“まるで戦争”『最強制裁』の痛み
アメリカのトランプ大統領は11月、宿敵であるイランに対し「最強の制裁」と誇示する、イラン産原油などを標的にした制裁を発動しました。トランプ大統領は、イランへの締め付けを強化し、すでに国内は様々な形で影響が出ています。一方、トランプ大統領の強引なやり方に国際社会は振り回され、各国からは反発の声も広がっています。
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世界遺産から外国人が消えた
ペルシャ帝国の栄華を今に伝える世界遺産ペルセポリス。イランに23ある世界遺産の中でも代表格で、多くの遺跡ファンを魅了してきました。しかし、先月、私がペルセポリスを訪れた時、異変が起きていました。
秋の観光シーズンを迎えたにもかかわらず、訪れる人が極端に少ないのです。特に、欧米からの観光客は去年の同じ時期に比べ、半分ほどに減ったといいます。
スイスから来たという観光客が、その理由を語ってくれました。「私たちがイランに行くと友人に話すと、皆とても危険だと言うのです。制裁が影響しているのだと思います」
トランプ大統領が発動した制裁の中に、イランへの出入国を直接、規制する項目はありません。しかし、アメリカとの対立や経済の悪化が、外国人観光客に「心理面」で影響を与え、観光地のにぎわいを奪っているのです。
予約サイトから消えたホテル
さらに、制裁によって、思わぬ実害を受けたという観光業者にも出会いました。ペルセポリスに近い、南部の中心都市シラーズのホテル。イランの古民家を改装した造りで、現地の雰囲気を味わいたいという外国人観光客から高い人気を集めてきたといいます。しかし観光客は去年に比べて40%ほど減ったということです。今年に入って増築したという新しい客室も空いたままになっていました。
その最大の原因は、意外なところにありました。いまや世界中で利用されている、インターネットの旅行の予約サイト。これまで、このホテルを訪れる外国人観光客の8割が利用していたということですが、いま検索しようとすると。
「0軒が見つかりました」―このホテルどころか、イラン国内のホテルは1軒もヒットしません。サイトを運営するヨーロッパの企業が、制裁の発動を受けてイランから全面的に撤退したということです。
外国人観光客の呼び込みに欠かせないネットワークから、突然遮断されたホテル。
ホテルの代表は嘆いていました。「一夜にしてすべてを失いました。いまの観光業は、イランが国際社会から孤立した、1980年代のイラン・イラク戦争時のようです」
狙いはイラン体制の崩壊か
アメリカのトランプ大統領は就任当初から、イランに対して極めて厳しい態度をとってきました。2015年にアメリカやフランス、ロシアなど6か国がイランとの間で結んだイラン核合意。
国際社会は「中東の戦争を回避した歴史的な合意」などと称賛しましたが、トランプ大統領は重大な欠陥があると非難し続けました。そしてことし5月、ついに、核合意から離脱し、停止されていた制裁を再び発動したのです。
トランプ政権で、対イラン強硬派として知られるポンペイオ国務長官は、ことし「12の要求」をつきつけ、要求を飲まない限り、制裁を強化し続けると警告してきました。「すべての核開発を永久に停止する」「シリアからの撤退」など、いずれも核合意をはるかに上回る厳しい内容で、イランの現体制がとても飲めるようなものではなさそうです。
かつてないほどの圧力をかけ続けるアメリカ、トランプ政権。イラン情勢に詳しい慶應義塾大学の田中浩一郎教授は「短期的にはイランが交渉につくことを待っているし、中長期的には、我慢を続けるイランを立ちゆかなくし、政権や体制の安定に打撃をあたえ、最終的には、体制の崩壊を意図している」と指摘しています。
アメリカをとるか、イランをとるか
核合意で国際社会に復帰し、経済の立て直しを目指してきたイランにとっては、悪夢のような事態です。
首都テヘランで外国企業が出展する国際見本市を取材すると、企業側の苦悩ぶりが見えてきます。通常こうした見本市、出店企業はメディアの取材に積極的にこたえてくれるのですが、イランでは全く事情が違います。インタビューはおろか、ブースの撮影を拒まれることさえあります。そこには常に、アメリカの影を警戒している様子が伺えます。
トランプ大統領が制裁を発表する直前、私が取材をしたオーストリア企業の担当者は次のように話していました。
「イランではまだ市場調査をしている段階だが、アメリカでは大きな事業を抱えている。アメリカをとるか、イランをとるか、というわけだ。そう迫られれば当然、アメリカを優先せざるをえない」
大手企業にとってアメリカ市場は主戦場です。加えて基軸通貨のドルは、世界の貿易決済で使われる通貨の5割を占め、各国の金融機関はアメリカ当局の許可のもとで運用しています。アメリカの制裁における、力の源泉になっているのです。
イラン外相に聞く
この状況を乗り切るため、イランはアメリカと再交渉することはあるのか。首都テヘランのイラン外務省で、私はザリーフ外相に直接、質問をぶつけました。
「アメリカとは核合意の協議で2年半にわたって慎重に対話を重ね、膨大な量の文書からなる合意を結んだ。単純にそれらをわきに置いて、別の協議を始めようということにはならない」
「制裁によって、イランの政策を変えさせようというのであれば、それは絶対に失敗に終わるだろう」
アメリカの制裁は筋が通っていないとして、ときおり怒りをあらわにしながら説明しました。そして、日本に対してはどのようなメッセージがありますかと尋ねると、次のような返事が返ってきました。
「これは、アメリカの制裁であって国際社会の制裁ではない。核合意をサポートするよう求めた国連決議にも違反していて、日本にも、国際社会の取り決めに違反するよう求めているようなものだ」
制裁に正当性はないとして、従わないよう強く求めていました。
世界、そして日本は
トランプ政権の制裁発動に対して、ヨーロッパ各国や、ロシア、中国は一斉に、制裁を非難する声明を発表しました。改めて核合意を維持し、イランとの貿易も続けていくとしています。ただ、この問題の難しさは、各国政府の意志を超越する形で、アメリカの制裁が企業に影響を与えているところにあります。
イランとの間で良好な関係を維持してきた日本にとっても、人ごとではありません。イランからの原油の輸入量は現在、日本全体の消費量の5%程度ですが、かつては、最大の調達先だった時代もありました。イランがアメリカと敵対関係にある中でも、中東でのバランス外交を展開し、エネルギーの多様化を図ってきた結果ですが、制裁は、その関係さえも壊しかねません。
アメリカの「最強制裁」発動から数日。ツイッターにはイランから、”#SanctionsTargetsMe”(制裁の標的は私だ)”と記したメッセージが大量に投稿されていました。
トランプ大統領は、制裁はあくまで政府や体制に向けられたものであって、アメリカはイラン国民の側にあると主張しています。
しかし、私はテヘランに1年あまり暮らしていますが、イランの人々の暮らしが日増しに悪化していく姿を目の当たりにしています。薬などの人道物資までもが一部で入手できなくなったり、生活に欠かせない食料品がここ数か月で、50%も値上がりしたりと、制裁の痛みが直接市民に及んでいると痛感しています。
アメリカの主張にはまったく説得力は感じられません。出口の見えないアメリカの制裁、その陰でイランの人々の苦しみは増すばかりです。(テヘラン支局・藪英季)