“入植地問題”ってなに?アメリカの政策転換の先にある現実

    アメリカのトランプ政権は2019年11月、「イスラエルがヨルダン川西岸で行っている入植活動は国際法違反とは見なさない」と表明し、長年とってきた立場を180度転換しました。イスラエルとパレスチナに関するニュースに出てくる“入植地”とはどういうもので、なぜそれが問題となっているのかを説明します。

    目次

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      入植地ってどんなところ?

      イエス・キリストの生誕地とされる町、ベツレヘム。この時期、クリスマスムードに包まれるこの町は、パレスチナ人が住むヨルダン川西岸地区の主要都市です。しかしイスラエルが長年、住宅建設を続けた結果、ベツレヘムの町は、「ユダヤ人入植地」に取り囲まれた格好になっています。

      写真の下にみえるのがベツレヘムの町。その上で造成が進められているのが「入植地」です。真新しい赤い屋根の建物が整然と立ち並ぶ様子は、一見すると日本の新興住宅地のよう。中にはスーパーマーケットや銀行、学校があり、路線バスも走っています。数万人規模の入植地となると大学もあります。

      ただ入植地が異質なのは、有刺鉄線のバリケードで囲まれ、多数の監視カメラが周囲に目を光らせ、入り口の検問所は武装したイスラエル兵らが厳重な警戒にあたっていることです。敵地の中に立ちあげた「要塞都市」のようです。

      イスラエルの入植活動とは

      「入植」を辞書でひくと、「開拓地や植民地に入って生活すること」とあります。イスラエルが入植活動を始めたのは、1967年の第3次中東戦争以降です。この戦争で大勝したイスラエルはアラブ諸国の領土を占領し、ヨルダン川西岸を中心に国策として入植を進めました。

      その後、1993年にイスラエルとパレスチナはパレスチナ暫定自治合意(いわゆるオスロ合意)を結び、双方は和平を目指すことになりました。当時は紛争に終止符が打たれるのではないかという期待感が高まりましたが、中東和平交渉はほどなく行き詰まり、2014年以降、交渉は1度も行われていません。

      しかしこの間、イスラエルは占領地に住宅を作り続けました。イスラエルのNGO「ピース・ナウ」によると、入植地に住み着いたユダヤ人はオスロ合意が結ばれた1993年の時点は11万人でしたが、2018年は42万人とおよそ4倍に増えています。また別の統計では、120か所以上の入植地の面積は、オスロ合意以降4倍に拡大しています。

      入植地の問題点は2つ

      イスラエルによる入植の問題は2つあります。ひとつは国際法違反だという指摘です。

      第2次世界大戦後の1949年に発効した国際法のひとつジュネーブ条約は、占領下に置かれた弱い立場の人々の権利を守り、占領の固定化を防ぐ観点から、入植活動を違法だと規定しています。武力で他人の土地を奪い、そこに人を移住させてしまえば占領状態を解消することが難しくなるからです。

      入植地近くの道路を警備するイスラエル兵

      もうひとつが、和平交渉の観点です。イスラエルとパレスチナは、和平に向けて両者の国境線をどこに引くのか、つまり土地の分け方について話し合うことになっていました。しかしイスラエルの入植活動は、話し合いの最中に土地に家を建てているのです。

      ケーキで例えるなら、2人で1つのケーキをどう分けようかと考えているのに、片方がケーキを食べ始めていては話し合いになりません。

      イスラエルの言い分とアメリカの方針転換

      これについてイスラエルはどんな主張をしているのか。まず、3500年以上前のユダヤ人の祖先がヨルダン川西岸で暮らしていたという聖書の記述を根拠に、歴史的なつながりが深い土地であること。またヨルダン川西岸の一部にはオスロ合意のずっと前からユダヤ人コミュニティがあったことも挙げています。

      また、これまで「パレスチナ」という国が存在したことはなく(第3次中東戦争の前はヨルダン、その前はイギリスの委任統治領だった)、ヨルダン川西岸は「占領地」でなく「係争地」だとしています。このため、パレスチナ人と同じようにイスラエル人にも住む権利があると主張しています。

      さらにイスラエルは入植地の一部については安全保障上、重要なので手放せないと公言しています。

      パレスチナ側は「イスラエルは、和平交渉で決めるはずの将来のパレスチナ国家の領土を勝手に先食いしている」と猛反発しています。日本を含む国際社会も「入植活動は和平の障害になる」と厳しく批判してきました。そして普段はイスラエルの後ろ盾であるアメリカも、1978年のカーター政権以降、入植活動の停止を一貫して求めてきたのです。

      小規模な抗議の動き

      ところがトランプ政権は、アメリカが堅持してきた立場をひっくり返しました。11月、ポンペイオ国務長官は「イスラエルのヨルダン川西岸の入植活動は国際法違反とは見なさない。国際法違反だと主張してきたのに、和平の実現に役立たなかったのは明らかだ」と表明したのです。

      最前線の入植地~ヨルダン渓谷~

      当事者たちはどのように感じているのでしょうか。トランプ政権の方針転換で今、揺れているのがヨルダン川西岸の22%を占めるヨルダン渓谷と呼ばれる地域です。

      イスラエルのネタニヤフ首相はヨルダン渓谷を領土に併合する計画を打ち出しています。この地域にはすでにイスラエルは30か所のユダヤ人入植地を建設し、1万2千人の入植者が住み着いています。

      アウジャ村と入植地ナーマ

      ヨルダン渓谷にあるユダヤ人入植地のひとつ「ナーマ」は150人の入植者が住み着き、唯一の水源である地下水を大量にくみ上げて、入植地の農場は急拡大しました。

      入植者のギル・ルーゼンブルムさん(35)は、父が入植して開拓した農場を10ヘクタールまで拡大し、輸出用のバジルを生産しています。アメリカによる入植地容認によって今後は何の憂いもなく、この地で農業を続けることができると胸を張ります。

      「トランプ政権の決定は心強く感じています。入植地ではもうよそ者ではなく、公式にイスラエルの一部となれると思います。ここでずっと農業をしっかりやっていこうと思います」(ルーゼンブルムさん)

      ギル・ルーゼンブルムさん

      一方、ヨルダン渓谷にあるパレスチナのアウジャ村の村長、サラハ・フレイジャトさんはアメリカの方針転換がイスラエルによる違法行為に拍車をかけると警戒しています。

      サラハさんはかつてバナナ農園を経営し、外国にバナナを輸出していました。しかしサラハさんによると、隣接する入植地ナーマが唯一の水源である地下水を大量にくみ上げたために水不足が深刻化。土地は干上がり、農業を断念したといいます。

      「今は私たちパレスチナの土地がイスラエルに併合されてしまうと不安でたまりません。併合を実行するのはイスラエルですが、ゴーサインを与えたのはアメリカです」(サラハさん)

      サラハ・フレイジャトさん

      村の農地はこの20年で10分の1に激減し、数百人が職を失いました。村を去った人や、生計を立てるためにやむを得ず入植地での農園や農産品の加工工場の仕事に就く人もいます。

      入植地で働くパレスチナ人

      村の元農家で、現在、入植地ナーマで働いている50代の男性は、撮影しないことを条件に気持ちを吐露しました。

      「自分たちの土地を奪う敵であるイスラエルのもとで働いているので複雑な気持ちですが家族を養い、子どもを学校に通わせるためには、他に手段がありません。今回のアメリカの決定で将来のかすかな希望すら失われました」

      2人の剛腕指導者の政治危機

      トランプ政権の方針転換によって、現実味を帯びてきたヨルダン渓谷の併合。当面は、ネタニヤフ政権の存続がかかった来年3月のイスラエルの総選挙に向けた動きが注目されます。

      ネタニヤフ首相は最近、自らの汚職事件で収賄罪などで起訴されることが決まり、窮地に立たされています。逆風の選挙戦で右派層の支持をつなぎとめるため、併合に突き進む、というのは十分に考えられるシナリオです。

      一方、アメリカのトランプ大統領はウクライナ疑惑の弾劾裁判に直面しています。イスラエルに免罪符を与え続けることは、支持層へのアピールとなります。

      盟友関係にある2人の指導者。自らの政治危機が深まれば深まるほど、弱い立場のパレスチナを追い込む行動がエスカレートする構図があります。

      イスラエルが入植活動を進めれば進めるほど、イスラエルの隣に「パレスチナ」という国が共存する未来は現実味を失います。しかし、それはイスラエルが将来にわたって隣人を力で抑え込む「異常な国」として、国際社会の批判を浴び続けることを意味します。(エルサレム支局・澤畑剛)