ユダヤ人とアラブ人 仲よくできないのか

    昨今、ニュースを見ているとユダヤ人とアラブ人の平和的な共存など無理なのではないか、という気持ちになっても仕方がないように思えます。双方の溝は深まるばかりですが、そうした中でも希望を捨てない大人たちが子どもを通わせる「共存の学校」がイスラエルにあります。

    目次

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      イスラエルのユダヤ人とアラブ人

      イスラエルという国がユダヤ人ばかりではない、ということは案外知られていないように思います。イスラエルが建国したとき、元々住んでいたアラブ人のうち、ふるさとを追われた人たちはパレスチナ難民となりましたが、中にはとどまった人たちもいます。

      数年前、イスラエルの大統領は演説の中でこう述べました。「イスラエルの小学1年生のクラスの割合を見てみると、38%が世俗的なユダヤ教徒。15%が宗教的なユダヤ教徒。そしてアラブ人と超正統派のユダヤ教徒がそれぞれ4分の1くらいだ」

      イスラエルのアラブ人の中心都市ナザレ

      イスラエルでは現在、ユダヤ人とアラブ人の割合は75%と25%です。しかし、大統領の演説はあくまでも例え。ユダヤ人とアラブ人が同じ教室で学ぶことは基本的にありません。それぞれが別のコミュニティーに住んでいたり、自分たちの宗教に基づく教育を望んだりすることが理由です。

      ここでいうユダヤ人はユダヤ教徒、アラブ人にはイスラム教徒、キリスト教徒、それに少数派のドルーズ派などがいます。複雑なのです。

      先生は2人 教科書も2言語

      さて、これは大統領が演説で触れたイスラエルの小学1年生の教室です。前述したように、通常であれば、教室はユダヤ人だけか、アラブ人だけということが多いのですが、この学校は違います。ユダヤ人とアラブ人が半々になるようにクラスが構成されています。

      先生も2人。ユダヤ人の先生とアラブ人の先生です。学校ではイスラエルの公用語・ヘブライ語とアラブ人の使う言語、アラビア語を一緒に教えているのです。

      低学年の授業ではすべての教科に先生が2人ついて、同じ内容を2つの言語で教えるというのだから徹底しています。このため教科書も2種類。さらにユダヤ教、イスラム教、それにキリスト教などの宗教行事にあわせて、それぞれの宗教の信仰や考え方なども学ぶといいます。

      私が学校を訪れたときは算数の授業が行われていました。この日はちょうど新しい教科書が配られた日。子どもたちは真新しい教科書に自分の名前をヘブライ語とアラビア語ですらすらと書き込んでいました。ユダヤ人の子どもと、アラブ人の子どもが隣どうしに座って、互いに教え合う姿を見ると、本当はこれが当たり前なのにな、とも思います。

      歴史観もディベートで

      高校生になると、この地域特有の複雑な課題にも直面します。歴史の問題です。

      例えば、イスラエルの建国記念日は、ユダヤ人にとっては民族の悲願を成し遂げたおめでたい日ですが、アラブ人にとっては住んでいた場所を追われた悲劇(アラビア語で大惨事=ナクバ)の日。同じ出来事でも見方は全く異なります。

      この学校では、ユダヤ人の生徒がアラブ人の立場、アラブ人がユダヤ人の立場にたって、ディベートが行われます。極めてデリケートな問題ですが、お互いの歴史認識を深く知るために、重要な授業になっているといいます。

      イスラエルのユダヤ人が通う一般的な学校で「ナクバ」について学ぶことはまずありません。

      ユダヤ人とアラブ人の深い溝

      学校は「お互いのことを知らなければユダヤとアラブの対立は解消されない」という思いを持った保護者たちが声をあげ、およそ20年前に設立されました。しかし、こうした共存を志す動きが、それを快く思わない過激派の攻撃を受けるのはこの地域の常です。

      “アラブ人に死を”と書かれた落書き

      学校はたびたび落書きなどの嫌がらせを受け、2014年には校舎が放火されました。「アラブ人との共存は認められない」というユダヤ人のなかでも過激な勢力から執ように狙われてきたのです。

      イスラエル全体に目を向けると、ユダヤ人とアラブ人の間の溝は深まるばかりで、共存しようという考え方は少数派です。

      4月9日に行われたイスラエルの総選挙では、ネタニヤフ首相が「アラブ人にもいてもらって構わないが、この国は全ての国民のためのものではない。ユダヤ人のための国だ」とSNSに投稿しました。票狙いとはいえ、首相自らが公然とこうしたメッセージを発信するのが今のイスラエルです。

      アラブ人はテロリストだと思っていた

      どんな親が、子どもをこの学校に通わせているのか。ユダヤ人の家庭に話をききたいと取材を進めると、子ども3人を通わせる母親、ダニエラ・ゲフェンさんが応じてくれました。
      この日は自宅に長男のアブシャロム君と同級生のアラブ人、ヤスミンちゃん一家を招いたゲフェンさん。学校でも仲良しのふたり。ドアを開けるなりヤスミンちゃんは大はしゃぎです。

      「子どもには、人種や肌の色、宗教で判断する人になってほしくないんです」と話すゲフェンさん。祖父はユダヤ教の宗教指導者で、厳格なユダヤ教徒の家庭で育ちました。「アラブ人はテロリストだ」と言われて育ち、恐怖心を抱いていたといいます。その後、大学時代にアラブ人の学生と仲良くなったことをきっかけに、考えを改めたのだそうです。

      「アラブ人とユダヤ人が一緒に学ぶ教室がほとんどないから分断が起きるし、親しい関係がタブー視されてしまう。私はそういうタブーを打ち破りたいと思っています」 ゲフェンさんはヤスミンちゃんの母親とベンチに腰掛け、目を細めて遊ぶふたりを眺めていました。

      入学待ちは1000人以上

      社会的には少数派とはいえ、学校への関心は高まっています。全校生徒700人の学校に対して、ことしは1200人が入学待ち。さらに、小さな校舎から始まった学校の数は、この20年間でイスラエル国内6か所に増え、現在、7か所目での開校準備が進められています

      学校の運営に必要な資金も、理念に共感する人たちからの寄付が世界中から集まり、まかなえているといいます。

      光が遠ざかるような暗闇でも、気の遠くなるような道のりでも、共存を求める人たちは確かにいるのです。

      いつか学校で学んだ子どもたちがユダヤ人とアラブ人双方のかけがえのない懸け橋になる日が来て欲しい。私はそう思わずにはいられませんでした。(国際部・佐野圭崇)