イスラエルが描く中東の“未来予想図”

    中東は今、70年ぶりの転換期を迎えています。1948年にイスラエルが建国を宣言し、第1次中東戦争が始まって以来、中東の対立構図は、イスラエルVSアラブでした。ところが、中東地域でいわゆる「アラブの春」やシリア内戦による混乱が広がるなかで、イスラム教シーア派の大国、イランが勢力を拡大させました。

    かつてペルシャ帝国として中東全域を支配したイランの脅威は、長年敵同士だったイスラエルとアラブの雪解けを生んでいます。この記事では、異変の現場に目を向けながら、歴史的な中東の再編に日本はどう対応すべきか、考えます。

    目次

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      サッカー代表はヨーロッパ枠

      突然ですが、サッカーの話から。サッカーのアジア予選で日本は中東諸国とよく対戦しますが、イスラエルとは対戦しません。なぜだか分かりますか。

      実は、イスラエルは中東の国でありながら、長年、ヨーロッパ予選の枠から出場しています。かつてアジアサッカー連盟に所属した時期もありましたが、アラブ諸国との不仲が原因で除名されたのです。スポーツの世界ですら、イスラエルがアラブ諸国からボイコットされるのは、ある種、常識となってきました。

      しかし、そんなスポーツ界に異変が起き始めています。5月上旬、イスラエルで開かれた自転車レースの国際大会に、イスラエルと国交のないUAE=アラブ首長国連邦とバーレーンが出場したのです。

      アルクドゥス紙の報道

      最近、アラブ諸国の選手がイスラエルで開かれるスポーツ大会に出場したり、逆のケースが起きたりしつつあります。こうした現象についてイスラエルのメディアは「イスラエルとアラブの関係改善を示すものだ」と歓迎しています。

      対立の最前線 ゴラン高原

      スポーツの世界で進む和解。底流にあるのは、イスラエルとアラブ諸国の「盟主」サウジアラビアの接近です。

      これまでの中東では、イスラエルとサウジアラビアが手を組むなど、考えもしないことでした。しかし今、両国の連携が現実味を帯び始めたのには「イラン」という共通の敵の存在があります。

      今、イスラエルが神経を尖らせているのが、隣国シリアでのイランの動きです。イスラエルは、イランがシリア内戦に参入したあともそのまま居座り、精密誘導ミサイルの製造工場などを築いていると主張。自衛のための措置として、シリアへの越境攻撃を急増させています。

      その緊張を一段と高めたのはアメリカのトランプ大統領です。イラン核合意からの離脱表明は、アメリカがイランと決別し、完全にイスラエル側につくことを意味します。アメリカの離脱を受けて、イスラエルがイランに対してより強気な行動にでることは想像に難くありませんでした。トランプ大統領による発表の12時間後、私はゴラン高原に駆けつけました。

      ゴラン高原はイスラエルが第3次中東戦争でシリアから奪った占領地で、イスラエルとイランの対立の最前線となっています。そこで私が目にしたのは、戦車や装甲車など50台が集結した臨時の「軍事キャンプ」のようなものでした。

      以前、訪れた時はただの草原だったのに―。予備役兵が緊急招集されたのか、キャンプには続々と自家用車に乗った兵士が到着していました。

      懸念された衝突は、翌日未明に起きました。イスラエル軍は「イランの部隊がシリアからロケット弾20発をイスラエル側に発射した」と主張。報復として、シリア国内にあるイランの軍事施設30か所以上を対象に大規模な空爆を実行したと発表しました。シリア側では23人が死亡したと見られています。

      イスラエル軍の発表資料

      攻撃のあと、イスラエルのネタニヤフ首相はユーチューブに動画を投稿し「我々を攻撃する者には7倍返しでやり返す。我々を攻撃しようとする者に対しては、やられる前にやる。これまでも、これからもそうだ」とカメラをにらみつけました。

      “ラスボス”としてのイラン

      イスラエルはイランを安全保障上の最大の脅威と位置づけています。地図を眺めても、イスラエルとイランの間には複数の国々があり、国境も接していません。

      なぜそれほどまでにイランを敵視するのか。それは、イスラエルにとって中東で残された“ラスボス=最後の強敵”だからです。

      イスラエルは1948年の建国以来、多くの強敵を抱えてきました。4度にわたり直接戦火を交えたエジプト、イスラエルに多数の弾道ミサイル「スカッド」を打ち込んだ軍事大国イラクのフセイン政権。そして、1979年のイスラム革命以来、聖地エルサレム奪還に向けてイスラエルのせん滅を掲げるイランです。

      その後、エジプトとはアメリカの仲介で平和条約を締結し、イラクのフセイン政権は1990年の湾岸戦争に破れ、弱体化しました。事実上、イスラエルに残された強敵はイランだけとなったのです。

      さらにイスラエルから見ると、イランの勢力は拡大しています。

      80年代にイスラエルと国境を接するレバノン南部に強力な民兵組織「ヒズボラ」を養成し、2000年代に入ると、ガザ地区を実効支配する「ハマス」と軍事的な連携を強めました。

      イランがシリアも掌中におさめた今、イスラエルは、レバノン国境、ガザとの境界に加えて、シリアとの境界からもイランの支援勢力に脅かされる事態となったのです。

      核を持っていいのは自国だけ

      イランを敵視する最大の理由は核開発です。イスラエルは、周辺国が核兵器という大量破壊兵器を保有することは力づくで阻止するという強硬な立場を取り続けてきました。1981年には核開発に乗り出したイラクの原子炉を、2007年にはシリアの原子炉をそれぞれ越境攻撃し、破壊しています。

      一方でイスラエル自身が「核保有国」であることは公然の秘密です。イスラエルはその存在について肯定も否定もせず、核不拡散の枠組み=NPTも批准していません。国際的な議論の場はありますが、アメリカがイスラエルを擁護し、イスラエルの「核保有」は批判のやり玉にはあがりません。

      自国以外の核開発は軍事力で実力阻止し、イランのロケット弾攻撃には「7倍返し」の反撃をする。イスラエルの強硬姿勢は、地域の安定のためにも許されていいはずがない――アラブ諸国の人々が感じている不満や疑問をイスラエルの政府系シンクタンク、INSSのシニアリサーチフェローのエミリー・ランドさんにぶつけると、次の反論が返ってきました。

      エミリー・ランド氏

      「イスラエルは、ホロコーストなどユダヤ民族が殲滅されるおそれがあった悲劇をくぐり抜けて建国された特別な国だ。だからこそ、中東の周辺国が核開発をすることは国家存亡の危機だと見なされ、絶対に看過できないのだ」
      (ランド氏)

      また、イスラエルの政治アナリスト、ヨニ・ベンメナヘム氏は次のように話します。

      「イスラエルは核兵器1個分の国だとよく言われる。地中海沿いのテルアビブからエルサレムまで100キロも離れていない。1発落とされたら、反撃も何もできず、事実上、国は終わってしまう。イランの核開発を許すわけにはいかないのだ」
      (ベンメナヘム氏)

      禁断の関係はビジネスから?

      本論に戻ります。イスラエルはサウジアラビアと共通の敵イランに対抗するためにどのような連携をしているのでしょうか。イスラエルの投資ファンドを率いるエレル・マルガリート氏は「政治ではなくビジネスが国同士を結びつける最初の橋渡しになる」と話します。

      エレル・マルガリート氏

      過去に経済誌「フォーブス」で「世界のIT分野の投資家」のランキングに入ったことのある著名な投資家。最近まで国会議員を務めていたという異色の経歴の持ち主です。サウジアラビアなど湾岸のアラブ諸国を頻繁に訪れ、自ら投資をしたり、ビジネスの橋渡しを行っています。

      「私たちはドバイやアブダビだけでなく、サウジアラビアにも関係を広げたところだ。特にイスラエルが強みを持つサイバーセキュリティーの分野は、イランのサイバー攻撃に対して共同戦線を張ることができ、連携が広がっている」
      (マルガリート氏)

      双方の国の情報機関の間では、すでに情報交換が活発に行われていることがわかっています。

      「パレスチナは黙っていればいい」

      イスラエルのネタニヤフ首相は国連演説などの場で、「歴史的な和平の機運」が高まっているとして、サウジアラビアをはじめ湾岸諸国にラブコールを送っています。難題が山積するパレスチナとの和平交渉を脇に置いたまま、サウジアラビアなどとひと足先に国交正常化を果たしたいという思惑も透けて見えます。

      サウジアラビア側も実質的には、関係改善に前向きです。2017年12月、トランプ政権がエルサレムをイスラエルの首都と認定した際、サウジアラビアが議長国となったアラブ連盟の対応は非難決議にとどまり、具体的な対抗措置は打ち出しませんでした。70年前のイスラエル建国以来、イスラエルの占領下にあるパレスチナを支援しようという「アラブの大義」は、完全に形骸化したと言えます。

      ガザのパレスチナ難民キャンプ

      さらに、イスラエルのメディア報道によると、サウジアラビアのムハンマド皇太子は3月、訪問先のニューヨークで、アメリカのユダヤ人社会のリーダー達と面談した際、「パレスチナはトランプ大統領の和平提案を受け入れるか、黙っていればいい」とパレスチナに冷淡でイスラエル寄りの発言をしたと伝えられました。

      では、なにがイスラエルとサウジアラビアの関係正常化の障壁となっているのか。それはアラブ民族の「メンツ」に他なりません。イスラエルは前のめりですが、サウジアラビア側は表向きは極めて慎重です。

      サイバーセキュリティーでサウジアラビアと提携しているイスラエルの業界関係者と話をすると「サウジアラビア側からは、イスラエルとのビジネス関係があることを表沙汰にされては困るとクギを刺されている」と話します。

      サウジアラビアを統治する一握りの王族は、イスラエルとの親しい関係が明らかになれば、「パレスチナの同胞を見捨てる行為だ」と国内で批判が広がり、王制の正統性が揺らぎかねないと警戒しているのでしょう。

      イスラエルが描く未来予想図

      パレスチナ暫定自治区のラマラにある小高い丘に上り、そこから西の方角を眺めると、イスラエルの商都テルアビブのビル群と輝く地中海まで見渡すことができます。そこから東の方角に20分ほど車を走らせただけで、死海とヨルダンの険しい丘陵地帯が遠くに広がります。

      狭い国土の四方八方をアラブ諸国に囲まれたイスラエルにとって、戦争で奪った占領地は、かつては敵国との緩衝材になってくれる安全保障そのものでした。その後、安全保障戦略を転換し、占領した土地を返す代わりに平和を手に入れるという「土地と平和の交換」という考え方で、アラブ側と向き合ってきました。

      ところが今、中東再編の影響で、イスラエルには「土地と平和の交換」戦略の重要性が減ってきています。アラブ諸国の方から、イスラエルのインテリジェンスや軍事力、サイバー技術欲しさに接近してくる時代になったからです。

      パレスチナを支援する長年の「アラブの大義」も過去のものとなりました。

      イスラエルにとっては、土地を手放さなくても、アラブ諸国との和平が手に入る未来が視野に入ったことは、隣人パレスチナに対しても土地を返還する必然性が小さくなってきたことを意味します。

      「イスラエルは国際社会、そして中東の一員として受け入れられるようになってきている」――ネタニヤフ首相が数年前から国連演説などで吹聴してきた中東の「新時代」は、アメリカにトランプ政権が誕生したことで、加速しています。

      日本はどう向き合うべきか

      好むと好まざるとに関わらず、中東諸国は「アラブ対イスラエル」という対立構図から、「湾岸・アラブ+イスラエルVSイラン」という新たな構図に向かっています。

      日本は、中東の再編にどう向き合うべきなのでしょうか。再編のトレンドを取り込もうとする動きはビジネス界ではすでに始まっています。

      去年11月、日本と中東のイスラエルの両政府は、日本企業がアラブ諸国からの制裁を警戒してイスラエルとの取り引きに慎重な姿勢をとってきた状況を変えようと、イスラエルのインフラ事業に日本企業が参入できるよう覚え書きを交わしました。1973年の石油危機以降、「アラブボイコット」をおそれてイスラエル投資を避けてきた日本企業の間でも方針転換し、日本が苦手とするサイバーセキュリティー分野を中心にイスラエル投資に乗り出す企業が増えつつあります。

      政治面の中東外交は、どう対応すべきでしょうか。日本は石油危機をきっかけにサウジアラビアなど湾岸産油国からの石油の安定供給を確保するため「アラブの大義」であるパレスチナ支援に重点を置いた中東外交を展開してきました。

      人道的見地からのパレスチナ支援はしっかりと継承すべき政策です。一方でサウジアラビアとイスラエルが接近し、同盟国アメリカがそれを強力に後押しする今、日本も中東再編の波に巻き込まれるのは避けられないと考えるのが自然です。

      イスラエルが描く「未来予想図」のなかで、日本はどのような立ち位置を取るのか。アラブ諸国、イスラエル、パレスチナ、イランとどう向き合っていくのか。日本の中東外交は新たな難問を突きつけられています。
      (エルサレム支局長 澤畑剛)