を繰り広げたのだ。なぜそこまで両国の間で緊張が高まっているのか。背景にあるのはトルコとギリシャの領有権の主張がぶつかりあう東地中海の海底で2009年以降、ガス田の発見が相次いでいることだ。

      長年続く対立

      東地中海をめぐるトルコとギリシャの対立は100年近く前までさかのぼる。第1次世界大戦でドイツ側についたオスマン帝国は敗北。後継国家のトルコは、勝利した連合国が賠償請求権を放棄する代わりに、エーゲ海の島々の多くをギリシャに割譲することとなった。この決定にトルコは不満を持ち続けてきた。さらに1974年には、キプロス問題が起きる。この年、トルコは島の北側に住む少数派のトルコ系住民を保護する名目で軍を派遣。「北キプロス・トルコ共和国」として独立させた。しかし国際社会はギリシャ系住民の多い南側を「キプロス共和国」として承認したため、島は40年以上にわたって南北に分断されている。東地中海は両国の対立につながる火種がくすぶり続けてきているのだ。

      トルコ外し

      エネルギーをめぐるトルコとギリシャの対立は地中海を取り囲む国や地域を巻き込んで拡大している。ギリシャは東地中海で採掘した天然ガスをヨーロッパへ輸出する2つの大型プロジェクトに関わっている。1つは採掘したガスをエジプトに送り、LNG(液化天然ガス)に加工して輸出する「エジプト・エネルギーハブ化構想」。そしてもう1つが、イスラエルの沖合で採掘したガスをギリシャへと伸びる1900キロものパイプラインを建設して輸出する「東地中海パイプライン構想」だ。この2つのプロジェクトの実現に向けて、関係する7つの国と地域(ギリシャ、エジプト、イスラエル、イタリア、キプロス、ヨルダン、パレスチナ)は「東地中海ガスフォーラム」というグループを立ち上げた。いずれのプロジェクトでもトルコは排除された。

      歴史の塗りかえに警戒

      トルコの探査船

      ことし1月、パイプラインの建設プロジェクトに調印した際、ギリシャのミツォタキス首相が強調したのは、プロジェクトが「地域の平和と安定に貢献する」ということだった。東地中海の深い海底に築くパイプラインの採算性を疑問視する声は少なくない。関係するイタリアもプロジェクトには消極的だ。なぜギリシャがそこまでパイプラインにこだわるのか。ギリシャはトルコが国境を実力行使で変えて「歴史の塗り替え」をするのではないかと警戒しているという研究者の指摘もある。プロジェクトからは、トルコに対抗してできるだけ東地中海で仲間を増やしたいというギリシャの思惑が見え隠れする。

      リビアの対立持ち込まれる

      ギリシャのパイプラインプロジェクトに対抗するため、トルコはある“奇策”に打って出た。去年11月、地中海の対岸のリビアの暫定政府とEEZ=排他的経済水域を設定。トルコのエルドアン大統領は「イスラエルからギリシャへ海底経由でパイプラインを敷設するにはトルコとリビアの承諾がないと不可能になった」と釘をさした。怒るギリシャに加勢したのはフランスだった。肩を持つ大きな要因の1つは、東西に分裂して戦闘が続くリビアを巡るトルコとの対立だ。リビアでフランスは自身が権益を持つ油田をおさえていた軍事組織を支援していたが、トルコが暫定政府を支援し始めると軍事組織は劣勢に追い込まれた。リビアでのトルコの台頭に不快感を隠さないフランスの後押しもあり、EU=ヨーロッパ連合はトルコに対して制裁を科すか、議論するため、9月下旬、臨時の首脳会議が開かれることになっている。

      “チキンレース”

      東地中海をめぐりトルコとギリシャはどちらも後に引かない。トルコがリビアの暫定政府とEEZを設定したのに対して、今度は、ギリシャがエジプトとEEZを設定するといういわば“意趣返し”を行った。これにトルコは、東地中海へ探査船を軍艦のエスコートつきで派遣。冒頭で紹介した緊張高まる事態につながっている。みかねたドイツはトルコとギリシャとの仲介に乗り出し、マース外相は「小さな接触をきっかけに破滅的な衝突が起きかねない」と警告。トルコとギリシャが加盟するNATO=北大西洋条約機構は、双方の軍の間で偶発的な衝突が起きるのを回避するため、協議を始めることで両国が合意したと発表したが、翌日には、ギリシャがその発表を否定する異例の事態となった。一見穏やかに見える東地中海で続く“チキンレース”の行方は予想がつかない。

      (イスタンブール・濱西栄二/欧州総局・小島晋)